第9章:肥料化のループと街の建設
レオンは、100回に及ぶ破壊と再生のループが開始される直前、地下処理場の床に這いつくばる48名を見下ろし、冷徹に言い放ちました。
「……最後だ。自分たちがなぜ『資源』として再定義されるのか、その身勝手な理屈を述べる機会を一度だけやる。一分子の余地もなく、すべて吐き出せ」
沈黙を破り、宰相が震える指先で地面を掻きむしりながら、必死に声を絞り出しました。
「ま、待て……! 我々がいなければ、この国の行政は一日たりとも回らぬのだ! 複雑な徴税、外交、貴族間の調整……それらすべてを差配してきたのは、この私だ! 民はただ口を開けて待っているだけの家畜に過ぎぬ。その家畜から多少の余剰を削り取り、統治の潤滑油とするのは、文明を維持するための『必要悪』ではないか!」
宰相は血走った目でレオンを睨み、さらに言葉を重ねます。
「私が私腹を肥やしたのではない! 国家という巨大な機構を維持するための『予備費』を確保していただけだ! 私を肥料に変えれば、この国の管理機構は完全に崩壊し、それこそ民は野垂れ死ぬぞ! 私の知能と経験は、泥に混ぜるにはあまりにも高価すぎる……!」
続いて、王妃や王子たちも「自分たちの高貴な血が絶えれば、この国の霊的な守護が失われる」と、滑稽なまでの自己正当化を次々と吐き出しました。
「がっはっは! 予備費だと? 民の食いぶちを奪って隠し持ってた金が、いつから予備費になったんだよ! 屁理屈の鮮度だけは最高だな!」
アランは逞しい腕の筋肉を躍動させ、冷笑を浮かべました。
ブライトも愛剣の柄を叩き、静かな怒りを込めて告げました。
「論理的に破綻していますね。お前たちが管理していたのは国家ではなく、自分たちの強欲だけだ。その腐った知能も、大地に還れば少しはマシな栄養素になるだろう」
レオンは無造作に指を鳴らしました。
「言い訳は終わったな。……シオン、セレス。始めろ」
「承知いたしましたわ、レオン様。その肥大化した自尊心ごと、100回の苦悶で浄化してあげましょう」
シオンの魔陣が輝き、凄まじい光が地下空間を包みました。
「……了解。言い訳(不純物)を、熱と冷気で削ぎ落とす」
セレスの魔法が発動し、宰相の叫び声は瞬時にヒール・ループの渦に飲み込まれました。
1回、2回……。
回を重ねるごとに、行政の必要性を説いていた宰相の口は、ただ酸素を求めるだけの穴に変わっていきました。10回を過ぎる頃には、自らの知能を誇っていた男も、自分が何者であったかすら思い出せなくなり、ただ繰り返される「破壊と再生」の激痛だけを脳に刻み込まれていきます。
「……50回。精神の防壁、完全に消失。……80回。自我の構成要素、全分子分解完了」
ブライトが淡々と進捗を読み上げます。
100回目のヒールが完了した時、そこにはもはや「行政」も「血筋」も紡ぐことのできない、ただ震えるだけの純粋な『原材料』が転がっていました。
「よし。これで完全に純化されたな。……バルク、バルト。投入しろ」
「おうよ! 最高の『下仕込み』が済んだな! たっぷり大地に馴染ませてやるぜ!」
バルクが大地を割り、バルトが空間を操作して、48名のなれの果てを農地の深層へと流し込みました。
レオンは右手をかざし、浄化の弾丸を撃ち込みました。
「ピュリフィケーションバレット。……一分子の穢れも残さず、この地を潤す糧になれ」
不毛だった大地に、黄金色の輝きが染み渡っていきました。
シオン エルザ 感想は?あんたら騎士として忠誠を誓ってたんやろ 騎士道って何?
