表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
義務婚の国で、君を想う  作者: カムロ
第2章 運命を決めるルーレット
96/100

第84話 ― 願いの代償

白い無機質な部屋だった。


 壁も床も天井も、光を反射するほどに整えられている。音は吸い込まれ、空気は冷たく静まり返っていた。


 中央の椅子に、衰弱した女性が座っている。


 視線は虚ろで、焦点が合っていない。まるで抜け殻のようだった。


 フレイは、隣に立つナディアとともに、別室の観察窓越しにその様子を見つめていた。


「……ひどいわね」


 ナディアが小さく呟く。


 フレイは言葉を返せなかった。


 女性の指先が微かに震えている。呼吸は浅く、一定ではない。質問を受けてから返答するまでに、わずかな遅れがある。


 外見だけで分かる。


 典型的な魔力酔いの症状だった。


 魔力を過剰に消費したときに起こる身体反応。だが、普通に生活していればまず発症しない。訓練された魔導士でさえ、ここまでの症状になることは稀だ。


 取り調べ官が淡々と問いかける。


「あなたは、自ら発光を操作したと証言しましたね」


 女性はゆっくりと瞬きをした。


「……はい」


 声はかすれている。


「どのように行ったのですか」


 数秒の沈黙。


「……条件を、揃えれば……できるって」


「誰に言われましたか」


 女性の瞳が揺れた。


「……覚えて、いません」


 フレイは息を呑んだ。


 記憶の空白。


 魔力暴走直前の強制固定による神経負荷。その影響は記憶障害として残ることがある。


「マギボードはあなたのものですね」


「……はい」


「内部基板が差し替えられていました。心当たりは?」


 女性はゆっくり首を横に振る。


「……わかりません……」


 視線が泳ぎ、焦点が合わない。


 フレイの胸が締めつけられる。


(この人は……)


 悪意ではない。


 罪悪感とも違う。


 ただ、疲れきっている。


 取り調べ官の声は変わらない。


「なぜ、発光を操作しようとしたのですか」


 女性の唇が震えた。


 目尻に、わずかな涙が滲む。


「……好きな人と……」


 かすれた声。


「……結ばれたかっただけなんです」


 別室に、沈黙が落ちた。


 ナディアは腕を組み、冷静な表情を崩さない。


「発光操作は重大犯罪よ」


 静かな声だった。


「義務婚制度の根幹を揺るがす行為。意図がどうであれ、法は法」


 フレイは視線を離せない。


 女性は、ただ願っただけだ。


 制度を壊そうとしたわけではない。


 革命を起こしたいわけでもない。


 ただ一人の相手と結ばれたかった。


「彼とは発光したのですか」


 取り調べ官の問いに、女性は首を横に振る。


「……私だけ、でした」


 発光は成立していない。


 共鳴は強制的に引き起こされたが、相手側は正常だった。


 片側だけが壊れた。


 医療担当から報告が入る。


「魔力強制固定の痕跡あり。暴走一歩手前でした。繰り返せば生命に関わる可能性があります」


 ナディアの目が細くなる。


「……やはり」


 技術は確実に使われている。


 しかも危険な形で。


 フレイは窓に映る自分の姿を見た。


 婚活庁の制服。


 秩序を守る側の人間。


(これは、守ることなのか)


 壊れた女性を前にしても、制度は正しいと言い切れるのか。


 取り調べ室では、質問が続く。


 だが女性の声は次第に弱くなり、医療班が介入した。


「これ以上は危険です」


 椅子に崩れ落ちるように、女性は支えられる。


 フレイは拳を握りしめた。


 制度は国を安定させた。


 犯罪率は低い。


 孤独は減った。


 それは事実だ。


 だが。


 願いを持つことは、罪なのか。


「……フレイ」


 ナディアが呼ぶ。


「感情で判断しないで」


 その言葉は責めるものではなかった。


「利用された可能性が高い。黒幕は別にいる」


 フレイは小さく頷く。


 分かっている。


 この女性は、道具にされた。


 だが、その道具になろうとした理由は、あまりにも人間的だった。


 観察窓の向こう。


 担架で運ばれる女性の顔は、穏やかだった。


 願いが叶わなかったことを、まだ理解していないのかもしれない。


 フレイは静かに目を閉じた。


 制度を守る。


 それが自分の仕事だ。


 だが今、胸に残るのは疑問だった。


(これは犯罪なのか)


 それとも――


(ただの願いなのか)


 白い部屋の光が、やけに冷たく感じられた。

読んでいただき、ありがとうございました。

感想やご意見などありましたら、とても励みになります。

続きもお読みいただけたら嬉しいです。

毎日12時に更新しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