第10章:家族の絆と亜人の救出
レオンは、面談希望者の列の中に、身なりの整った数名の男女が固まって座っているのを見つけました。彼らは他の民とは異なり、どこか居心地が悪そうに、それでいてプライドを捨てきれない複雑な表情を浮かべていました。
「ミレイユ、あそこにいるのは元王都の役人たちか?」
『ええ、レオンさん。論理的に見て、彼らは王都の崩壊直前まで事務処理や税収管理、都市計画に携わっていた実務家たちですわね。腐敗した上層部に愛想を尽かして逃げ遅れた者や、最後まで記録を守ろうとしていた者たちのようですわ』
レオンは彼らを執務室に呼び入れ、真正面に座らせました。
「君たちは、農業や商売の経験はないな。だが、王都という巨大な組織を動かしていた『知識』と『経験』がある。……この国で、その力を使う気はあるか?」
年長の元役人が、震える声で答えました。
「レオン様……私たちは、あの腐りきった王都の仕組みを維持していた加害者でもあります。こんな私たちに、まだ居場所があるのでしょうか」
「過去の組織が腐っていたことと、君たちの事務能力は別問題だ。この国には今、5,000人の民がいる。これからはさらに増えるだろう。……物資の正確な分配、戸籍の管理、そして僕やミレイユが立案する計画を現場の隅々まで行き渡らせる実務部隊が必要なんだ」
レオンはミレイユを彼らに紹介しました。
「ミレイユ、彼らを君の直属の部下として採用しろ。君の演算を、人間の手足となって実行させる実務官だ。……君たち、まずはこの街の正確な人口調査と、救出した亜人たちの言語・文化データの整理を頼みたい」
『了解しましたわ。私の論理を理解し、一の指示で十をこなせる人材なら歓迎いたしますわ。……さあ、あなた方。私の管理システムと同期していただきますわよ。まずはこの膨大な食糧倉庫の在庫管理表の作成から始めましょうか』
元役人たちは、自分たちの「知識」がこの新しい国で必要とされていることを知り、目に力強い光を宿して深く頭を下げました。
「よし。これで行政の基礎も固まった。……ミレイユ、彼らを使って、亜人救出後の『多種族共生法』の草案をまとめさせろ。差別を排除し、全員が平等に働けるルールを、今のうちに構築するんだ」
レオンは、膨大な書類と端末の山に向き合うミレイユの背中に、少し申し訳なさそうな声をかけました。
「ミレイユ、悪いな。本来は魔道具技師として腕を振るいたいだろうに、行政の仕組み作りなんて専門外の仕事まで押しつけてしまって」
ミレイユは操作していた端末から顔を上げ、眼鏡を指で押し上げると、ふっと柔らかく微笑みました。
『……あら、レオンさん。謝る必要なんてありませんわ。論理的に見て、魔道具の開発も行政のシステム構築も、「複雑な事象を整理し、最適解を導き出す」という点では同じことですもの。私の演算リソースをこの国の基盤作りに使えるのは、技術者としても非常に興味深い経験ですわ』
彼女は横に控えている元役人たちに視線を送り、手元の資料をまとめました。
『それに、彼らのような「実務の専門家」が加わったことで、私の負担も劇的に軽減されましたわ。私は論理の骨組みを作り、彼らが血肉を通わせる……。この効率的な連携こそ、魔道具の回路設計に似た美しさがありますのよ』
レオンは彼女の言葉に少し安心したように、隣に座って肩の力を抜きました。
「そう言ってもらえると助かる。でも、落ち着いたら必ず、君が心ゆくまで新しい魔道具の研究に没頭できる専用の工房を造るよ。それは僕の最優先事項だ」
『……! ま、まあ、そこまで仰るなら、楽しみに待っておりますわ。レオンさんが造ってくださる工房なら、きっと私の想像を超える素晴らしい場所になるのでしょうね……』
ミレイユは少し照れくさそうに視線を端末に戻しましたが、そのタイピングの音は先ほどよりも軽やかで、どこか嬉しげに響いていました。
