第82話 ― 揺らぐ波形
王都ルシオンでの生活にも、地方から集まった技術者たちは慣れ始めていた。
流行の魔導具、最新の商業区画、洗練された街並み。刺激に満ちた都市は、地方出身者にとって眩しく映る。
だがその空気の裏側で、静かに別の動きが始まっていた。
レオンCEOの命令により、研修会は延長された。
表向きの理由は、新製品開発のさらなるアイデア創出。
だがユウトは知っている。
それは建前だ。
本当の目的は――逃がさないため。
地方技術者の中に、内通者がいる可能性がある。
ならば、帰らせるわけにはいかない。
延長は囲い込みでもあり、同時に揺さぶりでもあった。
もし途中で抜ける者がいれば、それ自体が疑いとなる。
歓喜する者と、不安を隠せない者。
会場には微妙な空気が漂っていた。
その最中、ユウトのマギボードが震えた。
レオンからの直通メッセージ。
――レゾナ関連データに不正アクセス痕。
ユウトは息を止める。
添付されたログを開く。
アクセスされたのは、実装直前で凍結された設計データ。
魔力安定化の旧式アルゴリズム。
テスト段階で重大な不具合が見つかり、破棄された方式。
だがユウトは理解する。
(……これだ)
発光ログが“整いすぎていた”理由。
自然発生ではあり得ない安定波形。
旧式アルゴリズムは、揺らぎを削ぎ落とし、強制的に共鳴を固定する構造だった。
意中の相手との発光。
それは“偶然”ではなく、“固定化”だった可能性。
だがその方式は危険だ。
魔力の流れを無理に安定させれば、負荷が一点に集中する。
個人の魔力回路に歪みが生じる。
最悪の場合――暴走。
体調不良、意識障害。
制御不能。
ユウトは背筋に冷たいものを感じた。
これは思想の問題ではない。
技術的に危険だ。
止めなければならない。
そのとき、別の通知が届く。
――内部調査対象、特定。
ユウトは画面を見つめた。
名前。
地方技術者の一人だった。
正直、意外だった。
目立つ人物ではない。
議論にも深くは関与していなかった。
だがアクセス履歴は確かにその端末からだった。
そして数時間後。
報告が入る。
――対象者、自室にて意識不明。
さらに追記。
――魔力過負荷反応、確認。
ユウトは息を呑む。
最悪の事態だった。
魔力暴走。
旧式アルゴリズムの欠陥が、そのまま現実になった。
だが。
(……違う)
違和感があった。
ログを見直す。
アクセス履歴。
時間帯。
不自然に整った接続経路。
踏み台にされた可能性。
内通者は“利用された”だけではないか。
そのとき、もう一つの情報が届く。
――カイ、本日研修会欠席。
理由不明。
ユウトの思考が止まる。
昨日の言葉がよみがえる。
「気づいた時には、もう遅い」
整いすぎた波形。
旧式アルゴリズム。
強制固定。
そして、欠席。
(……まさか)
初めて、その思考が浮かぶ。
カイかもしれない。
だがすぐに首を振る。
証拠はない。
あいつは問いを投げただけだ。
思想と実行は別だ。
そうだろう。
そうであってほしい。
だが。
ログの深部に、もう一つの痕跡を見つける。
アクセスの起点。
研修会用ネットワーク。
そして、ペアリング履歴。
短時間だけ接続された未知の端末。
識別子は匿名化されている。
だがユウトには分かる。
この“間”は。
この“癖”は。
見覚えがある。
静かに、名前が浮かぶ。
(……カイ)
口には出さない。
まだ確証はない。
だが。
内通者の死亡は、終わりではない。
むしろ始まりだ。
誰かが一歩先にいる。
そしてユウトは、ようやく理解する。
自分は追いかける側に立ったのだと。
だが――
まだ、全体は見えていない。
王都の空は、静かに曇り始めていた。
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