第23話 足りないのは薬ではなく冷却箱
冷却箱の不足は、帳簿の上では見えにくい。
薬そのものの数が合っていれば、管理者は安心した顔をする。けれど薬は箱に入って初めて、必要な場所まで生きたまま届く。
雨港側で小規模クランの帰還便が詰まりかけた夜、私はその当たり前をもう一度突きつけられた。
「解毒薬はあるのに渡せないんですか?」
泥だらけの女性探索者が、苛立ちを隠さず言った。二十代後半くらいだろうか。仲間の腕には海霧系の毒棘傷が浮いている。
「渡せます。ただし、優先を組み直します」
私は雨港の棚を見渡した。白文字が動く。
高等級解毒薬・待機便二箱。
スポンサー収録用保冷展示箱・倉庫奥三台。
「……またそれですか」
私は奥の区画へ歩き、鍵のかかった展示箱を指した。中には新品の冷却箱が三台、配信ロゴ付きで保管されていた。
「これは収録用です」
湾岸サプライリンクの担当が慌てて止めようとする。
「今必要なのは撮影ではなく解毒薬の温度管理です」
片桐がその一言だけで周囲を黙らせた。
私は現場の必要量を再計算し、上位クラン向けの過剰な積み込みを削り、小規模クランの退避便へ回した。派手な絵面は何もない。ただ箱の順番を変えただけだ。
それでも、十分後には痛みに顔を歪めていた探索者の表情が少しゆるんだ。
「助かりました」
私は小さくうなずく。
足りないのは薬じゃない。
必要な順番で箱を使う、まともな頭の方だった。