「よし。ミレイユが土台を固めてくれている間に、僕はバルクたちと、これから来る亜人たちが驚くような、最高精度の工房と住居の設計を詰めてくる。行政の細かい詰めは、その優秀な部下たちと一緒に頼むよ」
レオンが気遣う言葉をかけ、将来の工房まで約束した瞬間、ミレイユの「論理的で冷静な技師」という外壁は完全に崩壊しました。
『……っ、レオンさん……!』
ミレイユは端末を抱きしめたまま、顔を真っ赤にして固まりました。心臓の鼓動が耳元まで響き、頭の中の演算ユニットが今まで経験したことのない異常な熱を発し始めます。
「ミレイユ? どうかしたか、顔が赤いぞ。……やっぱり無理をさせすぎて熱でも……」
レオンが心配して、無防備にその額へ手を伸ばそうとしました。
『ひゃ、ひゃわわわわ!! 近いですわ! 至近距離すぎますわ、レオンさん!!』
ミレイユは椅子を派手にひっくり返して飛び退きました。眼鏡は曇り、視線は右往左往し、指先は宙を舞っています。
『な、何が「悪いな」ですの……! そんな、不意打ちで技術者の魂を揺さぶるような……いえ、乙女の演算回路をショートさせるような優しさを投下するなんて……! 卑怯ですわ! 論理的ではありませんわ!!』
あまりの狼狽ぶりに、隣で仕事をしていた元役人たちが「お、落ち着いてくださいミレイユ様……」「システムがダウンしてしまいます!」と慌てて駆け寄ります。
ミレイユは真っ赤な顔を両手で覆い、指の隙間からレオンを上目遣いでじっと見つめました。
『……工房、楽しみにしておりますわ。ですが、その……それだけではなく、これからもこうして、たまには私の様子を見に来てくださると……私の仕事効率が、通常の300%は向上すると……推測されますの……!』
最後の方は消え入るような声でしたが、その瞳には熱い想いが溢れんばかりに溜まっていました。
レオンは、あまりの熱量にたじろぎつつも、「ああ、もちろんだ。毎日でも顔を出すよ」と苦笑いしながら答えました。
『ま、毎日……っ!? ぐ、ぐふっ……。……役人の皆さん、指示を……継続……しますわ……。私は……幸せな……過負荷ですわ……』
ミレイユはフラフラと椅子に戻り、天を仰ぎながらも、その口元には隠しきれない幸せな微笑みが浮かんでいました。
ミレイユの様子を微笑ましく見ていたレオンでしたが、その背後に立つセレスの視線が、普段の冷静さからは想像もつかないほど熱を帯びていることに気づきました。
セレスは、魔力を編む指先をわずかに震わせ、顔を伏せながらレオンの服の裾をそっと掴みました。
「……レオン。私にも、その……気遣いは、必要。……ミレイユだけじゃ、不公平」
彼女の脳裏には、出会ったばかりの頃の記憶が、消したくても消えない「黒歴史」として鮮明に蘇っていました。当時は魔法の大家を自負し、レオンに対して「魔法とはこういうものよ」と上から目線で講釈を垂れていた自分。しかし、今やレオンの底知れない実力と、国を背負う器、そして自分たちへの細やかな優しさを目の当たりにし、当時の尊大な態度がトラウマとなって彼女の胸を締め付けていたのです。
「あの時の私は……どうかしていた。……あんなに偉そうに接した私を、あなたは今も隣に置いてくれている……。……それが、どれほど……嬉しいか……」
セレスの頬は夕焼けのように赤く染まり、瞳には今にも零れ落ちそうなほどの愛情と後悔が入り混じっています。かつての「師匠気取り」はどこへやら、今の彼女はレオンの一言一言に一喜一憂する、一人の恋する乙女として再沸騰していました。
「セレス、そんな昔のことを気にしてたのか? あの時の君の言葉があったから、今の僕があるんだ。感謝こそすれ、恨んでなんていないよ」
レオンが優しく微笑み、彼女の頭に軽く手を置くと、セレスの思考回路は完全にホワイトアウトしました。
「……っ! ……あ……。……レオン……。……もう、離れない。……過去の分も、全部……返していく。……だから、ずっと、私を見ていて……」
