第83話 ― 焼け残った波形
内通者は、研究区画の個室で発見された。
発見したのは清掃担当だった。扉が内側から施錠されたまま、朝になっても反応がなかったという。
ユウトがその報告を受けたとき、胸の奥に嫌な予感が走った。
現場は静まり返っていた。
室内の空気は、わずかに焦げた匂いを帯びている。
魔力残滓――
暴走後に特有の、焼け付くような痕跡。
机の上には分解途中のマギボード。
床に落ちた端末は、発光ログが途中で停止していた。
波形は異常に滑らかだった。
だが、その最終値だけが、唐突に跳ね上がっている。
(……制御を失っている)
ユウトは喉が乾くのを感じた。
右手の指先に軽度の焼損。
防御回路は手動で解除された形跡がある。
事故。
公式にはそう処理されるだろう。
だが――これは違う。
自然発生の暴走ではない。
“安定させようとして、失敗した”痕跡だ。
ユウトは、震える指でログを拡大した。
そこに見覚えのある数式断片が混ざっている。
レゾナの試作段階でボツになった補正アルゴリズム。
魔力揺らぎを抑え込み、共鳴を強制的に固定する設計。
だが、その技術は危険すぎた。
安定しない魔力を無理に整えれば、反動が生じる。
だから廃棄された。
それが――使われている。
(誰が……)
答えはまだ出ない。
だが確信はあった。
これは偶然ではない。
その日の午後。
カイは何事もなかったように出社した。
「体調悪うてな。丸一日寝とったわ」
軽い口調。
厳重注意を受けても、どこか他人事のようだった。
ユウトはその横顔を見た。
昨日、内通者が倒れた時間帯。
カイは連絡がつかなかった。
(……考えすぎだ)
自分に言い聞かせる。
疑うには早すぎる。
証拠はない。
ただの状況証拠だ。
だが胸の奥で、ひとつの思考が形を持ち始める。
――カイかもしれない。
その瞬間、強く否定した。
(違う)
あいつは壊したいわけじゃないと言った。
問いを投げただけだ。
革命家ではない。
そうだと、信じたい。
だが。
その日の夕刻。
新たな発光事例が確認された。
しかも複数。
婚活庁の公式発表前に、ログがライオネル社にも回ってきた。
波形は――同じだった。
異様に整い、安定しすぎている。
そして、最後にわずかな乱れ。
ユウトの背筋が凍る。
さらに追い打ちをかけるように、一人の女性が名乗り出た。
「発光を操作した」と。
取り調べでは、本人のマギボードが使われていた。
だが内部は差し替えられている。
外見では分からない精密な改造。
女性は意識障害を起こしていた。
記憶が途切れている。
典型的な魔力酔い。
強制的に揺らぎを抑え込んだ反動。
ユウトはモニターを見つめたまま動けなかった。
内通者は死んだ。
新たな被害者が出た。
技術は、確実に使われている。
そして。
それを可能にする設計思想を理解している人間は――
(やめろ)
再び思考を止める。
まだ断定はできない。
だが疑念は、もう消えない。
窓の外、王都の夜景が輝いている。
秩序は保たれているように見える。
だがその裏で。
誰かが、確実に一線を越えている。
ユウトは、初めて自覚した。
これは思想の問題ではない。
人が壊れる。
その段階に入ったのだと。
そして。
もしカイが関わっているのなら。
自分は、どちら側に立つのか。
答えはまだ出ない。
だが、時間はもう残されていなかった。
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