第87話 ― 消えない痕跡
ライオネル本社の研究室は、夜になると異様に静かだった。
大型モニターの光だけが、暗い室内を照らしている。
ユウトは、不可解な発光ログを一つずつ追っていた。
首謀者を見つけるため。
これ以上、犠牲者を出さないため。
そして――レゾナを守るため。
レゾナは偶然生まれた技術ではない。
何度も失敗し、何度も設計をやり直し、年単位で積み上げた成果だ。
魔力を持つこの国の人々が、安全に魔導具を扱えるようにするための補助装置。
発売を待っている人間がいる。
それを、横から掠め取るように悪用された。
(許せない)
ユウトは波形を拡大した。
強制固定。
補正アルゴリズムの再構成。
削除されたはずのアクセス痕跡が、わずかに残っている。
研修会が開かれていた時間帯と一致する。
端末位置情報も、同じ区画内だ。
偶然ではない。
線が、一本に繋がる。
「……まだやっとるんか」
背後から声がした。
ユウトは肩を震わせた。
いつ入ってきたのか、気配を感じなかった。
カイが、隣に立ってモニターを覗き込んでいる。
「なんかわかった?」
いつも通りの調子。
「まだ確証はありません」
ユウトは視線を外さず答えた。
「でも、再現は可能です」
カイの眉がわずかに動く。
「ほう」
「補正アルゴリズムを逆位相で崩せば、強制固定は止められる」
カイは小さく笑った。
「そこまで辿り着いたか」
その一言で、ユウトの胸が冷える。
“そこまで”。
共有している前提の言葉。
「削除ログが残っていました」
ユウトはゆっくり言う。
「完全に消せていません」
「証拠になるか?」
穏やかな声。
「なりません」
ユウトは即答した。
法的証拠にはならない。
だが。
視線を横に向ける。
カイは、静かにモニターを見つめている。
焦りはない。
否定もしない。
「壊れた人がいます」
ユウトの声は低かった。
「魔力酔いで、意識が戻らない」
カイは目を伏せる。
「制度に壊された人も、おるやろ」
返しは即座だった。
思想のぶつかり合い。
「だからって」
ユウトは振り向いた。
「強制的に発光を起こしていい理由にはならない」
カイは、ようやく真正面からユウトを見る。
その目に、揺らぎはない。
「可能性を証明しただけや」
「方法があるなら、選べる世界もある」
ユウトの喉が乾く。
確信が、形になる。
もう疑いではない。
「……あなたですか」
室内が静まり返る。
モニターの冷たい光だけが二人を照らしている。
カイは、ゆっくりと微笑んだ。
否定もしない。
肯定もしない。
「証拠は?」
静かな問い。
ユウトは何も言えない。
法的には、まだ何もない。
だが真実は、二人の間にある。
カイは視線を外し、出口へ向かう。
「ようやく、そこまで来たな」
背中越しに言う。
「止められるもんなら、止めてみ」
扉が閉まる。
ユウトは、その場に立ち尽くした。
疑惑は、確信に変わった。
だが戦いは、これからだ。