ミレイユが「レオンさん! セレスさんだけずるいですわ!」と割って入り、赤面した二人の乙女による、レオンを巡る静かで激しい「お世話焼き競争」が勃発しました。
アランがその光景を見て、腹を抱えて笑います。
「がっはっは! レオン、あんたの『優しさ』は魔王の広域魔法よりタチが悪いぜ! 乙女たちが全員、戦意喪失どころか、あんた一人を狙って暴走し始めてやがる!」
レオンは、幸せな悲鳴を上げたくなるようなこの状況に、苦笑いしながらも、彼女たちの想いをしっかりと受け止めるのでした。
執務室の熱気は、ミレイユとセレスだけに留まりませんでした。
部屋の隅で高級な羊皮紙の契約書を検分していたはずのヴァレリアが、突然「くっ……!」と短く声を漏らし、羽ペンを握ったまま机に突っ伏しました。その端正な顔立ちは耳の付け根まで真っ赤に染まり、商談の席で見せる冷徹な面影はどこにもありません。
(……ありえないわ。この私、大陸中に名を馳せる大商会のオーナーたる私が、よりによって8歳も年下の男に……!)
彼女の脳裏には、先ほどレオンが自分に向けた「無理をするなよ、頼りにしているから」という言葉と、少しだけ細められた優しい眼差しが、まるで焼き付いたように離れません。
(大体、あんな無防備な顔で「頼りにしている」なんて……! それは契約違反よ、独占禁止法に抵触するわ……! 私の計算高い頭の中が、レオン、レオン、レオン……! 全部彼のことだけで埋め尽くされていくじゃない……!)
まさに「恋する乙女バースト」状態。
これまで利益と損失、国家間のパワーバランスだけを天秤にかけてきた彼女の秤が、今はレオンという存在一人に、完全に振り切れていました。
「ヴァレリア? 具合でも悪いのか? 顔が真っ赤だぞ」
レオンが心配して声をかけると、ヴァレリアは弾かれたように顔を上げ、激しく狼狽しました。
「な、何でもないわよ! 貿易の……そう、輸出入の関税計算が、あまりにも刺激的だっただけだわ! 変な顔で見ないでちょうだい!」
「がっはっは! 刺激的な関税計算なんて聞いたことねえぞ!」
アランがさらに追い打ちをかけ、ヴァレリアは「うるさい、黙りなさいアラン!」と叫びながら、真っ赤な顔で書類を顔の前に掲げました。
ミレイユ、セレス、そしてヴァレリア。
かつてはそれぞれの分野で最強の名をほしいままにした女性たちが、レオンの無自覚な優しさを前に、揃いも揃って恋の暴走状態に陥っていました。
レオンは、三人の乙女から放たれる凄まじい熱量に挟まれ、頬を掻きながら困ったように笑いました。
「……みんな、熱心に仕事をしてくれるのは嬉しいが、あまり根を詰めないでくれよ。僕もできる限りのフォローはするから」
その「フォロー」という言葉が、さらに彼女たちの恋心に燃料を注ぐことになるとは、今のレオンにはまだ知る由もありません。
執務室の空気は、もはや通常の「熱気」という言葉では形容できないほどに高まっていました。
ミレイユ、セレス、ヴァレリアの三人がそれぞれの「恋する乙女バースト」に悶絶する中、愛剣を磨いていたエルザまでもが、ついにその限界を迎えました。彼女は剣身に映る自分の顔を見つめ、深い自責の念と、それ以上に熱い想いに身を焦がしていたのです。
(……私は、あんな腐りきった王国騎士団に身を置き、恥ずかしげもなく王族どもに忠誠を誓っていた。レオンが救おうとしていた民を、間接的にでも苦しめていた組織の盾だったなんて)
彼女にとって、かつての「騎士道」は今や消し去りたい汚点。レオンという真の王にふさわしい男を知ってしまった今、過去の自分が恥ずかしくてたまらず、同時に強い不安が彼女の冷静な判断力を奪っていました。
(もしレオンが、過去の私を蔑んだら……? いや、彼はそんな人じゃない。でも、7歳も年下の彼に対して、こんな後ろ暗い過去を持つ私が隣に立つ資格なんて……!)
