17. 第三の事件
「あの二人、案外お似合いじゃないか。なぜお前は、二人のアイノス探しを手伝うのを嫌がったんだ?」
ルメートル伯爵家からの帰りの馬車の中で、キリアンは不機嫌そうにアニエスに聞いた。アニエスは黙ってさっきの出来事を思い出していた。
あの休憩室には、キリアンとアニエス、そしてワレンとジュリアがいた。正確には、キリアンの後ろにはいつも通り青年も。それぞれの侍女たちは部屋の外で待機していた。
アニエスは、ワレンが自分を良く思っていないのを感じていた。それについては、特に何も思うところはない。通りすがりの猫に睨まれても、別に気にならないのと同じだ。
そして、ジュリアがワレンについて悪印象を持っているのも知っていた。
ジュリアだけでなく、従姉妹のシルヴィもベアトリスも、夜会の度にキリアンとワレンのアニエスへの態度について小言を言っていた。ワレン側も同じで、いつも険しい視線を向けるアニエスの友人たちに良い印象は持っていないはずだ。
初めて言葉を交わしたワレンとジュリアは、お互いの持つ先入観から刺々しくぶつかった。
そんなものだろうと我関せずの態度を取ったアニエスとは違い、キリアンはたいそう焦っていたようだ。ご自慢の長い足を使って、アニエスに仲裁をしろと無言の圧さえ掛けてきた。
面倒臭くなったアニエスがキリアンの後ろに目をやる。青年は困り顔で頷いたと思ったら、スーッと窓際に移動した。そして、そのままカーテンを掴むと一気にそのカーテンを引いたのだ。
アニエス以外には不可解な現象に見えただろう。青年の狙い通り、ワレンとジュリアの喧嘩は中断された。
(問題は、その後なのよね……)
再びフルーツを楽しみながら、アニエスはワレンとジュリアがアイノスについて話すのを聞いていた。
「戦地に行く時、恋人や奥様に必ず言う言葉が、『アイノスを見つけて戻ってくる』なのです……」
そう寂しそうに話すジュリアの声に、アニエスは思わず顔を上げた。そして、見てしまった。
ジュリアの斜め後ろに、騎士服を着こなした背の高い女性騎士が立っていたのだ。女性騎士の制服には、以前騎士を目指していたジュリアが着て見せてくれた物と、まったく同じ紋章が付いている。きっと、ジュリアの家にいた騎士だろう。女性騎士は、一つに束ねた髪と同じ薄紫の瞳で、じっとアイノスの絵を見上げている。アニエスには、その顔がとても悲しそうに見えた。アニエスはジュリアと女性騎士から視線を外しながら言った。
「素敵っていうより、悲しいお花ね」
そして今度は、ワレンの後ろに立つ、背は低いが身なりの良い老紳士を見つけたのだった。女性騎士とは違って、その老紳士はアイノスの絵をニコニコと見上げていた。
アニエスは急いでキリアンの後ろに視線を移す。同じタイミングでその二人に気づいたらしく、青年もアニエスを見ながら二人を指さしていた。
(あ・れ・は?)
アニエスが唇だけ動かす。青年は身振り手振りで何かを伝えるが、アニエスにはひとつも理解できない。
アニエスと青年が不毛なやり取りをしている間に、ワレンとジュリアはどうやらアイノスを探すつもりになったらしい。見つからなくとも、二人で花を探す方が喧嘩されるより余程いい。二人の後ろにいる二人も、お互い正反対の表情を浮かべているものの、アイノスの絵を熱心に見ている。アニエスはワレンとジュリアに声を掛けた。
「見つければいいじゃないの?」
青年に同意を求めるためにキリアンの方を見る。相変わらず、邪魔なキリアンが口を挟んできた。アニエスはキリアンを睨んでから続けた。
「ワレン様とジュリアで、アイノスを探す手掛かりを見つければいいじゃない? 植物園やら、観劇やらを見て回って」
キリアンの後ろで、青年が笑顔を浮かべて何度も頷いている。アニエスは初めて見る青年の影のない笑顔に、思わず満面の笑顔を返しながら小首を傾げた。そんなアニエスを見て、キリアンは慌てて目を逸らすと、こほんと咳払いした。そして、自分たちもアイノス探しに協力しようと言い出したのだった。
そこまで回想して、アニエスはため息を吐いた。二人で探すことに意味があるのに、キリアンはなぜ二人の邪魔をするのだろう。
「俺たちもアイノス探しに協力しよう。とりあえず、週末は植物園だ」
「えー。いつもの部屋で資料を見ながら作戦会議をしましょうよ」
明るい時間に外出すれば、青年が見えなくなってしまう。アニエスは嫌な顔をした。
「お前はいつも、薄暗い場所で会いたがるな。日を浴びないと健康に悪いぞ」
アニエスの気も知らずに、キリアンは勝手に約束の時間の確認を始める。青年は寝ているのか、目を閉じてコクリコクリと舟を漕いでいた。




