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盲目の剣豪篇、連載中 / 落貌ノ鬼『劔刀、いく世へ消えにし命さえ』  作者: 嵬動新九
江戸跋渉篇 | 第五章 百鬼夜行〈前半〉

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五章 三丁  大井川徒歩渡し


「進めぇーーい! 進めぇーーーい !!」


 向かい側からやって来る一人乗りの連台(れんだい)の上には、ぴんと背筋を伸ばした娘が進行方向へ(おうぎ)を指し、戦場(いくさば)の武将のように人足(にんそく)を進ませていた。



娘が乗る連台には手摺(てす)りが取り付けられており、隙間なく板が組まれた台は値が張りそうだが、連台を利用する客は裕福な者が多く。成熟間近な年頃のこの娘も、旅装束ではあるが、身分の高さを思わせる上物の衣服を身に着けている。


 後ろで一つに束ねた髪は、背の上をころころと跳ね。癖毛(くせげ)でくるりと巻き上がる毛先と、()の子に似た明るい髪色はより娘を活発でおてんばに見せた。



娘が声高らかに意気込み、連台を進ませる様を、周囲の人々は口を開いたまま呆然と注目しており、御鈴姫(みすず)らも同様に、天真爛漫(てんしんらんまん)な娘に釘付けとなった。



「ぐわっ!! 足が()まった!」


 此方(こちら)とのすれ違い様に、娘の台を担ぐ人足の一人が、水底の深みに足を取られた。


 前方が役割であるその男は肩まで水に沈み込み、仲間達が咄嗟(とっさ)に傾きを調節して連台の平衡(へいこう)を保った機転は、まさしく熟練の技である。


見事な連携により、端座(たんざ)する娘の身体はさほど揺るがず。連台が突然進行を止めた事で、娘はぱちくりと二度(またた)いた。



「それぇ!進めぇーい!行進(こうしん)あるのみです!」


 娘は状況を飲み込めていないのか、人足達を鼓舞(こぶ)するように再び声を張り上げる。


「ちょ…ちょっと待って!ですから足が…っ」

「いけるか 十蔵 (じゅうぞう)ッ!?」


 十蔵という人足は仲間に案じられる中、川石の隙間に入り込んだ片足を抜け出そうと尽くす。が、しっかり嵌まり込んだ足は、誰かに手伝ってもらわねば抜ける気配はない。



 御鈴姫らを運ぶ人足達はその変事(へんじ)を、事の初めは気遣(きづか)わしげに眺めていたものだが、娘の無邪気さも(あい)まって次第に声を揃えて笑い出した。



「はぁーあ、おかしれぇ!これしきで情けねぇなぁ! 弥介(やすけ)ー!足ぃ抜いてやれー!」


 人足達は相手側の失態を気の済むまで笑うと、年者の者が仲間を促した。



 御鈴姫らが乗る連台には、六人の運び手がいるため中央の者が一人抜けようと支障はなく。指名された人足、弥介は台を手放し、水を掻き分けて娘の連台へ向かった。


 だが笑いものにされ面目(めんもく)を潰された人足達は、助っ人に水を掛けて追い払い。抗議の意思を示した。


「うるせぇー!! てめぇらの手なんか借りるか!こちとらなぁ!お前等より長くこの為事(仕事)やってんだ !!」


「そうだー!とっとと失せろー!」


 助けに向かった筈の弥介は、冷水の 応酬 (おうしゅう)(たま)らず退散し、一刻も早く状況を脱したい十蔵は(なげ)きをあげた。


「て、てめぇら…! 人事(ひとごと)だと思ってよ…!どーすんだこれっ!」


 ()くして、台を押し上げて支える十蔵の腕は、限界を告げるように震え始め。救い手に見限られた哀れな男は、右足をなんとか引き上げようとするが、台の均衡(きんこう)が損なわれる事を怖れ、これ以上の無理は出来なかった。



「負けじと足を上げてぇー!それっ!」

「無茶言わんでくだせぇ!そんなすぐには…っ」


 事情を察せぬ娘は、扇子(せんす)を豪快に振って十蔵を激励(げきれい)する。



「わはははっ!威勢のいい女子(おなご)じゃねぇか!負けじと意気地(いきじ)みせてやれー!」


 居合わせた六人の人足達は(こば)まれた以上、手は貸さず声援に精を出した。



「て…てめぇら…っお…覚えてろ…!」


 十蔵は冷水に体温を奪われ、紫に変色した(くちびる)を震わせながら(うら)(ごと)(こぼ)す。


見るからに衰弱してゆく十蔵の異変を漸く察した娘は、由々しき事態であると意気込んだ。


「なんと!このままでは死に入ります!よーしっ!任せなさい!私が抜いて差し上げます!」


「へっ!?」


 娘は上着を脱ぐと、勇ましく(そで)(すそ)をたくし上げ、連台の上を素早く移動する。



「ちょちょ!! お客さん! 最中(もなか)を動いたら…っ!!」


 裾から覗く娘の 脹脛 (ふくらはぎ)を見て十蔵は鼻の下を伸ばし、他の人足達は台の端へ寄った娘を慌てて制止する。


だが警告(むな)しくも、重量の(かたよ)った連台は傾き。娘の身体は川へ放り出された。



 すかさず連台を降りたネイは、台を支え。腹部まで水に(つか)る事となったが、ネイの肩に手を付いた娘は、川へ落ちずに済んだ。



「……――なんと(あや)ふし!かたじけのう御座います!旅の――…」



 礼を言おうと顔を上げた娘は、鼻先が触れんばかりにネイと見つめ合い。包み隠さぬ青い瞳に、娘はじっと吸い込まれ――。



「きゃああぁあああ !!! 河童(カッパ)ッ!!」



 気を動転させた娘は、強烈な平手打ちを見舞い。

水面に叩き付けられたネイは、盛大に水柱を上げて川底へ沈んだ。



 連台を飛び降りた際に落としたネイの(かさ)は、河童が(おぼ)れたと騒ぎ立てる十蔵らの側を流れゆき。



娘の暴挙に驚愕する御鈴姫(みすず)狛和丸(ハクアイマル)の悲鳴は、人足達の 狂騒 (きょうそう)()じって大いに周囲を騒がせた。




「……何だあれ?」


 遠目に騒動を見遣(みや)る人々は、一様に小首を傾げ。ある人足が自身の肩に(また)がる女へ尋ねた。



「さぁ?河童が出たって…」


 女は寝不足がたたり欠伸(あくび)をしながら答えると、(ざつ)(たば)ねた髪を指先で整える。



「はぁ?こんな(あら)くれ川に出てたまるかよぉ」


 人足は苦々しく顔を引き()らせると、上流から流れてきた編笠(あみがさ)を拾い上げた。



「おーい!誰だぁー? 笠落としてっぞーー!」


 笠の持ち主が、未だ水に沈んでいる事も知らぬ人足は、周辺の客らに笠を振って呼び掛けるが、人々は上流の騒ぎに夢中で応える者は誰もいなかった。






©️2025 嵬動新九

※盗作・転載・無断使用厳禁

※コピーペースト・スクリーンショット禁止

※ご観覧以外でのPDF、TXTの利用禁止

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