「エルザ? 剣の手入れもいいが、そんなに強く握ったら柄が傷んでしまうぞ。……何か悩みでもあるのか?」
レオンが背後から優しく声をかけ、そっとその肩に手を置きました。その瞬間、エルザの「恋する乙女バースト」もまた、臨界点を突破しました。
「っ! レ、レオン……! 私、私は……!」
エルザは弾かれたように立ち上がり、真っ赤な顔でレオンを見つめました。瞳には涙が浮かび、剣士としての威厳はどこへやら、捨てられた子犬のような、それでいて烈火のような情熱を宿した表情を浮かべています。
「嫌わないで……! 過去の私がどれほど愚かだったとしても、今の私は、私のすべては、あなたの剣として、あなたの……あなたの望むままに……!」
「嫌うなんて、そんなこと微塵も考えたことはないよ。君がいてくれるから、僕は安心して前を向けるんだ」
レオンが微笑みながら放ったその決定的な一言が、エルザの胸の奥で爆発しました。彼女は崩れ落ちるように膝をつき、レオンの腰にしがみついて顔を埋めました。
「ああ……レオン……! あなたという人は……! もう、どこへも行かせないわ……。あなたが私の新しい『忠誠』のすべてよ……!」
ミレイユ、セレス、ヴァレリア、そしてエルザ。
それぞれがかつての立場やプライドを投げ打ち、レオンという巨大な引力に引き寄せられて、収拾のつかない恋の嵐が執務室を支配しました。
「がっはっは! こりゃあひでえ! 騎士団の誇りも大商会のプライドも、レオンの優しさ一発で粉々じゃねえか!」
アランが腹を抱えて笑い飛ばします。
一方でブライトは、愛剣の柄を叩き、騒がしい室内を一瞥して短く切り捨てました。
「……無駄だ。……レオン、この状況は効率を著しく下げる。……場所を変えるぞ」
ブライトは、恋に狂う女性陣には目もくれず、ただレオンの安全と効率のみを考えて出口を指し示しました。
執務室の混乱は、ついに聖女と謳われたシオンをも飲み込みました。
彼女は祈るように組んだ手を激しく震わせ、蒼白な顔で立ち尽くしていました。ミレイユたちが熱烈な想いをぶつける傍らで、シオンの心は過去の罪悪感と自己嫌悪に押しつぶされそうになっていたのです。
(……私は、あの腐敗した王国騎士団に籍を置き、さらには身内があのおぞましい宗教に手を染めていた。何より、この身に宿る力は慈愛の光などではなく、忌まわしき死を操る死霊魔術師……)
かつての彼女は、その圧倒的な魔法の才と美貌を武器に、自信に満ち溢れていました。周囲に光を振り撒き、自分が世界の中心にいるかのように振る舞っていた。けれど、レオンという真の光に触れた今、自分の内側にある「闇」が恥ずかしくてたまらない。
(レオン様に愛される要素なんて、私には一つもない。……こんな汚れた女が、7つも年下の、あんなに清らかな彼を想うなんて……!)
