19話 百合ゆリリスな魔法少女Ⅵ
――計算外でした。
わたしはまずお姉さまのポシェットから花蜜を盗み、蜂蜜と混合してホットケーキにかけました。独特の刺激臭を誤魔化すためチョコレートなどの甘味をたっぷりと投入し、過剰なほどの甘ったるさで覆い隠します。
生じる様々な問題はお姉さまに魅了魔法をかけて思考力を奪い、忘却させました。
そうすれば魅了魔法と媚薬効果でメロメロになったお姉さまにわたしは押し倒されてハッピーエンド。
そうなる予定でした。
しかしお姉さまは優しいお方。一枚のホットケーキをみんなで食べようと言い出すのも、後輩であるわたしを優先しようとするのも予測できたことなのに。
どれだけ計算を重ねても。どれだけ腹黒な陰謀を張り巡らせても。
お姉さまに「あ~ん」とされたらわたしの判断力なんて、塵芥のごとく消し飛んでしまうのです。
だってだって! あのお姉さまが「あ~ん」ですわよ!
食べますよ! そりゃ!
理性的な判断も、積み重ねた陰謀も、お姉さまの破壊力の前には無意味。
わたしは差し出された媚薬入りホットケーキを食べました。
欲望の色をした熱が全身を駆け巡っていきます。全身の細胞の本能が増幅される感覚。虫けらが本能的に光を追いかけるように、人類が聖母を作り上げたように、わたしはお姉さまを求めたのです。
美しい花を手繰り寄せ、欲望のままに押し倒します。
お姉さまが悪いのですよ? のこのこと媚薬を持ち帰って、わたしにポシェットを預けるなんて、悪さをしてくれと言っているようなもの。
ああ、ここまで来てしまったらすべてを薬のせいにできます。
二人で快楽を貪りあい、理性も倫理もすべてが溶けた世界で堕落したとしても……
優しいお姉さまはきっと、すべてを受け入れて……
……
…………
………………
いえ……それは果たして愛と言えるのでしょうか。
わたしはこれまでお姉さまの処女を守ってきました。
押し寄せるオークやスライムだけでなく、口説こうとするチャラ男や幼馴染とのフラグをすべてへし折ってまで、純潔防衛線を保ってきたのです。
お姉さまの処女は人類の財産に等しいもの。それを、一時の欲望や性欲で奪っていいものでしょうか。
愛とは育まれるもの。性交とはその果てにあるもののはず。
その段取りをすべて無視した交わりに何の意味があるのでしょう。
……ああ。
余計な思考が挟まってしまいました。
わたしは酔えない体質なのです。一時の理性融解で突き進めなければ、媚薬の効果もすぐに切れてしまいます。
今日こそは一歩を踏み出したいと思っていたのに。
白百合の蜜は好機だと思っていたのに。
「ごめんなさいお姉さま。大丈夫ですか」
わたしは体を起こし、手を差し出します。
目をつむっていたお姉さまは驚いたようにわたしの顔を見上げました。
わたしは目をそらします。ひどく冷静な頭は、すらすらと言い訳を編み出しました。
「あはは、ちょっとふらついちゃいました。やっぱり体調が悪いみたいですね」
嘘つきだなぁ。
「あ、ああ……やっぱり? 寝室で休んでおく?」
「そうします」
お姉さまは戸惑っていましたが、わたしの言葉を疑う様子もなく優しい笑顔を浮かべていました。
媚薬で激しく拍動する心臓がきりきりと痛みます。
お姉さまの顔を直視できず、背を向けて逃げるように寝室へ向かいました。
布団をかぶり、わたしの視界を世界からシャットダウンします。
頭の中の反省会。叫びそうになる衝動を死ぬ気でこらえ、恥の上塗りを回避しました。
わたしはいつもそうなのです。この想いをお姉さまに伝えたくて色々と画策してみるはいいものの、直前で怖気づいて手を引いてしまう。ポエムに浸ることができないので、愛や性欲を相手に向ける醜さを前に冷静になってしまいます。
そもそも、いきなり性交をたくらむなんて関係性の飛躍もいいところです。まずは想いを伝えて恋人になり、デートに行ったり、キスをしたり、そういった段取りを踏んでからするのが一般的なのに、妄想ばかりがたくましくて人づきあいが苦手なわたしは突飛な行動を選択してしまいます。
後から考えればやりすぎだとわかるのに、その時は名案だと思いこんでしまうのですね。
ああ消えたい。死にたい……
明日からお姉さまにどんな顔をして会えば……
考えるほどに憂鬱ですが、それでもやっぱりお姉さまには会いたいのです。
だって、お姉さましか……
わたしはほとんど無意識のうちに首にかけていたペンダントを握りました。
アクセサリー系の装備品、<心の絆>。
ぎゅっと力を籠めると、ほのかな青い光が少しだけ強くなりました。
お姉さまからいただいたマジックアイテムの片割れであり、わたしの命そのものです。
それはまだわたしが魔法少女に覚醒する前のこと。
故郷の村をモンスターに襲撃されて両親を亡くし、わたしも殺されかかっていたところをお姉さまが助けてくださいました。
わたしは攻撃を受けて虫の息。死の間際で薄らぐ意識の中、魔法少女の美しい戦闘を眺め、最期の時を受け入れる心の準備を進めていました。
しかし……子供だったわたしは、あまりにも理不尽な終わり方を了解できなくて、死にたくないと願ってしまい。
「泣かないで」
戦闘を終えたお姉さまがわたしの涙を拭ってくれました。
朦朧としていたので詳しくは覚えていませんが、その時のわたしは「死にたくない」とお姉さまに願ったのでしょう。
優しいお姉さまは世界で唯一の蘇生アイテム<心の絆>をわたしに使用したのです。
<心の絆>からあふれ出る魔力はわたしの傷をいやし、肉体をこの世界に留めました。
今は魔力を放出しつくし、力を籠めるとほんのり光る程度の石でしかありませんが、このペンダントはわたしの命そのものなのです。
その日から一度も切れることのない<心の絆>の光はわたしを勇気づけてくれました。
未使用で売れば数千年は遊んで暮らせるでしょう。それを初対面のわたしに「かわいい子がいたからね」なんて理由で……
そうして、と愛はすべてお姉さまに捧げられるものとなったのです。




