3-6 動く冒険者たち
「あ?なんか外が騒がしいな」
対面でビアーを煽っていたスパイクがそんなことを言う。
言われてみれば、いつもより外が騒がしい気がする。
走り回る音や誰かが支持を飛ばす声が聞こえる。
この平和な街で夜更けに聞こえるのは酒場で騒ぐ酔っ払いの声くらいなものだが、今日は様子が違うようだ。
「ったくなんだってんだ人が気持ちよく飲んでるってのに……」
文句の一つでも言うつもりなのか、スパイクが外へ向かう。
なんとなく気になった俺もそれに続き、他にも野次馬根性を持ち合わせた冒険者たちとともに外に出る。
外で慌ただしく動き回っていたのは、街の治安を守る憲兵だった。
「んだこりゃ、なんか事件か?」
普段は平和すぎて仕事がなく大欠伸をかいている憲兵達がこの夜は珍しく駆けずり回っていた。
面倒ごとには我関せず、ビアーのお代わりを頼もうと屋内に踵を返そうとしたところで、気づいた。
慌ただしく街を駆けずり回る憲兵達の中に、アルクレアの姿があることに。
なぜ?ただ憲兵に紛れて歩いているわけではない。憲兵達になにか懇願めいて声をかけている。
すごく嫌な予感がした。このまま酒場に引き戻ることなんてできるはずがなかった。
「アルクレア」
俺の声に彼女は振り向く。
「トウマくん……!」
彼女は涙ぐんでいた。
今にも涙が瞼の許容量を超え溢れ出しそうだった。
「どうしたんだ一体」
「ベルとリンが……攫われた……」
「はあ!?」
驚愕したのは俺だけでなく、後ろで聞き耳立ててたスパイク含める冒険者一同もだった。
誘拐なんて大事件、このラストアではそうそう起こりえない。
事情を聞くため、アルクレアを酒場に招き入れた。
子どもが攫われたと言う事件は瞬く間に酒場内で共有され、先ほどまでの馬鹿騒ぎは水を打ったように静まり返っていた。
攫われたのは孤児院に住むベルとリンの兄妹。
お使いに出てからなかなか帰って来ず、心配したアルクレアは商店街まで迎えに行ったそうだ。
その道中の路地裏で、リンの髪飾りといくつかの血痕を発見し、事件が発覚したのだそうだ。
「誘拐ってことは身代金目的か?」
「いや、考えづらいな。身代金目的の誘拐なら普通は貴族や金持ちの子供を狙うはずだ」
そう答えたのはスパイクのパーティメンバーのニライだった。スパイクとは対照的に冷静沈着な男だ。
「てこたあ……考えられるのは一つだな」
スパイクは険しい表情で呟く。
他の冒険者達もその言葉の真意に気づき顔をしかめている。
「どういうことだ?」
「人身売買さ。おそらく子供を攫ったのは奴隷商だろう。この街から南にずっと行ったところにハイドラルって国があるんだ」
言いながらスパイクは地図を広げる。
スパイクが指差すのは、ベアタンに襲われた森を隔ててさらに南にあるハイドラルという国だった。
「ハイドラルは裏社会で奴隷売買が盛んでよ。身寄りのない子供や口減らしに売り出された子供が商品として扱われるなんて日常茶飯事なんよ」
「そんな国があんのかよ……じゃあ急いで止めなきゃならねーじゃねえか!もうそいつらはラストアから出てるんじゃねえか!?」
慌てる俺にニライは冷静な口調で地図を指す。
「落ち着け。地図を見てくれ。この街からハイドラルに行くには二つのルートがある。一つは森を迂回して行くルート。このルートは馬車なら三日、レッサーリザードを使えば一日半で着くだろう」
レッサーリザードとは二足歩行する大トカゲだ。
鞍をつけることで人が乗ることができる上、馬車と比べると格段に移動速度が速い。
大きな荷物は運べないが、子供なら背負わせてもその走行性能が著しく損なわれることはないだろう。
「そしてもう一つのルート、森を突っ切って行くルートだ。殆どが獣道だから当然馬車では通行不可能、レッサーリザードなら明け方までにはハイドラルに着くだろう」
ニライは地図を指差しながら奴隷商の動きを予想する。
「おいおい待てよニライ。たしかに森を通れば大幅に時間は短縮できるがよ、あの森、しかもこの時間だぜ」
スパイクが冗談だろと言わんばかりに首を振る。
彼の言いたいこと、それはこのラストアで活動する冒険者なら必ず認識していることであった。
「ああ。十中八九キウルの群れに襲われるだろうな」
キウルとは森に棲む獰猛な獣のことだ。
夜行性であるため昼間は巣に潜り滅多に姿を見せないが、夜になれば多数の群れで獲物を追い詰める。
猟犬のような見た目で赤く光る目は夜の森で出会えば視界が不利なこともあり死の危険がかなり高い。
厄介な相手なため、夜の森には冒険者といえど好んで近づかない。
「だったらよ、やっぱり森って線は薄いんじゃねえか?」
「いや、そうともいえない。元々奴隷商なんてのは街から街へ行き来し、その先で商品を調達して拠点のハイドラルに戻るのを生業にしている屑どもだ。ラストアとハイドラルを隔てる森の事情に詳しくないという可能性は捨てきれない」
スパイクの意見にニライは最もな反論を返す。
「確かにニライの言う通りだ。路地裏に痕跡を残してるところを考えると、犯人は場数を踏んでいない素人だろ。焦りもあって森を突っ切ろうと考えてもおかしくない」
となると、あまり時間はなさそうだ。
奴隷商がキウルの群れに襲われた場合、攫われた兄妹の命も危ない。
「街道は憲兵に任せて、俺は森に入って奴らを追う。スパイク、協力してくれないか」
「あったりめーよ!ガキ攫うなんざ許せねえ!」
スパイクとそのパーティメンバー達も頷く。
「おいおいトウマ、俺も手伝うぜ!」
「俺もだ!俺ァあの孤児院の出だしよ!ここで動かなきゃ男が廃るぜ!」
「私もあの孤児院のためならやるよ!」
あれよあれよと酒場のあちこちから手が上がる。
森はかなり広大な範囲で広がっているので、人数が増えるのはとてもありがたかった。
「みんな、ありがとう……!」
「安心しろ、アルクレア。二人は俺が必ず連れ戻してきてやる!」