まさに「恋する乙女バースト」の絶望。自信家だった彼女が、一転して恋に憔悴し、狂おしいほどの情念に身を焼かれていました。
「シオン? 顔色が悪いぞ。……まさか、自分の魔力の属性をまだ気にしているのか?」
レオンが歩み寄り、シオンの震える手を優しく包み込みました。その温もりが、彼女の絶望を強引に希望へと塗り替えていきます。
「っ……レオン様! 私の手に触れては……! 私は、あなたにふさわしくない……」
「そんなことはない。死霊魔術だろうと何だろうと、君がその力でどれだけの命を救おうとしているか、僕は知っている。君の美しさは、過去や魔法の属性なんかで損なわれるものじゃないんだ」
レオンの真っ直ぐな瞳に見つめられ、シオンの心の中でダムが決壊しました。彼女はレオンの手にしがみつき、人目も憚らずその胸に顔を埋めて泣き崩れました。
「ああ……あああ……! レオン様……! 卑怯ですわ……そんな風に私を肯定してくださるなんて……! 私のすべてを、あなたに……! もう、あなたなしでは……!」
ミレイユ、セレス、ヴァレリア、エルザ、そしてシオン。
大陸にその名を轟かせた五人の最強の女性たちが、いまや全員レオンへの愛に狂い、執務室は収拾不能な愛の渦へと沈んでいきました。
アランがその光景を見て、豪快に笑い飛ばします。
「がっはっは! 全滅じゃねえか! レオン、あんた一人でこの五人を相手にするなんて、魔王軍を殲滅するより難易度が高いぜ!」
一方でブライトは、騒がしい室内を静かに一瞥すると、主君であるレオンの横へ音もなく並びました。その瞳には忠義の光が宿り、混乱する場を冷静に収めようとする意志が感じられます。
「……レオン。……今は、彼女たちの心に寄り添うことが最優先だ。……遠征の準備は俺が整えておく。……お前は、ここで彼女たちを支えろ」
ブライトは静かに一礼すると、熱狂の渦から少し距離を置き、主君が対話に専念できるよう守護の構えを取りました。
レオンは、自分にしがみつくシオンの背中を優しくさすり、同時に視線でミレイユ、セレス、ヴァレリア、そしてエルザを包み込みました。五人それぞれが抱える過去の傷、年齢への焦り、そして自分への過剰なまでの想い。そのすべてが、この狭い執務室で渦を巻いています。
「……みんな、聞いてくれ」
レオンの静かな、けれど通る声に、泣きじゃくっていたシオンが顔を上げ、他の四人も食い入るように彼を見つめました。
「君たちが自分の過去や力をどう思っていようと、僕にとっては関係ない。僕が今ここに立っていられるのは、君たちがそれぞれの力で僕を支えてくれたからだ。……年齢も、過去の所属も、魔力の属性も、この国を造る上では何の障害にもならない。僕が信じているのは、今、目の前にいる君たち自身なんだ」
レオンは一人ひとりの瞳を真っ直ぐに見据えました。
「だから、自分を卑下するのはもうやめてくれ。君たちは僕にとって、かけがえのない、この世界の誰よりも大切な仲間なんだ。……いや、仲間以上の存在だと、僕は思っている」
その言葉は、乙女たちの心に最後の一撃として突き刺さりました。
『仲間以上……!』
五人の脳内では「仲間以上=婚約者候補?」「それとも生涯の伴侶?」という演算が火花を散らし、執務室の温度はさらなる臨界点を突破。もはや言葉にならない吐息と熱視線がレオンに集中します。
「がっはっは! 言っちまったなレオン! それはもう、五人全員を嫁にもらうって宣言してるようなもんだぜ!」
アランがさらに油を注ぎ、女性陣の頬はもはや林檎どころか、爆発寸前の火山の如く赤く染まりました。
そんな中、ブライトが静かに一歩前に出ました。彼は熱狂する女性たちを冷たくあしらうのではなく、主君の言葉がもたらした結束を、即座に実利へと結びつけます。
「……レオン。……彼女たちの士気は、これ以上ないほどに高まった。……今なら、どんな困難な任務も完遂できるだろう。……亜人救出のルート、最終確認を。……俺が先導する」
