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3-7 トウマの覚悟


***


 ____ラストアから南の森


 ニライの予想通り、二人の奴隷商はラストアから出てまっすぐこの森に入っていった。


 このまま森を突っ切れば明け方にはハイドラルに着く。

 追っ手に気づかれる前にさっさと攫ってきた子供を売りはらい、まとまった金を手に入れ豪遊する算段だった。


「ちくしょう!なんだこいつらは!」


 そしてこれもまたニライの予想通り

____悪い展開へと発展していた。


 森に入って一時間、日が完全に暮れたあたりで、周りの茂みから赤い目を光らせた猛獣が襲いかかってきた。


 ざっと数えただけで十数頭、囲まれたら一瞬で食い散らかされてしまうだろう。


「ああ、速え!追いつかれるぞ!」


 元々レッサーリザード本来の走力は平坦な道で発揮されるものだ。森の獣道のような悪路では思うように走れず、ジリジリとキウルの群れに距離を詰められていた。


 ベルとリンはそれぞれ男が乗っているレッサーリザードに担がれている。

 二人とも目を覚ましているが、両手両足を縛られているため身動きが取れない。


 リンは目を固く瞑り必至に恐怖を耐えている。ベルは周りの状況を把握する程度の余裕はあるのか後ろから迫ってくるキウルの凶悪な赤眼を認識していた。


 そして、今まで続いていた男達の悪態が突然止んだ。


 お互いのレッサーリザードの距離を縮め、何かを相談しているようだ。時折ベルとリンの二人に目を配らせながら、二人の意見は合致したようだ。


 ベルはとても嫌な予感がした。


「ちっ!もったいねえなあ」


 ベルを乗せていたレッサーリザードに跨る男はナイフを取り出すと、ベルを縛っていた縄を切断した。


「妹のためにせいぜい逃げ回ってくれよな。囮くん」

「はあ!?」


 手足が自由になった次の瞬間、ベルはレッサーリザードの背から地面に落とされていた。


 突然の出来事にまともな受け身が取れず、レッサーリザードがスピードを殺しているとはいえ地面に衝突した時の大きな衝撃がベルの身体を襲った。


「ぐはっ!」


 視界に火花が散る。


 顔を上げると離れていく妹を乗せた二頭のレッサーリザードが見えた。


 起き上がろうとすると全身の至る所に鈍痛が走る。骨折とまでは行かないが、至る所に打撲の痕があるだろう。


 未だ整理が追いつかない思考で鈍痛に耐えながら立ち上がったのは恐怖に脅かされた生存本能がそうさせたのだろう。


 今、ベルの背後には無数の光る赤眼____


 動きを止めたのはなかなか追いつけない二頭のレッサーリザードから、目の前の非力な少年に照準を変えたからなのだろう。


 目の前の獲物に飛びかかるまで、瞬く間もないだろう。

 それを本能的に理解したベルは、当て所もなく走り出した。


「うわああああああああ!!」


 叫んだのは全身の痛みを紛らわせるための鼓舞、流れる涙は後ろから迫る絶望への恐怖からだった。


 定まらない思考の中で、それでも確固としてベルが抱いた意思は逃げるというただ一点だった。

 今のベルは一人の幼い少年として、ただ迫り来る恐怖から逃れることだけを考えていた。


 獣道を全力で駆け抜ける。

 植物がベルの肌を切り、ところどころ出血するがそんなことを気にする余裕もない。

 自分の荒い息遣いと茂みを駆け抜ける音だけが聞こえる。


 後ろからキウルは追ってきているだろうか。

 振り返る勇気はなかった。

 振り返って、目の前に獰猛な赤眼が光っていたら、再び走ることができなくなりそうだから。


 しかし、その逃走も長くは続かなかった。


 ベルの意思に関係なく身体は悲鳴を上げ、足が縺れて転倒してしまう。


「うぐっ!」


 再び立ち上がろうと手を地面につく。


