16. 伝説の青い花
「あれ! ワレン様、あの絵は?」
不可解な現象に少し怯えていたキリアンとワレンは、突然のジュリアの声に肩をビクッと揺らした。
「な、何なんだよ、急に」
「そのお花の絵。青い花はアイノス?」
ジュリアは窓際に掛けられている絵画を見ている。その大きな絵には、中央に一輪の青い花が描かれている。ワレンはそれを見た。
「ああ。アイノスだ。よく知っているな」
「アイノスって何?」
アニエスがキリアンに尋ねる。キリアンも首を傾げた。
「アイノスって五十年に一度だけ咲く花って言われているんだ。「永遠の愛をあなたに」って花言葉がある。昔、祖父が森で迷った時に偶然見つけたらしい。祖母に贈ったその珍しい花を、祖父は画家に描かせたんだ」
ワレンがアニエスたちに説明しているうちに、ジュリアが席を立ち、ゆっくりと絵に近づいた。絵の正面に立ったジュリアは、黙ってじっとアイノスの花の絵を見ている。ワレンが後ろから声を掛けた。
「興味を持っているみたいだな」
ジュリアは絵から目を離さないまま答えた。
「実物は見たことがないです。でも、この花の名前は昔からよく聞いています」
ジュリアはチラリとワレンを見た。その濃紺の瞳は、先ほどの攻撃的な瞳とは違って揺れているように見えた。
「我が伯爵家は、何十人という騎士を育ててきました。戦争や紛争に送り出した数も少なくない。その人たちが戦地に行く時、恋人や奥様に必ず言う言葉が、『アイノスを見つけて戻ってくる』なのです……」
ワレンは何も言えなくなった。
実際、祖父がアイノスを見つけたと言うのも本当かどうかわからない。それほど、伝説と言われている花だ。戦争に行った騎士がアイノスを見つけられたのか、帰って来られたのか聞くのは、ジュリアの表情を見てもさすがに憚られた。
「素敵っていうよりも、悲しいお花ね」
いつの間にかフォークを置いてジュリアの話に耳を傾けていたアニエスは、今度はワレンを見てからポツリと漏らした。アニエスの呟きを聞き、キリアンはいつか教会で泣き崩れたアニエスを思い出していた。
「ジュリア嬢は、この花を信じているのか」
ワレンがジュリアに聞いた。意地悪な質問だが、ワレンの口調はなぜか柔らかかった。
「信じ……たいです。皆、信じて行って、信じて待っていたから」
ジュリアはワレンに、困ったように微笑んだ。
ジュリアのその顔を見て、ワレンはしばらく黙っていた。が、頭をワシワシと掻きながら言った。
「爺さんさ、その絵を描かせる時に、周囲から嘘つきって言われたらしいんだ。そんな花、あるものかって。僕も信じたいんだよね」
ワレンもジュリアも黙ってしまった。アニエスが、口を開いた。
「見つければいいじゃないの?」
「お前、バカかよ。簡単に見つけられないから、伝説の花なんじゃないか」
「そっか。でも、物語でも演劇でも、そんな話よく見るわよ。伝説の花を見つける話……あ、あれがアイノスだったんだ!」
アニエスとキリアンの話は、ワレンとジュリアの気を引いたようだ。
「演劇? 今やっているのか?」
「そんな本、どこにあるの? 国立図書館?」
「青い花を探せ!って新聞の特集を見たことがある。確か、植物園の取材に行ったはずだ」
気づくと険悪だった二人は、アイノスの話で一時間以上も話し込んでいた。
何となく解散しづらい空気の中で、アニエスがいいことを思いついたと手を打った。
「ワレン様とジュリアの二人で、アイノスを探す手掛かりを見つければいいじゃない? 植物園やら、観劇やらを見て回って」
ワレンとジュリアは、どことなく気まずそうに顔を見合わせた。
「もしアイノスまで辿り着いたら、ワレン様はお祖父様の言葉は証明できるし、ジュリアは騎士たちの想いを叶えられる……。ね、キリアン?」
アニエスはキリアンを見て首を傾げた。キリアンは慌ててアニエスから目を逸らすと、こほんと咳払いした。
「そ、そうだな。俺たちも協力するから」
「俺たちって。私は遠慮するわ」
「何だよ、お前が言い出したんだろう!」
「キリアン。伝説は、見つからないから伝説なんだよ」
「……お前」
こうしてワレンとジュリアは、翌週からアイノスを探す約束をした。