ブライトは主君への敬意を込めて短く告げると、扉を広げ、視察への準備が万全であることを示しました。
「ああ。……みんな、行こう。僕たちが救うべき亜人たちは、今この瞬間も苦しんでいる。……彼らに、この国という『居場所』を届けるんだ」
レオンが立ち上がると、五人の乙女たちもまた、恋の熱情を「戦う意志」へと昇華させ、毅然とした表情で立ち上がりました。
レオンが女性陣の熱い想いに向き合っていたその時、執務室の扉が静かに開きました。
入ってきたのは、昨夜保護された民の中にいた、15歳の二人の少女でした。一人は、王都の商家の娘だったという、落ち着いた雰囲気の少女。もう一人は、元は騎士の家系に連なるという、凛とした眼差しを持つ少女。二人は、自分たちの未来を切り拓いてくれた恩人たちへ、感謝を伝えるために現れたのです。
落ち着いた雰囲気の少女は、豪快なアランの前で足を止めました。
「アラン様。……昨夜、怯えていた私にあなたが掛けてくれた言葉、一生忘れません。これは、私が大切に持っていた幸運の石です。どうか、あなたの武運を祈らせてください」
「……お、おう。お嬢ちゃん、わざわざそんなもんを……」
アランは巨大な拳を握りしめ、少女から手渡された小さな石を、まるで国宝でも扱うかのように慎重に受け取りました。その強面は赤く染まり、瞳には今までにない「守護」への熱い決意が宿りました。
「……ああ、預かっておくぜ。この石に誓って、お前が安心して笑える街を、俺が造り上げてやる!」
一方、凛とした眼差しの少女は、静かに控えるブライトの前へ進み出ました。
「ブライト様。……あなたの冷徹なまでの判断が、私たちをあの地獄から救い出しました。……これは私の家に伝わる、魔除けの組紐です。あなたの剣に、さらなる冴えがありますよう」
ブライトは無言で、少女が差し出した組紐を見つめました。効率と実利のみを追求してきた彼の瞳が、少女の真摯な祈りに触れ、激しく揺れ動きます。
「…………。……効率ではない。……俺が剣を振るう理由に、今、新たな定義が加わった」
ブライトは組紐を大切に懐へしまい、少女に向けて、騎士としての最高敬礼を捧げました。
「……約束しよう。……お前の祈りを汚す者は、俺が一人残らず排除する」
二人の英雄は、それぞれが出会った少女たちの純粋な想いによって、一瞬で「守護の鬼」へと覚醒しました。もはやそこにあるのは軽薄な笑いではなく、一人の人間として、その未来を背負うという重い覚悟でした。
レオンは、最強の二人がそれぞれの守るべき対象を見出し、かつてないほど鋭い、しかし温かな闘志を宿した姿を見て、静かに頷きました。
「アラン、ブライト。……僕たちがこれから救いに行く亜人たちにも、守るべき大切な人がいるはずだ。……全員で、彼らの未来を奪還しに行こう」
「がっはっは! 当たり前だレオン! 俺のこの腕は、そのためにあるんだぜ!」
「……了解した。……最短ルートで敵を殲滅し、すべての同胞を救い出す」
五人の恋する乙女、そして新たな誓いを立てた二人の戦士。レオン率いる最強の軍団は、愛と忠誠を胸に、亜人たちが囚われる収容所へと進撃を開始しました。
レオンは、アランとブライト、そして恋する熱量を闘志に変えた五人の女性陣を見渡しました。もはやこの部屋に、迷いを持つ者は一人もいません。
「……よし。これより、王都近郊および辺境に点在する『亜人強制収容所』の同時強襲を開始する」
レオンが広げた地図の上には、ミレイユと元役人たちが夜通しで特定した、悪徳奴隷商人と汚職貴族が管理する拠点が赤く光っています。
「アラン、お前は正面から収容所の外壁を粉砕しろ。怯える亜人たちに、一番にその豪快な声を届けてやってくれ。……ブライト、お前は影に潜み、逃走を図る奴隷商人とその私兵を一人残らず無力化しろ。組紐をくれた彼女への誓い、ここで見せてもらうぞ」
「がっはっは! 待ってました! あの石をくれたお嬢ちゃんに、最高の土産話を持って帰ってやるぜ!」
「……了解。……一兵たりとも、逃しはしない」