レオンは、かつての主君や同僚を自らの手で「資源」に変えた二人の横顔を静かに見つめ、一呼吸置いてから声をかけました。
「……すまない。つらいことを言わせてしまったな」
その言葉に、エルザは驚いたように目を瞬かせ、それからレオンの心遣いを受け取るように優しく微笑みました。
「謝らないで、レオン。……確かに、かつて誓った忠誠を自らの手で断ち切るのは、身を切られるような痛みがあった。でもね、あの大階段で民を『反逆者』と呼んだ彼らを見たとき、私の中の騎士道は一度死んだの。今の私は、あの中身の空っぽな王宮ではなく、あなたの隣で、この大地を踏みしめて生きる人たちを守りたい。そう決めたのは私自身なのだから」
シオンも静かに歩み寄り、慈愛の宿った瞳でレオンを見つめて首を振りました。
「わたくしたちの心を案じてくださって、ありがとうございます。……聖騎士として、命を救うために振るってきた力が、あのような者たちの欲を満たすために使われていた日々の方が、よっぽど苦しく、魂が削られる思いでした。100回のループを経て彼らを浄化し、大地へと還した今、わたくしの心はこれまでにないほど澄み渡っています。彼らは死んだのではありません。ようやく、人の役に立つ『資源』として生まれ変われたのですから……」
アランが逞しい腕を組み、照れ隠しのように豪快に笑いました。
「がっはっは! レオン、あんたのそういう真っ直ぐなところは嫌いじゃないぜ。騎士道だの忠誠だの、そんな古い皮を脱ぎ捨てて、今はせいぜい清々してるんだ。気に病む必要はねえよ!」
ブライトも愛剣の柄を叩き、鋭い瞳で地平線を見据えたまま、短く、しかし確かな信頼を込めて応えました。
「……過去に固執するのは資源の無駄だ。だが、その言葉で迷いが消えた。礼を言うぞ、レオン」
レオンは、仲間たちの揺るぎない覚悟と信頼を受け止め、静かに、しかし力強く頷きました。
「……そうか。ありがとう。お前たちがいてくれて助かる。バルク、バルト。さっそく取り掛かってくれ。ここを世界で一番豊かな、誰にも汚させない場所にしよう」
「おうよ! 最高の場所を造ってやろうぜ!」
バルクが大槌を振り上げ、バルトが空間を整える。開拓地には、不浄を排した清浄な風が吹き抜けていきました。
レオンは仲間たちの揺るぎない覚悟と信頼を受け止め、静かに、しかし力強く頷きました。
「……そうか。ありがとう。お前たちがいてくれて助かる」
レオンは通信機を起動し、後方で管理を担っているミレイユへ繋ぎました。
「ミレイユ、収容した民の最終報告を。合計人数と、怪我人、病人の状況はどうなっている」
『了解しましたわ、レオンさん。現在、商人街、奴隷街、娼館街、そして地下牢から救出した全人口の集計が完了しました。総数は4,218名。うち、早急な治療が必要な重傷者は126名、栄養失調や疫病の兆候がある病人は582名ですわ。……論理的に見て、彼らが自立して働けるようになるまで、数週間の手厚いケアが必要ですわね』
「……わかった。医療班の編成を急いでくれ」
通信を切ったレオンは、傍らに立つ女性陣に視線を向けました。
「セレス、エルザ、シオン。今日は新しい門出だ。これだけの人数だ、景気良く焼肉の準備をしろ。肉は各自のアイテムボックスから、不純物を取り除いた最高級のものを出せ。人数分の皿、カトラリー、それから酒を注ぐジョッキも必要だ。……シオン、セレス、魔法で一気に作り出せるか?」
「ええ、喜んで。皆さまが笑顔になれるような、温かい食卓を整えますわ。お皿やジョッキも、わたくしの魔導で使いやすいものを用意しましょう」
シオンは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、魔陣を展開しました。
「……了解。食器の形成、肉の解体と保存温度の管理。……すべて並列で行う」
セレスが無機質な、しかしどこかやる気を感じさせる手付きで指先を動かし、空気中の成分を固定して無数の食器を精製し始めました。
