18. 共通と反比例
「本当に来ちゃったわ」
週末の植物園は、寒くなると咲き出す花を見ようとするたくさんの人で賑わっていた。早々にベンチに座り込んだアニエスの目の先には、少し距離を開けて話すワレンとジュリアが見える。二人の後ろには侍女が控え、そしてそれぞれ、背後には老紳士と女性騎士がいた。
老紳士と女性騎士には接点がないように見える。お互いの姿を認識しているのかすらわからない。
アニエスが観察していると、ジュリアが何かに躓いたようだ。急に前のめりになったジュリアの腕を、ワレンが咄嗟に掴んだ……と思ったら、ワレンの体が押されたようにジュリアから離れた。
「おおー」
アニエスは思わず声を上げた。ジュリアを咄嗟に支えたのはなんと女性騎士で、さらに女性騎士はジュリアを助けようとして伸ばしたワレンの腕を払ったのだ。これには老紳士も黙っていない。ジュリアに近づくと、自分よりも背の高い女性騎士に向かって何やら抗議しているようだ。その声はアニエスには聞こえない。
「……お互いが見えているんだ」
「お前、何をさっきからブツブツ言っているんだ?」
湯気の立つカップを持ったキリアンが、リラと代わってアニエスの隣に座った。アニエスに差し出されたカップからは、ホットワインの良い香りの湯気が立っている。
「ありがとう。キリアンにしては、とっても気が利くわ」
何とも言えない表情を浮かべたキリアンをそのままに、アニエスはカップに口を付ける。芳醇な香りが口に広がり、喉を通ったワインの温かさで冷え始めていた体が温まる。アニエスは初めて、キリアンと来て良かったと思った。
「ねぇ、この植物園にアイノスは生えているの?」
アニエスがキリアンに聞くと、キリアンはワインを吹きそうになった。
「生えるって、お前……。まぁ、もしここに咲いているのなら、伝説の花なんて呼ばれていないだろうな。さっきワレンが職員から聞いたそうだ。アイノスは冬の寒い夜に咲くらしい」
「えー。面倒な花ね」
「ああ。だから、アイノスを主題にした演劇は、夜の部のみで公演されるんだって。今度、俺たちも……」
「夜だけなんて信じられないわ。冬の夜は、暖かい暖炉の前でうとうとしているのが最高なのにね」
「暖炉、いいよな! 暖炉か……うん」
キリアンが歯切れが悪くなったところに、ワレンとジュリアが笑いながら戻って来た。
「アイノスはなかったけれど、素敵な花が咲き誇っていたわ。アニエスたちは見ないの?」
「私、ここに根が生えたところ」
笑顔で答えながら、アニエスはワレンとジュリアが険悪になっていないことに驚いた。二人の後ろではまだ、老紳士と女性騎士が睨み合っている。なのに、ワレンとジュリアの仲は、明らかに朝より深くなっている。
「ジュリア嬢が花に明るくてびっくりしたよ。あと、薬効に詳しくて笑った」
「うちの騎士たちは怪我が絶えないから、傷に効く花から覚えさせられるのよ」
すっかり砕けた口調で話す二人に、アニエスは少し疑問を感じた。
ベアトリスとダヴィの後ろにいた夫婦は、喧嘩ばかりしていた。そのせいで、ベアトリスとダヴィの仲は一時険悪になった。
隣に立つ騎士の影響を受けたシルヴィは、体調を崩してしまった。二組はそれぞれ、取り憑いた人の影響を受けていた。
それなのに、今回、ワレンとジュリアは老紳士と女性騎士の影響を受けていないように見える。
それどころか、前回の険悪な出会いからは考えられないほどの早さで、二人の距離は縮まっている。キリアンの言う通り、このまま二人は、良い仲になりそうなぐらいだ。
ワレンとジュリアは、次はアイノスを題材にした演劇に行こうと盛り上がっている。その後ろでは、老紳士が暗い顔をした女性騎士にまだ説教をしていた。
「今回ばかりは、わからないわ……」
高く上った日の下には、青年の姿も見えない。アニエスはひとり、首を傾げた。