二人の男がそれぞれの「誓い」を胸に、真っ先に執務室を飛び出しました。
「エルザ、君は救出した亜人たちの護衛と、敵の増援の遮断を。シオン、セレス、君たちは傷ついた彼らの治療と、精神的な恐怖を和らげる聖域の展開を頼む。……ミレイユ、ヴァレリア。君たちは後方から物資の輸送と、救出後の受け入れ態勢を完璧に整えてくれ」
「了解しましたわ、レオンさん! 亜人の方々が驚かないよう、最高級の寝具と食事を用意して待っておりますわね!」
「私の商会の全馬車を動員するわ。レオン、あなたの選んだ人たちは、一人として路頭に迷わせないわよ」
エルザたちはレオンへの想いを、慈悲と破壊の力へと変え、それぞれの配置へと向かいました。
「……バルク、バルト。君たちは僕と共に本陣を叩く。亜人たちが誇りを取り戻せるよう、彼らのための『新しい街』を、救出と同時に完成させるぞ」
レオンはサーチの精度を最大に引き上げ、収容所の深部で鎖に繋がれたエルフ、獣人、そしてドワーフたちの姿を捉えました。彼らの絶望に沈んだ瞳に、レオンの意識が静かに語りかけます。
(……待たせたな。もうすぐ、鎖は断ち切られる。今日から君たちは、家畜でも奴隷でもない。僕たちの国の、対等な『国民』だ)
開拓地の門が開き、砂煙を上げて最強の軍団が突き進みます。巨大な冷凍倉庫に蓄えられた食糧、元役人が整えた受け入れ名簿、そして乙女たちが用意した温かい毛布。すべては、これから救われる者たちのために。
レオン率いる軍団が亜人収容所へと向かう道中、一行は森の境界線付近で、奴隷商人の追っ手から逃れてきた二人の女性亜人と遭遇しました。
一人は、泥にまみれながらも、背負った巨大な鉄床を必死に守ろうとしているドワーフの女性。もう一人は、半透明の羽を傷つけながら、周囲の空間を必死に歪めて追っ手を惑わそうとしているハイエルフの女性でした。
「バルク、バルト。あそこだ。……力を貸してやれ」
レオンの指示が飛ぶより早く、二人の男は動いていました。
「……っ、この『鉄床』さえあれば、また皆の武器を直せるのに……!」
ドワーフの女性が力尽き、追っ手の私兵が剣を振り上げた瞬間、空から巨大な槌が轟音と共に振り下ろされました。
「がっはっは! 嬢ちゃん、その鉄床は大事なもんなんだろ? だったら、そう簡単に手放すんじゃねえ!」
バルクが岩のような体で彼女を庇い、敵の剣を素手で弾き飛ばしました。バルクはそのドワーフ女性が持つ、職人特有の硬く、マメだらけの拳を一目見て、魂が共鳴するのを感じました。
「あんた……その手、いい職人の手だ。気に入ったぜ。俺の背中に隠れてな、この土の塊どもは俺が全部片付けてやる!」
一方、空間魔法で敵を翻弄していたハイエルフの女性も、限界を迎えていました。追っ手の魔導師が放った拘束魔法が彼女に迫ったその時、周囲の空間が不自然に捻じ曲がり、魔法が霧散しました。
「……空間の繋ぎ方が甘い。……君の魔力は、逃げるためではなく、何かを護るためにあるはずだ」
バルトが音もなく彼女の隣に立ち、冷徹な瞳で敵を見据えました。彼は、ハイエルフの女性が必死に維持していた精緻な空間構成の美しさに、無機質だった心がかき乱されるのを覚えました。
「……バルト、と呼べ。……君の描く空間は美しいが、脆い。……俺が補強してやる。……一歩も動くな」
バルクとバルト。
土を愛し、空間を操る二人の巨漢は、それぞれが出会った亜人の女性たちが持つ「技術」と「誇り」に、自分たちの生涯をかけて支えたいという衝撃的な想いを抱きました。
「レオン、悪い! 俺、この嬢ちゃんの腕に見合う最高の工房を造ってやりたくなった! 救出作戦、さらに気合入れていくぜ!」
「……同感だ。……彼女の空間魔法には、俺でも気づかなかった視点がある。……保護し、共に研究する必要がある」
二人の男は、これまで見たこともないような熱い、しかしどこか落ち着いた決意を瞳に宿し、救出した彼女たちを優しく、しかし力強く守りながら、収容所の本陣へと突き進みました。