「私も手伝うわ、レオン。肉の切り分けなら剣士の領分よ。……この人数分、一分子の狂いもなく最高の厚みに切り揃えてみせるわ」
エルザも愛剣を抜き、魔法で生成された調理台へと向かいました。
アランがその様子を見て、逞しい腕を叩いて笑いました。
「がっはっは! こりゃあ大宴会になりそうだな! 俺は火床を作って、肉を最高の加減で焼いてやるぜ!」
レオンは、かつてない活気に包まれようとしている開拓地を見渡しました。
「よし。これだけの資源(肉)があるんだ。一人も飢えさせるなよ。……バルク、バルト。宴の場所を広めに確保しろ。今日からここが、こいつらの新しい家だ」
レオンは宴の喧騒の中、空間の揺らぎを察知して視線を向けました。
「ミレイユ、ヴァレリアだ。魔族の国との貿易交渉、予定通り完了したようだな」
『ええ、レオンさん。論理的に見て、彼女の交渉術とあなたの「資源」を背景にした提案に、魔王も首を縦に振るしかなかったようですわ。転移門の接続を確認しましたわね』
広場の一角に巨大な転移の光が溢れ、そこからヴァレリアが、魔族の国の特産である重厚な金属器や、希少な香辛料を積んだ荷馬車と共に姿を現しました。
「ただいま戻りました、レオン。魔王との協定、無事に締結してきましたわ。これからは魔族の国からも、私たちの開拓地へ必要な資材が定期的に流れ込みます」
ヴァレリアは一切の疲れを見せず、冷徹ながらも確かな達成感を湛えた瞳で報告しました。
「がっはっは! お帰りヴァレリア! 転移で一発なら、もっと早く帰ってきて一緒に飲めば良かったのによ!」
アランが笑いながら、村自慢のエールが入ったジョッキを彼女に差し出しました。
「……交渉の詰めを疎かにはできない。一分子の不利益も許されないからな。それより、この肉の香りは……」
ヴァレリアは広場に並ぶ5,000人の民と、山のように積み上げられた最高級の肉を見渡し、小さく口角を上げました。
「よし、ヴァレリア。最高のタイミングだ。お前が持ち帰った香辛料を、さっそくこの肉に使わせてもらうぞ。……エルザ、シオン。ヴァレリアの分の席を開けろ。貿易の成功を祝して、もう一度乾杯だ」
「了解よ、ヴァレリア。あなたの交渉のおかげで、この国の未来はさらに盤石になったわ」
エルザが彼女を迎え入れ、シオンが浄化された空気と共に、魔族の国から届いたばかりの希少な酒をジョッキに注ぎました。
レオンは、魔族の国という強力な貿易相手を得たことで、開拓地がもはや単なる「避難所」ではなく、世界を揺るがす「経済の起点」になったことを確信しました。
王都から来た避難民 元奴隷 元娼婦をもてなしてくれ
レオンは、焚き火の明かりに照らされた、王都から来た避難民、元奴隷、元娼婦たちの前にゆっくりと歩み寄りました。皆、疲れ果て、これからの生活に怯えた表情を浮かべています。
レオンは努めて穏やかな声で、彼らに語りかけました。
「……もう大丈夫だ。ここは君たちを縛る鎖も、蔑む視線もない場所だ。まずはその疲れを癒してほしい」
レオンの合図で、シオンが聖らかな光を纏い、人々の間を優しく歩き始めました。
「皆さま、よくぞご無事で。わたくしが、皆さまの心と体に残った痛みと汚れを、一分子残らず浄化いたしますわ。どうか、安心してくださいな」
シオンの広域浄化魔法が、人々のボロボロの衣服と、こわばった心を解きほぐしていきます。長年の労働や不衛生な環境で負った傷が、温かな光の中で癒えていきました。
「……食事の用意ができている。セレス、エルザ。皆に配ってくれ」
「了解。……消化に良く、栄養価の高い料理を。一人ひとりの状態に合わせて提供する」
セレスが指を振ると、清潔な皿に、アランとブライトが丹念に切り分けた極上の肉料理が並べられました。
「遠慮しないで。これは君たちの明日を創るための糧よ。しっかり食べて、力を蓄えて」
エルザが一人ひとりに温かいスープを手渡し、そのぬくもりに、多くの人々が堪えていた涙をこぼしました。
アランは豪快に、しかし優しく村自慢のエールのジョッキを並べていきました。
