五章 二十四丁 時ならぬ桜花
客がおらず暇だったのか、男は此方のやり取りをずっと楽しんでいたようで、気楽に声を掛けてくる。
「お嬢ちゃん随分と買ったなぁ。 倅の餅屋をご贔屓に嬉しいねぇ」
おもちゃ屋の店主はそう言うと、台車の上で回転する 風車 の中から、一番大きな物を摘まみ上げる。
この出店は、筵に陳列された品々だけでなく、細工した台車にも目一杯おもちゃを詰め込んだ珍しい見栄えで、面や凧、羽子板、でんでん太鼓など、子供が喜びそうなものを何でも揃えてあった。
おもちゃは赤の配色が多く非常に目を引き、中でも 大八車 に飾られた数多の風車が、風が起こる度に一斉に羽を回し胸を弾ませる。
「これはほんの気持ちでぃ。 また寄ってやってくれや」
店主は、御鈴姫へ特大の風車を譲り渡し、その羽の和紙には手描きで桜柄が描かれてあった。
「わぁ! ありがとう!」
「一斉にふーっと吹いてみな。 うちのはちょいと他よりでかいぜぃ」
親父は台車へ腰掛けながら小粋に言い。
助言通り、御鈴姫は己の顔と大差ない風車をわくわくとネイへ向ける。
一人で息を吹き掛けて羽を回すのは困難だと察したネイは、屈んで御鈴姫に顔を近付け、同時に深く空気を吸い込んだ。
そして、いよいよ吹き掛けるところで、二人の間から顔を出した狛和丸が、鼻息のみで豪快に風車を回した。
激しく回転する羽と、先を越された事がどうにも可笑しい二人は腹を抱え、その笑い声は市場の活気に色を添えた。
「…気抜けた奴らだな」
不意に発せられた言葉で我に返った一同は周囲を探し、声の主は思いの外簡単に見付かった。
市場にしか関心のない雑踏の中でただ一人、門柱に背を預け、腕を組んだまま此方に呆れ顔を向ける男がいる。
声を掛けてきたのはこの者で間違いないだろう。が、一同はまったく面識を感じなかった。
灰色と黒の片身替わりの着流しに、襤褸の羽織を纏う男の薄着はこの季節には薄ら寒い。そして、見るからに古着の着こなしは、その日暮らしをしているのかと思うほど貧相である。
不体裁な服装は、財に因りけり仕方がないとまだ言えるが、腰辺りまで伸びた黒髪は櫛を通した事があるか疑うほど乱れていた。
その上、髪の長さは所々異なり、適当に自分で切ったとみえる頭髪が風に煽られ、顔に掛かろうが払い除けず、物乞いと指を差されても擁護のしようがない。
側を通りすがる人々もやはり、男へ気遣わしげな視線を送るか、避忌するかの二通りの反応を示している。
これほど見窄らしい知人に心当たりがなく、周囲に倣おうかと思った矢先。
頭髪の隙間から辛うじて判別できる、やや面長の中高な顔立ちに見覚えがあった。
御鈴姫と狛和丸も同じ考えに至ったようで、一同は目を細め、亀の如く首を伸ばし、男の容姿を穴が開くほど見詰める。
そして、俯き加減のその鋭い眼力により、漸く正体を悟った一同は首を戻し、目口を丸くした。
「ああッ!! き、貴様はッ!!?」
男の目はひとめ合えば忘れもしない、他に類をみない美々しさであり、紛れもなく白影のものだった。
©️2025 嵬動新九
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