占いも 始めました。
「そろそろ疲れた頃じゃろうから、これからは室内作業じゃ」
もはやお決まりとなった瞬間移動で、クリスマスの飾りで埋め尽くされた部屋に連れて来られた後、ニコラが言った言葉がこれだった。
正直なところ、まだあるのか、と愚痴をこぼすほかなかった。鈴も同じ気持であるようだった。いつもは口数も多く、闊達なのだが、今はというとすっかり無言のまま、パイプ椅子に身を投げ出している。彼女に倣って椅子に深く腰掛け、大きなため息をつく。
六畳ほどのスペースに、細長いテーブルに椅子が二脚づつ、向かい合うようにして並べてある。壁面に這うように張りつけられたイルミネーションが唯一の照明なようで、隣にいる鈴の顔がやっと見えるくらいの明るさしかない。左に顔を向けると、忠実に再現されたトナカイの人形が置いてあり、非常に居心地が悪い。今にも動き出しそうなそれは、不気味で不愉快だった。
これから来る客におまじないをかけて差し上げろ、という趣旨の説明をニコラがした。この小屋らしきものは、横浜でも有名なデートスポットに設置されているそうで、『サンタの恋愛占いハウス』という看板を引っさげて佇んでいるらしい。
素直にはい、そうですか、といえるほどの理解力は持ちあわせていないのだが、彼女はいつもお構いなしだ。言うことだけ言うと、「今いいところなのじゃ」と目を腫らしながら、謎めいた言葉を残して姿を消した。
「なぁんか、ホントに雑用ばっかりだったね~…」鈴が、控えめな声で静寂を破った。
「あぁ、そうだな。明日は筋肉痛で動けそうにないな…」
「私も、明日はどこにも行きたくないかも」
静寂がまた訪れる。点いては消えを繰り返す光をぼんやりと眺めながら、二人揃って机に顎を立てていた。今入ってくる人いたらその人驚くよね、と鈴が笑いながら言うと、可笑しくなって吹き出してしまった。部屋に入ったら、サンタの格好をした男女が、机に張り付いた干物のようになっているのである。自分ならば、入ってきた扉を音もなく閉めて、その場から立ち去るだろう。
「今更だけど、相馬くん、クリスマス・イブは彼女と二人で過ごすって、佐々木くんから聞いてたんだけど大丈夫だったの?」心配してくれている様子で鈴が尋ねてくる。
「いやー…うん、そのー…」
「ニコちゃんに無理やり連れて来られたとか?…そんなことする人じゃないと思ってたんだけどなぁ」
佐々木というのは、幼馴染で大学まで同じになってしまった、これまた英語のクラスが鈴と同じという、いわゆる共通の知り合いというやつだ。
勿論、彼女なんていれば映画なんてしこたま借りてこないわけで、クリスマスの予定をヤツがしつこく訊いてくるものだから、つい見栄を張ってしまったのだ。
そのせいでニコラがあらぬ誤解を受けそうになっていたので、心がちくりと痛む。
「正直に言います。見栄を張りました、ええ」
僕は、罪を吐露した。自分のつまらない嘘によって、ニコラに被害が及ぶことを避けたかった、というのはほぼ建前だった。そんな些細なことは、神様だからどうとでもなるだろう。目の前の彼女、鈴には嘘をついてはいけない、そう感じたというのが本音だった。
「…嘘つき」
悪戯な笑みを浮かべながら、鈴は人差し指で僕の胸を突いた。皮膚をつきぬけて、心臓を直に触られたような心地がした。胸の鼓動が高鳴るのを見抜かれないよう、照れ笑いを顔に浮かべて懸命に誤魔化した。
「こんなところに、ホントに人が来るのかね」
「ニコちゃんが来るって言ってたから、来るんじゃない?」
「そんなもんかぁ」
「そんなもんだよ~」
───おぬしら、言ってるそばから来客じゃ。
頭の中へと、ニコラの声が入ってきた。前方にある扉のノブが、今まさに回されているところだった。僕と鈴は、慌てて身を起こす。
ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは、長身な若い男性だった。男性が後方をみやり、それに遅れるようにして同年代の女性が入ってくる。二人は恋人同士のようなのだが、やり取りもどこかぎこちがなく、余所余所しさを感じさせた。
「へい、らっしゃい!」二人を迎えようと、とりあえず思いついた言葉を発してみる。
───ラーメン屋か、おぬしは。
ニコラのツッコミを聞いて半笑いの鈴が、「どうぞお座りください」と椅子を指して二人に着席を促した。面食らったような表情をしていた二人だったが、鈴の言葉に従って男性が椅子を引いて、女性をまず座らせる。「ありがとう、タカシくん」と女性が言うと、男性は照れくさかったのか、下を向きながら「いえいえ」と返して椅子に腰を置いた。
───話の流れの中で、二人を上手く口車に乗せて、お互いの手を握らせるのじゃ!