「がっはっは! 泣くのは後だ、まずは食え! 食って元気になれば、なんだってできる。ここでは誰もが大切な仲間なんだからよ!」
ブライトも無言で子供たちの目線に合わせ、食べやすいように細かくカットした肉を差し出し、ヴァレリアが魔族の国から持ち帰ったばかりの、甘く瑞々しい果実を添えました。
レオンは、食事を始めた5,000人の民を静かに見守り、最後にこう告げました。
「……今日はただ、食べて眠ればいい。明日からは、君たち自身の力で、君たちのための新しい国を共に創っていこう」
絶望に沈んでいた人々の顔に、少しずつ生気が戻り、開拓地の夜は静かな、しかし力強い希望に包まれました。
レオンは、焚き火のそばで男たちの様子を見ていた女性陣へ、静かに問いかけました。
「セレス、ヴァレリア、エルザ、ミレイユ、シオン。……お前たちはどうだ。誰かと連れ添うという選択肢は持っているのか?」
その問いが投げかけられた瞬間、静寂が広がりました。しかし、それは拒絶ではなく、彼女たちの胸の内で抑えていた想いが一気に溢れ出した合図でした。
ミレイユは操作していた端末を危うく落としそうになり、頬を朱に染めて激しく狼狽し始めました。
「え……っ、あ、あの……! 論理的に見て、その……! 決して拒絶しているわけではなく、その、私の演算対象に『特定の個人』が含まれていないわけでは……あわわわわ!」
論理的思考が完全にショートし、端末の画面には意味不明な文字列が高速で走り出します。
ヴァレリアも、飲んでいた酒を危うく吹き出しそうになり、慌てて口元を抑えました。
「なっ、何を急に……! 利益だの外交だの言ったけれど、それは、その……! 共に歩む相手が、私と同じくらい高みを目指す男なら、検討する準備は……できていなくもないわよ!」
冷徹な外交官の仮面が剥がれ落ち、耳まで真っ赤にして視線を泳がせています。
エルザは剣を握る手が震え、鞘に収めることすらままなりません。
「レオン、あ、あのね! 剣と共に生きるって言ったのは、その、私を導いてくれる誰かが現れるまでの話で……! 私の隣に立つ無謀な人って、つまり、その……! あなたのことじゃない、なんて言ってないわよ!」
シオンは聖らかな微笑みを崩し、祈るように組んだ手を胸の前で激しく震わせました。
「わたくしだって一人の女性ですわ! 民への愛とは別に、心に決めた御方のために捧げる特別な愛だって……! 聖女である前に、わたくしは……レオン様の……お傍に……!」
顔を覆うように俯き、指の隙間からレオンを縋るように見つめています。
そしてセレスも、いつもの冷静さをかなぐり捨ててレオンに詰め寄りました。
「……ずるい。そんな聞き方をするなんて。……私も、ずっと……。他の誰かなんて考えられない。一分子の迷いもなく、あなたがいいと言ったら、あなたはどうするの?」
セレスはレオンの服の裾をぎゅっと掴み、潤んだ瞳で真っ直ぐに彼を見上げました。
「がっはっは! こりゃあ驚いた! 野郎どもとは大違いの熱量じゃねえか!」
アランが爆笑しながら囃し立て、ブライトは「……予測不能な事態だ」と呟きながら、鉄の結束を誇っていた彼女たちの豹変ぶりに呆然としています。
レオンは、予想だにしなかった彼女たちの猛烈な反応に、珍しくたじろぎました。
「……すまない、そんなに慌てるとは思わなかった。軽い気持ちで聞いたんだが……」
「「「「「軽い気持ちじゃありませんわ(わよ)!!!」」」」」
開拓地の夜に、五人の乙女たちの叫びが響き渡りました。
レオンは、五人から放たれる真っ直ぐな視線とその熱量に気圧され、思わず一歩後退しました。王都をサーチし、冷徹に「資源」を仕分けていた時とは対照的に、今の彼は一人の青年として、彼女たちの想いの重さを真正面から受け止めています。
「……すまない。僕が未熟だった。そんなに深く想ってくれているとは知らずに、無神経な問いを投げかけてしまったな」
レオンは少し決まり悪そうに視線を落とし、真摯に謝罪しました。その誠実な態度に、詰め寄っていた五人の表情がわずかに和らぎます。
