五章 二十七丁 先つ夜行日
唐傘お化けが童を驚かし、再び泣き声を轟かせたのを最後に、おおよそ百体の妖怪が市場を通り抜けた。
行列の失せた場所は、雲が晴れたように明るさが返り、市場には少しずつ人通りが戻りつつある。
終わりを待ち倦ねていた黒桜丸の目の前を人影が通過し、まだ立ち遅れた妖怪がいるのかと目を向ければ、行列の最後尾には子犬を抱えた少女と金髪の男の姿があった。
覆いをとって素顔を晒し、堂々と市場を過ぎる一行を、黒桜丸は思わず二度見する。
曲に合わせて跳ね躍る猫又の後ろを、御鈴姫はうきうきと付いて行き。
あの碧眼も妖怪だと噂されながら、なるがままに任せていると、やがて行列は市場を外れた。そして、一軒の豪奢な屋敷へ流れるように入ってゆく。
進物を抱えたすべての妖怪が招き入れられ、遂に番が来たところで棟門が閉まりかけた。が、一同の姿を認めた二人の娘が両扉を留めた。
娘はどちらも丸小顔の美人で、派手な花柄の打掛と前帯を着熟し、結い上げた髪に簪を鈴なりに挿している。如何にも遊女といえる格好だが、何のしがらみもない伸びやかな表情であった。
妖艶に振り向く動作は猫のようにしなやかで、髪の隙間からぴんと山形に立つ猫耳の様な飾りが、ちらちらと動いている気がする。
「あらぁ、いらっしゃい」
色白の娘はひどく猫なで声だが、大半の男を虜にする愛らしさがある。
対のように小麦色の肌をもつ娘は、腕に抱いた三毛猫を撫でながら一同をぐるりと見詰め、その背後へうっとり媚態を示した。
「皆さま風変わりで」
振り返れば黒桜丸が立っており、恨めしく此方を睨んできた様に思ったが、そういう目付きなのだとネイは察する。
「お前とは足並みが揃うな」
親しみを込めて黒桜丸に語り掛け、ネイは娘へ向き直る。
「この館の主人に、目通りたいのだが…」
言い終えぬうちに、娘たちは揃って硝子玉のような眼を細め、袖で口元を隠す。
「くすっ。よろしゅうございますよ」
妖しく含み笑い、娘たちは半端に閉ざされた棟門を開け放った。
「こちらへ」
門内は、陰森の如く密やかで薄暗く、豪壮な館へ導くよう灯籠が敷石の上に並べてある。
一見はありきたりな有徳人の館だが、曰く言い難い陰気な風情に尻込むネイ達を置いて、黒桜丸は揺るぎのない足付きで中へ入って行った。遅れぬよう一同はすかさずその後へ続く。
「くれぐれも離るるなきよう。きゃきゃきゃっ」
寸分の狂いなく娘たちは声を合わせて笑い、表門を閉め切った。
色白の娘が灯籠の小道を行って館の大戸口を開き、一同が式台を上がると、もう一人は三毛猫の手を振らせながら外側から戸口を閉じた。
娘に案内され進む廊下は一向に終わりが見えず、二階まで吹き抜ける高天井と奥行きも、外観する建物の規模と明白に釣り合っていない。
天井付近には鮮やかな 提灯 が巡らされているが、先行きが仄暗くぼやけており、廊下を挟み込んで連なる障子戸がやはり果てなく思えた。
「すごく綺麗…! 逸れちゃだめって聞いたから、すっごく怖い所かと思ったね!」
「怖いであろう !! 先のあやつらは何処へ消えたのだっ!!」
御鈴姫は宙に浮かぶ提灯を見上げて興奮し、ふわふわに毛を逆立てている犬神は、物音一つしない深閑な空間に身震する。
あの百を超える大行列が、館へ如何にして収まり、その行方に疑問を抱くのはネイも同感である。が、ぐんぐんと娘の後を付ける黒桜丸の背に、恐怖や迷いは見当たらなかった。
廊下は漸く突き当たり、金をあしらった煌びやかな襖の前で、娘は足を止める。
「 瓢羨 さま。 客人様ですにやぁ」
一声掛けるが、返事を待たずに娘は襖を引き、足を踏み入れずとも中の人物は廊下から明け透けに見えた。
しかし、十六畳間の広々とした室に寛ぐ男は、肘掛けにだらりと寄り掛かる姿勢を改める事はなかった。
論じるまでもなく、この男も妖異の類いなのだろうが、一見した限りでは華美な装いを好む若者である。
眼の痛くなる色味と柄物を幾重にも着重ね、蜘糸のように細い長髪は、衣の文様を透かし見せながら畳にまで垂れ広がっている。一纏めにされたその髪は身の丈を超え、歩行を阻害するであろう重々しい衣装に身を包み、上座に居座る男の姿は口を利かぬ 飾物 のようだった。
「わしに目通ろうなどと何用だ。 この忙しい晦日に」
口先とは矛盾して、男はゆったりと朱盃の酒を飲み、不適な笑みを向けてきた。
一重瞼に紅を弾き、際立つ夕日色の瞳を一度覗けば、すべてを見透かされるような――内を暴かれる予感がする。
©️2025 嵬動新九
※盗作・転載・無断使用厳禁
※コピーペースト・スクリーンショット禁止
※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止