なぜか興奮気味に、ニコラが伝えてきた。占いとまったく関係ないじゃないか、と思いつつも面白そうだったのでついつい指示に乗っかってしまう。
目を少し細めながら右をみやると、同じく目を半月にした鈴が、口角をわずかに上げながらこちらを見ていた。目の前にいる二人は、怪しい目配せや、その奥にある企みにも気付かなかったようで、落ち着かない様子で部屋を見渡している。
「それでは、二人の名前を聞いてもいいでしょうか?下の名前だけでも、ニックネームでもいいです」
会話の糸口を作ろうと、随分前に占い師に見てもらった時の記憶を思い出しながら、その言動を真似てみる。
「じゃあ、下の名前で…タカシと」
「アヤコです」
「タカシさんとアヤコさん。お二人は交際を始められてから、まだそんなに経っていませんね?」
「えっ!名前だけでそんなこと分かっちゃうんですか!?」
二人は揃って声をあげた。部屋に入ってきたときの様子を見れば、誰でも分かりそうなことを言っただけなのだが、予想外に驚いてくれたので気分が良くなる。
「お二人の交際が始まることになったきっかけも、バッチリわかっちゃいますよ~♪」
鈴の言葉に驚いたのは、二人だけではなかった。そんなことを言って、万が一にでも外れてしまったらどうするのだ、と気が気ではなかった。
彼女は黒髪を揺らしながら、椅子の横に丸めて立てかけてあった黄ばんだ羊皮紙を広げた。紙の中央に黒い染みが広がり、それが文字らしきものに変わっていく。そして書かれた内容が二人に読まれないように、紙を机に立てながら滔々と読みあげた。
「残業していたアヤコさんに、タカシさんが声をかけたのが最初なんですね~」
二人を見ると、目を丸くしてはお互いに向き合い、顔を赤くして視線を同時に逸らす一連の動作が終わった頃だった。なんとも忙しそうである。反応から察するに、鈴がいったことは一つの誤りもない事実だったようだ。
「えーっと…二人のストーカーさん、ではないですよね?」僕は、念の為に訊ねてみる。
「ち、違うよっ!ここに書いて…いえ、占った結果です!」
苦し紛れの誤魔化しをする鈴。手に持った羊皮紙の上部に、『ニコちゃんのかんにんぐぺーぱー」と丸文字で書いてあったのが見えたので、大体の事情は察することができた。おそらくそれは、知りたい情報が浮き出てくるという代物だろう。誰の持ち物であったかなどは、もはや自明といったところである。
「おっほん。とにかくですね~、お二人のことは大体わかっちゃうんですよ~」
「ちょっと、それ俺にも使わせてよ」鈴にだけ聞こえるよう小声で耳打ちする。
「駄目!ゼッタイ!」小声ながら語気を強めた返事がかえってくる。
「…百円あげるから」
「駄目!ゼッタイ!」
「じゃあ八十円」
「安くなってないかな、それ~?」
目の前で繰り広げられる小声でのやり取りを、さすがに不審に思ったのだろう。二人は、訝しむというよりは、変なものでも見るかのような目線をこちらに向けてくる。鈴のもつ紙に、気もそぞろになりながらも、これ以上怪しまれる素振りはしないよう自分を諌める。ニコラに言われたことを、ここでようやく思い出した。二人に向き直り、表情を険しくしてみせる。
「あなた方の未来も、はっきりと見えました」
顔の前で両の手を組み、二人を交互に見やる。沈黙が部屋を包み、イルミネーションだけが懸命に自己主張を繰り返していた。
「これからのお二人の関係に今、必要なのは…そう、温もりです」
「温もり…ですか?」男性がその言葉に反応する。
「そうです。お互いの体温を、感じるのです」
「相馬くん、なんか新興宗教の教祖様みたいだよ」鈴が小声でこぼす。
「た、体温…ってここで抱き合うんですか!?」女性が紅潮した顔でこちらを見てきた。
「そこまでは言ってませんよ。意外と大胆ですね」僕がそう言うと、女性は照れ隠しなのか白い歯をのぞかせた。「お互いの手を握るのです。さすれば、お二方に幸せが舞い降りるでしょう」
