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3-9 約束を果たすために


 俺は再び覚醒した。


 今度は目が覚めたようだ。

 見覚えのある天井。

 天国にしては色気がない。

 てことは生き残ったのか。


 俺が寝てるベッドの脇には目に涙を浮かべているアルクレアがいた。


「トウマくん!よかった!」

「ここは?」

「孤児院だよ。トウマくん、丸一日寝てたんだから……」

「丸一日……」


 体を起こしても特に痛みは走らない。


 だが、身体中包帯だらけなのと、左腕にギプスのようなものがされている。

 傷口は治癒魔法である程度塞いであるようだが、あまり無茶できる状態ではないようだ。


「あの子は、ベルは無事なのか」

「うん。おかげさまで。トウマくんのおかげで」


 アルクレアが俺の手に両手を添えてくる。潤んだ瞳と相成って心拍数が上がる。


 なんだか言葉が紡げなくて、アルクレアと見つめ合っていると扉の方から冷たい声が差し込まれた。


「もうちょっと応援が遅れてたら今頃獣の腹の中よ。悪運が強い男ね」


 扉の方にはフルーツの入ったバスケットをもったマームがいた。


 相変わらず視線と言葉が刺々しい。


「……ま、こうして五体満足でいるところをみると、ギリギリ間に合ったってとこか」

「最初に駆けつけたのはスパイクくんたちで、私はそのすぐ後に着いたんだけど、その時のトウマくんは肉塊にしか見えなくて死んじゃってるのかと思ったよ……。実際その一歩手前の状態だったけど」

「極限状態でよく覚えてねえけど今のこの状態を見れば想像に難くないな」


「そんだけ喋れれば心配ないわね。……ベルを連れ戻してくれたこと、感謝してるわ」


 アルクレアの隣に腰を下ろしたマームはそう言うとそそくさとバケットの中に入っていた果実を一つ剥き出した。


「……妹の方は?俺が駆けつけた時はベルしかいなかったが、あれはどういうことだ」


 俺の問いかけに、アルクレアの表情は分かりやすく沈んだものになる。

 マームは先ほどより目を細めるが、淀みなく果物の皮をナイフで削ぎ落としていく。


 瀕死の俺とベルが救出された後、落ち着いたベルの証言によって妹のリンが未だ攫われたままだと言うことがわかった。

 ハイドラル国に向かったことがほぼ間違いない奴隷商を今はスパイクのパーティが追っているらしい。


「碌でもねえ奴らだな」

「あんな幼い子を囮にするなんて、考えられないよ」

「悪党なんて得てしてそんなもんでしょうよ。……心配だけど、今は待つことしかできないわね」


 そう言ってマームは口を固く結ぶ。


 アルクレアはもちろんマームも攫われたリンが心配で仕方がないのだろう。


「ほら、剥けたわよ」


 皿には一口サイズに切られた果物が並べられている。


「食べさせてくれないのか」

「冗談じゃないわ。自分で食べなさいよ」

「トウマくん、私が食べさせてあげようか?」

「やめときなさいアルクレア。この男のことだから、間違えたふりしてわざと貴方の指まで頬張ろうとするわよ」

「しねえよそんなこと!お前は俺をなんだと思ってんだ!」


 ベルを体を張って助けた功労者になんてことを言うんだ。

 女の子に果物を食べさせてもらうくらいのご褒美はあっていいじゃないか。


「大丈夫よマーム。私の指は美味しくないから」


 なんだか的外れなことを言うアルクレアだが、食べさせてくれる気持ちがあるのは嬉しかった。


「はい、トウマくん。あーん」

「あーん」


 アルクレアは摘んだ果物を俺の口に持ってきてくれた。俺も口を開けそれを受け入れる。

 口の中に果物の甘みが広がる。

 のども渇いていたので水分を多く含む果物はありがたかった。


 なぜか咀嚼している間、俺とアルクレアは見つめ合っていたので気恥ずかしくなり顔を赤らめながらお互いに目を背けた。


「なんなのよあんたたち!ウザったい!」


 なぜかマームが怒号を飛ばして部屋を出て行った。


 俺はといえば、皿に盛ってあるフルーツを一気に口に放り込み、再びベッドに倒れるように横になった。


 咀嚼しながら、何かを考える振りをしてみる。

 本当は何も考えていない。

 考えるようなこともないからだ。


「と、とにかく!トウマくんはゆっくり休んで。まだ体の傷も癒えてないんだから」


 アルクレアは席を立ち、最後に笑顔を向けて部屋を出ようとする。



「なあ、アルクレア」



「どうしたの?」

「俺、ハイドラルに行くよ」



 天井を見上げたままそう告げる。



 この部屋の中だけ、水を打ったように静まり返り、聞こえるのは外からの小鳥の囀りくらいなものだった。


 アルクレアは今、どんな顔をしているだろうか。


「だ、だめだよトウマくん。今回だってたくさん怪我して、まだ治ってもないのに」

「治癒魔法である程度は塞いでくれたろ。痛みも感じないし、まあちっとばかし血が足りねえ気がするが動く分には支障ねえよ」


「……だめだよ……。ハイドラルって治安すごく悪いんだよ?トウマくん、弱っちいしロクなことにならないよ」

「舐めんな。確かに俺は平和な国で育った温室育ちだけどな、命に関わるようなトラブル起こしたりしねえさ」



「ダメだよ!」



 アルクレアは声を荒げる。


 もう外の小鳥のさえずりは聞こえない。


 代わりに、この部屋の中の音なら微細なところまでよく聞こえる。

 今、俺の鼓膜を刺激するのはアルクレアの荒い息遣いだ。


「今回だって死にかけたのに……。まだ怪我も完治してないのにハイドラルに行くなんて言わないでよ!」


 アルクレアは俺に詰め寄る。

 怒りに身を任せているわけではない。

 俺のことが心配なのだろう。

 目からこぼれ落ちていく涙を見れば判る。


 しかし、そんなアルクレアの言葉にどこか不自然な……違和感を覚えるが俺にはその正体を掴めなかった。


 だから、俺はリンを助けに行く理由を言う。


「約束したじゃないか」


 負傷した身体を圧して行く理由を。


「俺は、二人を連れ戻してきてやるって言ったじゃないか。まだベルだけだ。リンも助けなきゃ、約束を果たしたことにならない」


「約束なんて……ッ!確かにトウマくんがいれば早くリンを助けられるかもしれない!でも、スパイクくんたちも動いてくれてるんだよ?今トウマくんが動くこともないじゃない!」


「そうじゃない。そうじゃないんだアルクレア。こいつは俺のわがままさ」


 ベッドから窓辺に立ち、チェストに置かれたタバコに発火機能を持つ魔道具で火をつける。



「できねえんだよ。小さな女の子が今も泣いてるってのにただ寝てるだけなんて。気がすまねえんだよ。約束を果たせないのが」


「もう!この分からず屋!バカ!へっぽこ!」


 そう言ってアルクレアは勢いよく部屋から出て行った。

 いよいよ怒らせてしまったようだ。

 しかし若干言い過ぎな気もするが……。


 まあいいさ。

 とどのつまり、リンを助け出して無傷で戻って来ればいいんだろ。


 仲直りは、それからでいい。


 窓枠に肘をかけ、タバコを吸う。

 少し黄昏ていた俺に文字通り冷水をかけたのは外で作業していたマームだった。


「敷地内は全面禁煙だこのバカ」


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