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あやかしが見えちゃう令嬢は婚約者の後ろの人が好き。なお、婚約者本体は嫌い。  作者: ミズアサギ


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8. 喧嘩と喧嘩と喧嘩

 

「なあ、ミラン夫妻って、あの『ミランの館』のミラン夫妻か?」


 黙って見ていたキリアンが疑問を投げかけると、ベアトリスとダヴィは、ばつが悪そうにお互い顔を見合わせた。


『ミランの館』とは、つい半世紀ほど前に起こった悲劇の舞台である裕福な平民の家のことだ。

 夫のジョー・ミランと妻のマリア・ミランは、近所で知らない人がいないぐらい仲の悪い夫婦だった。幼い時から近所で育った二人は、その頃から仲が悪いにもかかわらず結婚して子宝にも恵まれた。

 しかし、夫妻の人生は夫婦喧嘩の連続だった。初めの方こそ、近所の人や騎士団による仲裁もあった。しかし、たび重なる夫婦喧嘩に次第に人々は見て見ぬふりをするようになったのだ。

 二人が壮年を迎えた時。

 いつもより激しい喧嘩をした二人は、とうとう離縁の書類にサインをした。その勢いのまま、妻のマリアは街の裁定所に書類を出しに走った。それが、マリアの最後の姿だった。

 いつまでも戻らないマリアを探しに出た夫ジョーは、裁定所の前の大通りで馬車に跳ねられ冷たくなったマリアの姿を発見した。そのショックからか、それからわずか三日後にはジョーもベッドで冷たくなっていた。

 悲劇に見舞われた家はそのまま朽ちていき、今では『ミランの館』と呼ばれて見物に訪れる者が絶えない場所となった。平民の中には二人を悼み、ミラン夫妻の肖像画を街に貼り出す者まで現れた。アニエスは、その絵を見たことがあったのだ。



「で、そのミランの館に行ったの? あなたたちは」


 アニエスは二人に問いただす。二人は黙ったままで頷いた。


「呆れた。大体、あそこは仲がいいカップルが行くと別れるって噂があるところでしょう。何でそんなところに……」


 責めるようなアニエスに、ダヴィが恐る恐る口を開いた。


「実は、あそこにはもう一つの噂があって」


 ダヴィとベアトリスは顔を見合わせて頷いた。生前住んでいた家にどんな噂があるのか気になるらしく、ミラン夫妻も後ろから二人に顔を寄せている。ダヴィが続けた。


「ミラン夫妻は、お互い想い合っていたのに最後まで素直になれなかった。だから、お相手とうまくいかない人がお願いをすると、縁が再び結ばれる……そんな噂があります。むしろ、今はそちらの方が有名でして」


 ベアトリスも頷く。アニエスがミラン夫妻を見ると、夫妻はキョトンとしている。噂はあくまで噂のようだ。アニエスはふうっとため息をついた。


「馬鹿馬鹿しい。そんなところに行って、万が一、ミラン夫妻に取り憑かれでもしてみなさいよ。永遠に喧嘩するはめになるわよ」


 アニエスは呆れたようにベアトリスたちに言った。さらに、ミラン夫妻に視線をやりながら続けた。


「私だったら、せっかく仲の良いカップルに取り憑いたんなら、今度こそ末長く仲良く暮らしたいけどね」


 ベアトリスたちの後ろで、ミラン夫妻はハッとしたように顔を見合わせている。アニエスの言葉にベアトリスの目に涙が浮かび、ダヴィが慌ててハンカチを差し出した。ベアトリスはそれを素直に受け取り、ダヴィはそっとベアトリスの背に手を当てた。


「大体さ、君たちは元々仲が良かったんだろう? なぜ、わざわざそんなところに行ったんだ?」


 黙って成り行きを見ていたキリアンが口を開いた。


「それは……」


 ダヴィが言い淀む。すると、ベアトリスがキッとアニエスとキリアンを見た。


「それは、あなたたちの仲が悪すぎるからじゃないっ!」


 急に矛先を向けられたアニエスとキリアンはポカンとする。そんな二人に、ベアトリスは涙ながらに続けた。


「夜会の度にヒリヒリした空気を出すし、周囲が好き勝手に流す噂も、否定するどころか勘違いされても仕方のない行動ばっかり。友人として、二人にはうまくいって欲しかったのよ!」


 そこまで言うと、ベアトリスはわっと泣き出してしまった。ダヴィが優しくその背中を撫で、マリア・ミランは慰めるようにベアトリスの頭を撫で、ジョー・ミランはオロオロしている。アニエスは、自分が悪者になった気がした。隣ではキリアンも居心地悪そうにモゾモゾしている。


「まさか、私たちが原因だったの? それは……ごめんなさい」

「非公式に謝罪するよ……ごめんなさい」

「非公式って、公式に謝りなさいよ。本当に小さい男ね」

「うるさい! あちらも俺も、爵位は違えど次期領主だ。貸し借りがあったら仕事に差し支える可能性があるだろうが、バカ!」

「ば、バカっ!?」


 今度はアニエスとキリアンで喧嘩が始まった。


(キリアンの口の悪さには勝てないわ。そうだ、ミラン夫妻が私たちに取り憑いたら……特にあの奥様の口撃なら勝てる!)


 アニエスは希望に満ちた目でミラン夫妻を見た。が、ミラン夫妻は首を横に振った。しかも、いつの間にか二人は手を握りあっている。アニエスは絶望した。


「う、裏切り者っ!」

「どっち向いて喧嘩してるんだよ、こっちを見ろよ!」


 喧嘩するアニエスとキリアンを呆れたように見ていたベアトリスとダヴィは、お互い顔を見合わせ、恥ずかしそうに微笑んだ。二人が微笑み合うのは、ミランの館を訪れた時以来だった。その後ろでは、ミラン夫妻がアニエスたちの喧嘩を見て苦笑していた。


「あの二人は、あれでいいのよね。きっと」

「うん。それに、キリアン様は君たちが思うよりいい人かもしれないよ。僕が子爵家の次期領主と知っていて、当主という対等な立場でいようとしてくれている。自分の婚約者の友人の嫁ぎ先まで調べてるのは、すごいけど」

「それは少し怖いわ」

「だから言っただろう? あの二人はお互い嫌い合っている感じがしないって」


 その時、キリアンが一際大きな声を上げた。


「やっぱりお前とは、婚約を解消……」

「困った顔も素敵だわ。ごめんなさい、私、取り乱してしまって」


 アニエスは、二人の喧嘩を止めようとオロオロしている青年が、髪を掻き上げるところを見た。その瞬間、キリアンとの喧嘩なんてどうでもよくなったのだ。

 急にうっとりとした顔で、隣のキリアンに向かって手を振るアニエスに、ベアトリスもダヴィも驚いてしまった。何より、もっと驚いたのは、それを見たキリアンが、少し頬を染めて口元を右手で覆い黙ってしまったのだ。


「いや、いい」


 トーンダウンしたキリアンに、不可解なものを見たとばかり、お互いの手を取り合い怯えるベアトリスとダヴィ。その後ろには、もう何もいなくなっていた。

 

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