第32話:茅葺の影
1/6
——騒ぐ世界
数日が経っても、街の熱は冷めるどころか、ますます燃え上がっていた。
テレビのワイドショーは連日、派手なテロップを画面いっぱいに踊らせる。
《衝撃スクープ! 東雲記念病院の闇》
《人体実験か? 承認前薬投与の真相》
コメンテーターたちは互いの声をかき消すように持論をぶつけ合い、スタジオは騒音の渦に包まれていた。
週刊誌の一面には「承認前治験の闇」と大きく見出しが躍り、黒塗りだらけの内部資料やブレた写真がセンセーショナルに並べられる。
書店やコンビニには山積みの号が飛ぶように売れ、見出しを覗き込む通行人のざわめきが街頭を満たしていた。
SNSは怒りと皮肉の坩堝だった。
タイムラインは赤く燃える炎のように更新され続け、数分ごとに新しい怒号が拡散されていく。
《人をモルモット扱いとか、正気か?》
《官僚と製薬会社の癒着、これ氷山の一角だろ》
《まだ“本当の黒幕”は残ってる気がする》
《署名回してるから拡散して!》
——それはもはや「報道」や「噂」ではなく、社会全体を揺さぶる熱狂そのものとなっていた。
真鍋や榊原の名が世間に出ることはない。
だが、彼らが命を削って集めた証拠は、確かに世論を動かしていた。
⸻
2/6
夕方、東雲記念病院の屋上。
冬の風がビルの縁を越え、鋭く頬を刺していく。
蓮司と朝比奈は並んでベンチに腰を下ろし、遠くの街を黙って見下ろしていた。
朝比奈は足を組み、ライターを擦ってタバコに火をつける。
吐き出された煙が冷たい空に薄く溶けていく。
⸻
3/6
「……公安も今はバタバタだ」
朝比奈が煙を横に流しながら低く言う。
「堂島と笹本、二人まとめて落ちたんだ。あちこちで火消しと根回しに走ってる」
蓮司は短く頷く。
夕陽は傾き、二人の影が長く伸びてベンチの下に沈んでいった。
⸻
4/6
朝比奈がコートの内ポケットから、折り目のついた一枚の紙を取り出す。
何も言わず、蓮司の膝の上に置いた。
紙は冷たく、風に揺れて小さく鳴る。
蓮司は眉を寄せながら視線を落とした。
⸻
5/6
企業調査報告書と書かれたその文書。
しかし最後の一行を読んだ瞬間、蓮司の瞳の奥に残っていた狂炎が、一瞬だけ再び揺らめいた。
——ヴェルジオン製薬を通じ第7病棟を支える隠れた資金源は【茅葺グループ】であることが判明した。
蓮司は紙から視線を上げ、隣の朝比奈を見る。
「……続きがあるってことか」
朝比奈はタバコをくわえたまま、小さく頷いた。
冷たい風が、二人の間を無言のまま吹き抜けていった。
6/6
背後から足音と笑い声が近づいてくる。
振り返ると、サヤとミカが防寒コートの裾を揺らしながら駆けてきた。
「やりましたねー!」
「ほんとにやったー!」
二人は満面の笑顔で朝比奈に飛びつく。
朝比奈は苦笑しながら、両手で二人の頭をわしづかみにし、ガシガシと乱暴に撫でた。
「うわっ、髪ぐちゃぐちゃ!」
「やめてー!」
抗議しながらも、二人の声は笑いに弾んでいた。
その様子を見ていた蓮司が、ぽつりと呟く。
「……お前、本当に女からモテるよな」
朝比奈は片眉を上げて振り向く。
「なんだ、蓮司。羨ましいのか?」
蓮司が肩をすくめると、朝比奈はニヤリと笑い、タバコをくわえたまま軽口を叩いた。
「……未成年に手ぇ出したら、その時は遠慮なく逮捕するけどな」
サヤとミカは顔を見合わせ、「えー!」と笑い声を上げた。
冬の風が、笑い声を乗せて街の方へ運んでいった。
ふと、サヤがポケットからスマホを取り出し、ミカと顔を見合わせる。
「ねえ、見て見て」
画面に浮かんでいたのは、黒地に黄金の眼のシンボル——さとり同盟の紋章だった。
蓮司と朝比奈の表情が一瞬で固まる。
「……お前ら、それ、どこで……?」
サヤとミカは同時ににやりと笑い、声を揃えて答えた。
「秘密だよー!」
無邪気な笑い声が冬空に弾み、街の方へ流れていく。
だがその残響の奥には、知らず知らずのうちに迫る“新たな繋がり”の影が潜んでいた。