 だがその瞬間、転倒したことで一瞬思考がクリアになり、冷静になったベルは後ろから迫り来る音を鮮明に認識した。


思わず振り返る。


 恐怖が意思を上回ったが故の自然な行動だった。


「あ……あ……」


 そこには無数の赤眼。

 雲の切れ間から覗いた月明かりはその主達を照らす。


 ドーベルマン程の体躯は白い毛で覆われ、口からは目の前の獲物を咀嚼せんと滴る唾液を垂れ流していた。


 一頭がベルに近づく。


 茂みの奥には、まだ多くのキウルが潜んでいるだろう。

 近づいてくる歩調は徐々に早くなり、剥き出しにした牙で少年の息の根を止めようと飛びかかる。


(____もうだめだ……!)


 キュッと目を瞑り、最期の時を受け入れる。

 月夜の照らす森の中で鮮血が舞う。

 熱を帯びた血液が自分の身体を濡らすのが分かる。



 だが、不思議と痛みを感じなかった。



「……?」


 恐る恐る閉じていた目を開いたベルが見たのは首を刎ねられたキウルと自分を庇うように立つ一人の青年だった。


「間に……合ったぁ!」


 その青年は昼間孤児院に来てマームにこき使われていた男だった。


 彼の構える銅の剣もまたキウルの鮮血に濡れ、急いで駆けつけたのか肩で息を整えていた。


「おい、怪我ねえか。って、あちこち傷だらけだな。でもそれくらいなら心配ねえか」

「あ……」


 まだうまく言葉を紡げないベルに、トウマは優しく笑いかける。


「とにかく無事でよかった。……つっても状況は最悪だけどな」


 トウマはポケットからゴルフボールほどの大きさの球を取り出すと、それを剣の柄頭で小突いて上空に放る。


球は最高点まで達するとその瞬間弾け、破裂音と色のある光を放った。

 ちょっとした花火のようなものだ。

 これは森に入る前、緊急時に使用して居場所をみんなに知らせる目的で配布された魔道具だ。


 しかし、この広い森で冒険者は皆散り散りになって捜索しているため、この信号に気づいてすぐに駆けつけてくれたとしてもどれ程時間がかかるかはわからない。


 たまたま近くを捜索してくれている冒険者がいればいいのだが、それまではトウマ一人でキウルの群れからベルを守らなくてはならない。


「おい、こっちだ。離れんなよ」


 ベルを引き連れて、近くの大木に背を預ける位置取りをした。四方八方から責められてはベルを守りきれない可能性が高い。

 大木の根元には子供なら入れるくらいのうろがあり、そこにベルを入れてトウマが立ちふさがる。


 退路を断つことにはなるが、目の前にのみ集中し、応援が来るまで耐えることを選択した。


 幸い、不意打ちで一頭のキウルの首を刎ねたことと先ほどの信号球が他のキウルたちを怯ませるのに功を奏し、難なく移動することができた。

 だが、その時間も一瞬で、キウルたちはトウマに警戒の色を強め、威嚇とも取れる唸りを上げながら近づいてくる。


トウマも再び剣を構え、臨戦態勢を取る。


「に、にいちゃん、大丈夫なの?向こうはすごい数だよ」

「大丈夫だって。任せとけ。その代わり、お前もそこから出てくるんじゃねーぞ?」


 そう言って、余裕な表情をベルに見せてやる。

 少し、ベルは安堵したのか表情を和らげこくりと頷く。


 正直、自信はなかった。

 今眼前に広がるキウルの群れは、少なくとも十頭はいるだろう。

 単体での力は冒険者なら恐れるほどのものでもないが、群れで襲われれば人海戦術よろしくジリ貧で殺されてしまうだろう。


 だが、それでもやらなければならない。


「さあ、いっちょ来いや!」


 身体の震えは武者震いではないだろう。

 無傷で守りきれる自信などなかった。

 だが、それでもやらなければならない。

 無茶だろうと何だろうと。

 後ろの少年を守ることを、アルクレアに約束したのだから。


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