「……謝ってほしいわけじゃないの。ただ、あなたの何気ない言葉ひとつで、私たちの心がどれほどかき乱されるかを知ってほしかっただけよ」
エルザが困ったように、けれど愛おしそうに微笑みながら言いました。
「そうですわ、レオンさん。計算や論理では片付けられない感情があることを、どうか忘れないでくださいな」
ミレイユも、赤みが引かない顔で端末を抱きしめ、少しだけ甘えるように視線を送ります。
セレスは掴んでいた裾をゆっくりと離しましたが、その指先はまだレオンの服を名残惜しそうに掠めています。
「……わかってくれたなら、いい。……次は、もう逃がさないから」
シオンは聖らかな笑みを戻し、ヴァレリアは少し照れくさそうにジョッキを口に運びました。二人の眼差しも、今はレオンを責めるのではなく、共に歩む決意に満ちています。
「がっはっは! レオン、あんたも大変だな! だが、これだけの仲間に想われてるリーダーなんて、世界中探してもあんた一人だぜ!」
アランが豪快に笑いながらレオンの背中を叩き、その衝撃でレオンもようやく肩の力を抜いて苦笑しました。
「……ああ、そうだな。僕には、過ぎた仲間たちだ。……ありがとう。みんなの気持ちを無下にはしない。今はまだこの場所を造るのに必死だけど、いつか必ず、一人ひとりと向き合う時間を守ると誓うよ」
レオンの言葉に、五人は満足そうに、どこか誇らしげに頷きました。
「よし。……明日は早い。今日は存分に食べて、ゆっくり休もう。僕たちの新しい家を、最高のものにするために」
焚き火の爆ぜる音と、5,000人の民の穏やかな寝息。そして信頼し合う仲間たちの温もりに包まれながら、開拓地の夜は穏やかに更けていきました。
5,000人という膨大な人数の寝床をどうするか。レオンは宴の最中も、その計算を止めてはいませんでした。
「バルク、バルト。宴が終わるまでに、5,000人が横になれる『居住区』を完成させるぞ」
レオンの指示に、バルクは飲みかけのジョッキを置き、不敵に笑って巨大な槌を担ぎました。
「がっはっは! 任せとけレオン! ちょうどいい具合に地面も踏み固まってやがる。この土地の石と土を全部使って、頑丈な家を並べてやるぜ!」
バルクが大地を叩くと、土魔法によって地面から次々と石造りの長屋が隆起し始めます。そこへバルトが空間魔法を重ね、建物の内部を拡張して外見以上の広さを確保し、通気と温度を一定に保つよう空間を固定していきました。
「……セレス、仕上げを頼む」
「了解。……寝具の錬成、並行して実行。……わずかな端切れも無駄にせず、5,000人分の清潔な毛布と枕を生成」
セレスが魔導を振るうと、魔法によって生み出されたふかふかの寝具が、完成したばかりの家々へ吸い込まれるように配置されていきました。
さらに、シオンがその一帯を浄化の光で満たし、安眠を誘う聖なる守護を施します。
「これなら、避難してきた方々も、元奴隷や元娼婦の方々も、そして子供たちも、外敵や寒さを恐れずに朝までぐっすり眠れますわ」
レオンは、瞬く間に完成した巨大な「新市街」を見渡しました。
「よし。ミレイユ、住民登録の順番に従って、一人ひとりに部屋を割り振れ。……今日からここが、こいつらが誰にも邪魔されずに眠れる『家』だ」
宴を終えた5,000人の民は、用意された温かいベッドと清潔な毛布に驚き、涙を流しながら、生まれて初めての深い眠りにつこうとしていました。
5,000人が新しい家へと案内され、開拓地に静かな夜が訪れました。
翌朝。
レオンは朝日が昇るのと同時に、広場に集まった民たちの前に立ちました。
昨夜の宴で活力を取り戻した彼らの瞳には、もはや絶望の色はありません。
「……おはよう。よく眠れたか」
レオンの静かな問いかけに、広場を埋め尽くした5,000人が一斉に頷きました。
「今日から、この場所を本当の意味で『僕たちの国』にしていく。昨夜用意した家は、ただの箱だ。これからは君たちの手で、そこを温かな生活の場に変えてほしい」
