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第29話 協定書にない優先順位
契約書は、書いてあることより、書いていないことの方が怖い。
姉崎が持ち込んだ広域応援協定案は一見まともだった。救助班、自治体、夜間補給ハブ、外注搬送会社。それぞれの役割が並んでいる。
けれど注記欄の末尾に、小さな文があった。
『優先便の判断は運行管理受託者が定める地域貢献基準による』
「こんなの聞いてません」
雨港の職員が青ざめる。
「聞かせるつもりがなかったんでしょう」
私はその一文を指でなぞった。要するに、誰を先に助けるかを外注会社の独自基準で決められるという意味だ。
片桐が即座に言う。
「削除だ」
「削除だけじゃ足りません」
私は首を振る。
「代わりに基準を明文化します。重傷者、救助班、避難導線維持、帰還不能便。配信案件はその後です」
姉崎がメモを取りながらうなずいた。
「いいですね。行政文に落とします」
湾岸サプライリンクの役員は不満そうに口を挟む。
「柔軟性が失われますよ」
「柔軟性で人が死ぬ夜があるんです」
私は静かに返した。
曖昧な優先順位は、必ず声の大きい相手に食われる。
だったら最初から、食われない順番を文章にするしかない。