「完全に教祖様入っちゃってるよ~」茶化すような囁きが右耳から聞こえる。
二人は躊躇ってはいたものの、覚悟を決めたかのように出された男性の右手に、下から女性の少し小さな左手が重ねられた。お互いの目を見つめたまま、二人は硬直してしまっていた。
時間の止まってしまった二人の邪魔をするのも憚られたのだが、これ以上は目の毒だと思い始めた時分だったので、ひとまず声をかけることにした。
「占いはこれで終わりですが、そのままでお帰りになっても結構ですよ」
僕は視線を、二人の固く結ばれた手のあたりにうつしながら言う。にやにやと意味ありげに笑う僕と鈴を見ながら、二人も顔をほころばせた。
結局のところ、部屋の扉を開けて姿が見えなくなるまで、結ばれた手が解かれることはなかった。
「やれやれだぜ」
「やれやれだね~」
「いやー、疲れた!」意図せずに本音がでてしまう。
「教祖様出てきちゃったときは、どうしようかと思ったよ~」
「でも、意外とうまくいって良かった。あとは二人が、怪しい宗教に嵌らないことを祈るだけだな」
「祈るのそっちなの…?」
「それなら心配ない」
毛むくじゃらの着ぐるみを着た神様がいつの間にか現れ、会話に入り込んでくる。相も変わらずの神出鬼没ぶりである。
「この空間は細工をしてあってな、人をソノ気にさせてしまうようになっておる」
「元気ですかァァァ!!!」
「猪木になっちゃった」鈴がきちんと突っ込んでくれた。
「…それで。ソノ気って、どんな気ですか」
「簡単に言うと、恋愛行動に走りやすくなる、ということじゃ。おぬしらが促してやるだけで、幸福者は行動に出てしまうんじゃ」
寸劇のような会話でもどうにか事がなせたのは、成程そういう事情があったのか。一つ疑問が片付いたところで、ずっと胸にとどめていた疑問を思い出す。
「さっきの雑用も、今のこれも、幸せを配ってることになるんですかね?」
彼らは幸せになれたのだろうか、と考えてしまったのだ。これまで僕のしたことを思い返してみても、取るに足らないことしかしていないのである。
「幸せというのも、人それぞれじゃからな。おぬしらにしてもらったことは、幸せに直結していたり、もしくは幸せを気づかせるための重要な鍵なんじゃ」
この言葉に、どこか引っかかるものを感じた。
「わ~、神様っぽいよ、ニコちゃん!」
「ほっほっ。神様じゃからのう」ニコラは、口を開けて陽気に笑う。「黙っておったが、おぬしらに頼んだのにもちゃんと意味があるのじゃよ」
薄々、勘づいてはいたのだ。
神様もサンタクロースも信じないと決めていた僕のもとに、ニコラが現れたこと。言われるままに幸福者と色々なことをしてきたが、その度に感じる思いがあったこと。幸せが、人それぞれ違うものだと教えてくれたこと。それら全てが、何かに繋がっているような気がしてならなかった。
最初から全部わかっていたのだろう。神様は、ずるい生き物だ。人間が気づくまで、微笑みながら待っているのだ。神様は、本当にずるい生き物だ。
「さて、そろそろ時間じゃ。鈴の部屋に戻るぞ」
「さっきので、終わりだったの~?」
返事を聞く間もなく、赤や黄色の光が点滅しながら混じり合う光景が目に入ってくる。そして見覚えのある部屋の玄関に、僕と鈴の二人は立っていた。肉球を見せびらかしてくる神様の姿は、もうどこにもなかった。
───メリー・クリスマス!またいつか会おうぞ!
そう残して、ニコラは帰ったようだった。
小一時間もすればまた戻って来るのではないか、という期待をどこかで抱いている自分がいた。奇抜な衣装を身にまとい、ツッコミどころを用意してくれるのではないか、と。
この期待は、見事に裏切られることになる。そしてこの後、ニコラが最後まで隠していた、鈴をトナカイに選んだ理由を知ることになった。