レオンは、ミレイユがまとめた名簿を手に、具体的な役割を伝えていきました。
「まず、村から来た者たちは農地の開墾と、ここでの大規模な醸造所の設立を頼む。王都へ卸すための酒ではなく、この場所で全員が笑って飲むための酒だ」
「おう! 任せてくださいよ、レオン様!」
村人たちが威勢よく応えます。
「元奴隷や元娼婦だった者たち。君たちは、自分のやりたいことを選んでいい。物造りが得意な者は工房へ、読み書きや計算を学びたい者は、ミレイユやシオンが作る学び舎へ。君たちの手は、誰かに奪われるためのものではなく、何かを創り出すためにある」
その言葉に、多くの女性や男性たちが目元を拭い、力強く頷きました。
「そして子供たち。君たちの仕事は『学ぶこと』と『遊ぶこと』だ。アランとブライトが、体を守るための術も教えてくれる。何でも吸収して、新しい国の未来になってくれ」
指示を終えると、ミレイユがテキパキと各班への割り振りを開始しました。バルクとバルトは、昨日作った建物のさらなる補強と、生活用水を引くための水路建設に取り掛かります。
「……レオン。順調ね。みんな、昨夜の宴であなたの言葉を聞いて、本当に救われたみたい」
エルザが、作業を開始した民たちの活気を見つめながら、穏やかに言いました。
「ああ。……ここからは、守るだけじゃない。みんなで『造り出す』段階だ」
レオンは、動き出した5,000人の営みを眺め、自らも土を耕すための道具を手にしました。
レオンは、ミレイユから手渡された報告書を眺め、その数字に苦い顔をしました。
「……王都の救出した民が合計で4,218名か。国の心臓部と言われる場所にしては、あまりにも少なすぎるな」
ミレイユは淡々と、しかしその声には怒りが混じっていました。
『論理的に見て、すでに国としての機能は破綻していましたわ。王族や貴族たちが私欲のために「不純物」として民を切り捨て、奴隷として売り払い、あるいは劣悪な環境で使い潰してきた結果です。今残っているのは、彼らが搾取しきれなかった、あるいは放置されていた方々だけですわ』
「国を支えるはずの基盤を自ら削り取っていたわけか。愚かにもほどがある」
レオンは、広場に集まった5,000人(王都からの民と村の住民たち)を見渡しました。
一国を名乗るには、この人数はあまりにも心もとない。しかし、ここには「絶望」を脱した強い意志を持つ者たちが揃っています。
「アラン、ブライト。周辺の村々や、虐政から逃げ出した民が潜んでいる場所をサーチしろ。王都が捨てた『資源』は、まだ各地に散らばっているはずだ」
「がっはっは! 了解だレオン! 腐った王都を見限った連中を、片っ端から拾い上げて連れてきてやるぜ。この活気を見れば、どいつもこいつも喜んで移住してくるだろ!」
アランが胸を叩き、ブライトも静かに頷きました。
「……人口こそが国の最大の資本だ。一人の漏れもなく、この安全な地へ誘い込む」
レオンはミレイユに向き直りました。
「ミレイユ、今の5,000人を核にして、まずは完璧な自治モデルを造れ。食料、住居、そして安全。これが保証されていると分かれば、人は自然と集まってくる。4,200人しか守れなかった王都の無能さを、僕たちが証明してやるんだ」
『了解しましたわ、レオンさん。周辺地域からの流入を含め、数ヶ月以内に人口を数倍に膨らませる長期的な拡張計画を策定しますわね』
レオンの目は、目の前の数千人ではなく、その先に集まるであろう数万、数十万の民と、彼らが築く巨大な新国家の姿を捉えていました。
レオンは、完成したばかりの巨大な倉庫群を背に、ミレイユへ指示を出しました。
「ミレイユ、居住区の割り振りが終わった者から順に、適性を見て仕事を割り振っていくぞ。特に商売の経験がある者には、即戦力として動いてもらう」
『了解しましたわ、レオンさん。論理的に見て、配給制だけでは経済が回りませんものね。民の意欲を削がないためにも、早急に市場を形成すべきですわ』
