7. 後ろの人たち
「ってことで、今日のお茶会には友人カップルが参加するの。よろしくね」
アニエスとキリアンのお茶会の日。珍しく早めに到着したアニエスが急に言い出し、キリアンは戸惑っていた。
「別に人数が増えることは構わない。でも、二人でのお茶会を想定していたから……」
「あら。それじゃあ、まるで私と二人が良かったみたいじゃない」
「そ、そんな訳ないだろう!」
「知ってるわ」
なぜか怒るキリアンを無視して、アニエスは椅子にどかっと腰掛けた。と、思ったら、急に縋るような目でキリアンの方を見て言った。
「それはそうと、あなたにはお願いがあるの」
キリアンはドキッとしながら、いそいそと向かいの席に腰掛けた。
「な、何だよ」
アニエスはずっと考えていた。男女の機微なんて自分にはわからない。しかし、影の方は見たところ自分よりだいぶ大人だ。もしかすると、友人カップルの問題の解決の糸口が見つかるかもしれないと。
「これから私の友人カップルが来るわ。その二人の様子を観察して欲しいの。離れている時は恋焦がれているのに、実際顔を合わせると喧嘩ばかりで憎い……。それって、おかしくないかしら?」
「ああ、それは確かに」
自分が頼まれたと思い込み、力強く頷くキリアンの右後ろでは、青年も顎に手を当てて何やら考え込んでいる。
「もうすぐ来るわ」
その時、まるでアニエスの言葉が聞こえていたかのように、バートランド伯爵家の執事が来客を告げに来た。
しばらくすると、緊張した面持ちのベアトリスとダヴィが揃って部屋に入って来た。アニエスは、二人の間にある微妙な距離が気になった。
自己紹介を終えた部屋には、四人とリラ、そしてベアトリスの侍女の六人だけがいる。
緊張しているダヴィに、アニエスが声を掛けた。
「ねぇ。ベアトリスに聞いたんだけど、ダヴィも顔を合わせていない時は会いたくて仕方がないのよね?」
「そうです。それは以前と変わっていません」
「でも会ったときは、なぜか喧嘩になると」
「はい。実は、家を出るまでは今日こそは仲直りしようと思っていましたが、馬車の中でさっそく喧嘩してしまって……」
その時、ダヴィの隣に座るベアトリスがアニエスが聞いたことのないような鋭い口調で口を挟んだ。
「大体、あなたが約束の時間に来ないのが悪いんじゃない」
「少し遅れるかもしれないって言っていただろう。それもたった五分のことだ」
「あなたはいつもそうなのよ。遅れるって言ったら許されるのなら、私がこの間遅れたのも許してくださらない?」
「あれはベアトリスが三分も遅れたからだろう!」
徐々にヒートアップする二人を、アニエスとキリアンはただ呆然と見ているしかなかった。
「聞いていた以上にすごいな」
「ええ。聞いていた以上にくだらないわね」
向かいにはギャーギャーと騒ぐベアトリスたち。アニエスは呆れながら、ちらりと隣のキリアンに目をやった。
「!?」
アニエスは驚いた。
キリアンの右斜め後ろでは、青年が必死でアニエスに何かを訴えようとしていた。よく見ると、青年が人差し指でベアトリスとダヴィの後ろを指差している。アニエスは頷き、喧嘩中に二人の後ろに視線をやる。そして目を細めて、じっと凝視した。
「……!?」
しばらくじっと見ていたアニエスは、思わず声を出しそうになった。
喧嘩しているベアトリスの右後ろには、真っ赤な口紅を差した派手な身なりの婦人がいる。そして、ダヴィの右後ろには小太りで、頬にある大きな黒子が特徴的な壮年の男性がいた。二人はベアトリスカップルと同じぐらい、お互いを罵り合っていた。姿がはっきり見えてくるにつれて、その話の内容も鮮明に聞こえるようになった。
「大体、ベアトリスはいつもいつも!」
「ダヴィだって!」
「おめえ、一体いつになったらまともになるんだよ!」
「借金だらけのアンタに何がわかるのさ!」
アニエスは口をあんぐりと開けたまま、青年の方を見た。青年も戸惑ったような表情で、首を横に振った。キリアンは口を開けたアニエスの顔を見て吹き出した。
アニエスの耳にだけ聞こえる二組のカップルの罵り合う声。アニエスは頭が痛くなってきた。こめかみを押さえながらもう一度、ベアトリスたちの後ろの男女を見る。
すると、今にもつかみ合いそうな男女が一度アニエスを見た。すぐに睨み合いに戻った二人だが、再びアニエスの方を見ると驚いたように口を開けた。そして二人は、アニエスを見たまま固まってしまった。
(見えているって勘づかれたかしら?)
慌てて目を伏せたアニエスが、そっと視線を二人に戻す。やはり、二人は驚いた顔をしてアニエスを凝視していた。
(えへへ……どうも)
アニエスが小さな会釈をすると、二人も困惑したように会釈を返した。アニエスには、その姿にどこか見覚えがあった。
部屋には、ベアトリスとダヴィだけの声が響く。喧騒の中で、アニエスは一生懸命思い出していた。
知り合いではないと思う。だとすると、絵か本で見たのか、はたまた街の張り紙か……。
「ミラン夫妻!?」
急に大きな声を出したアニエスに、ベアトリスとダヴィも驚いてアニエスの方を見た。部屋中の視線がアニエスに集まる。驚くキリアンの後ろでは、青年だけが深く頷いていた。部屋中に沈黙が流れる。
その沈黙を、意外な言葉で破ったのはベアトリスだった。
「ど、どうしてわかったの?」
「え?」
きょとんとするアニエスに、ベアトリスとダヴィは怯えたような視線をぶつけた。