ミレイユは手元の端末を素早く操作し、5,000人の背景データを瞬時にソートしました。
「特にパン屋と肉屋だ。この二つは食生活の基盤になる。村から届いた大量の小麦と、倉庫に眠っている最高級の肉を解放しろ。今すぐ店を構えさせ、開店させるんだ」
『承知いたしましたわ。王都のギルドで腕を振るっていた職人たちが数名、救出名簿に含まれています。彼らに店舗用の区画と資材を提供し、本日中に焼き立てのパンと切り分けられた肉が並ぶよう手配しますわね』
レオンの言葉を受けて、バルクとバルトが広場に面した一等地に、石造りの店舗兼住宅を次々と組み上げていきました。
「……セレス、パン屋の窯に安定した熱源を。……エルザ、肉屋の解体台とナイフの管理を。職人たちが最高の仕事ができる環境を整えてやれ」
「了解。……パン窯の温度を、発酵と焼成に最適な状態で固定。……煙突の排気効率も計算済み」
セレスが指を動かすと、新しい窯に魔法の火が灯り、香ばしい小麦の香りが広場に漂い始めました。
「肉屋の道具も完璧に研いでおいたわ。あの大規模倉庫から運ばれる鮮度抜群の肉を、一番美味しい状態で提供できるようにね」
エルザが鋭く磨き上げられたナイフを店主に手渡すと、元職人だった民たちが震える手でそれを受け取りました。
「……レオン様、本当にいいんですか? こんな立派な店を、俺たちみたいな者に……」
「ああ。代わりと言ってはなんだが、この街の連中の胃袋を満足させてやってくれ。……代金は当面の間、ミレイユが発行する地域通貨でやり取りさせる。誰もが不自由なく買い物を楽しめるようにしろ」
開店準備が進む中、パンの焼ける匂いと肉を捌く活気が、開拓地を一気に「街」へと変えていきました。
レオンは、慣れない手つきでクワを持ち、困惑した表情で畑に立っている民たちの様子を静かに見守っていました。王都という都会で、サービス業や手仕事に従事してきた彼らにとって、慣れない農作業は想像以上に過酷なものです。
「ミレイユ、やはり無理強いは良くないな。農業がどうしても性に合わない者、体がついていかない者をリストアップしてくれ。僕が一人ずつ話を聞く」
『了解しましたわ、レオンさん。論理的に見て、適性のない作業を続けさせるのは生産性の低下を招くだけですものね。現在、150名ほどが面談を希望していますわ』
レオンは広場に設営した仮設の執務室で、一人ひとりの過去の経験や、隠れた特技を聞き取っていきました。
「……次は君か。座ってくれ。農業が合わないと感じている理由は?」
目の前に座ったのは、王都の時計技師だった初老の男性でした。「農作業をすると、大事な指先が震えてしまって……。もう、昔のように精密な道具に触れることはできないのでしょうか」
「いや、むしろ君のような技術こそ、この国には必要だ。巨大倉庫の温度管理をする計器のメンテナンスや、街の時計の調整を頼みたい。君の指先は、土を掘るためではなく、この国の正確な時を刻むためにあるんだ」
次に座ったのは、王都の高級商店で働いていた女性でした。「頑張ろうとしたのですが、どうしても土の感触に馴染めず、体調を崩してしまって……」
「気にするな。君には接客や商品の管理能力がある。ヴァレリアが持ち帰る貿易品を扱う専門店の運営を任せたい。君の細やかな気遣いは、そこでこそ輝くはずだ」
レオンは一人ひとりに向き合い、彼らが「自分は役に立っている」と実感できる居場所を提示していきました。
「……シオン、エルザ。彼らの中には教育に関心がある者も多い。学校のスタッフとして、彼らを適材適所で配置してやってくれ。セレス、君は彼らが活動しやすいよう、魔導によるインフラの安定供給に専念してくれ」
「了解。……魔力供給の最適化。……一瞬の停滞も許さず、街全体に魔導の灯を届ける」
面接を終える頃には、彼らの表情から悲壮感が消え、新しい役割への意欲が芽生え始めていました。
「よし。これで農業、商業、技術、教育の区分けが明確になった。ミレイユ、それぞれの班に合わせた資材供給の優先順位を再構築してくれ」




