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トナカイ追加 入ります。

 横に立っていたニコラが、寒いのは苦手だから移動を省いた、と口を開いた。冬しか出番がないくせに、寒さに弱いとはどういうことだ、と心の中でツッコミを入れると、「出番はせいぜい二日じゃしのう」と返してくる。

 小奇麗に整頓された玄関には、女モノの靴ばかりが並んでいた。どうやら女性の部屋のようだ。廊下の突き当りにある居間らしき部屋の扉からは、生活の証といえる光が漏れてきている。微かにテレビのものと思える音も聞こえてきた。

 足元を見ると、くまのキャラクターをあしらったスリッパが一揃え、行儀良く並んでいた。無表情であるのだが、つぶらな黒目と小さな口が愛らしかった。瞳に吸い込まれるように、僕はその中へ両足を滑り入れた。とても温かく、柔らかくて心地が良い───。

「スリッパの感想など、どうでもよい。おぬしは招かれざる客じゃぞ?そこらへん、心得ておるのか」

「新品のテーブルの上に、土足で立っていた奴だけには言われたくない!」

「こういうのは、第一印象が肝心なのじゃ」

「どういうのですか」

「言わせるな、恥ずかしい」

「勝手に照れるなよ!意味わからないんですけど!」

 大きな声を出していると、部屋の主もさすがに気づいたようで、奥の部屋から扉を開けて、何事かと顔をのぞかせる。その顔に、僕は見覚えがあった。

「に、ニコちゃん…と、相馬くん!?」

「そうだ。ニコちゃんだ。去年ぶりじゃの、りん

 目に入ってきたのは、鹿波かなみ りんの姿だった。彼女とは第一外国語───うちの大学では、留学生でもない限り、英語しか取れないことになっている───のクラスで知り合い、たまに話すこともある程度の間柄である。いかにも指通りのよさそうな黒髪と、茶色い縁眼鏡は、今日も健在だった。どういうわけか、ニコラとは顔見知りらしい。

「今日も映画見に来たの?…相馬くんと二人で…?」

 僕がいることに、多少の違和感を覚えたようだ。こちらからしてみても、自分がなぜここにいるのか聞きたいくらいなのだ。それより何より、ニコラはサンタの仕事もしないで、映画なんか見ていたのか。

「…それも仕事のうちじゃ。今日おぬしの家に来たのは、こやつと一仕事してもらうためじゃ」

「仕事って?」鈴が首をかしげながら尋ねる。

「相馬くん!新しいトナカイよ!!」

「元ネタが微妙にわかりづらいです。いきなり何なんですか…」

「人間界の勉強の成果を、おぬしらに見せてやろうと思ってな!」

「あぁ~、わかったー!あのパンのやつでしょ!」

「さすが鈴だな。よくわかっている」

「何で若干照れてるんですか」

「でも、トナカイって何のこと~?」

 鈴に訊ねられ、ニコラは僕にしたような、詳細を欠いた説明を施す。何をするかまでは教えるつもりがないようだ。けれども、雑用をする、という新たな言葉が加わっていた。僕のトナカイに対するイメージは、時間を経るにつれて悪くなっていく。もしかしたら、ただ単にニコラの暇つぶしに付き合わされているだけなのではないか、と思えて仕方がなかった。

 ニコラはふと諭すような、それでいて包み込んでくれているような、優しい笑顔を向けて、何事もなかったように顔を逸らした。僕の心を読んでの反応なのだろうが、突飛なことばかり言うニコラらしからぬ表情に虚を突かれて、しばらくの間というもの神様の横顔を眺めていた。

「時間が迫っておるし、そろそろ行くぞトナカイ達!」

 不意にニコラの声が聞こえたかと思うと、また視界が歪み、部屋の外の暗闇と街灯の光とが、ぼやけながら混ざり合っていくように見えた。

 二回目にもなると、視界がはっきりとしたとき、目の前に大通りが広がっていようと驚きはなかった。車が激しく行き交い、歩道に沿うように、クリスマス一色に染まった店がのきを連ねている。空はすっかり黒く染まってしまったというのに、店の明かりがそれを感じさせない。

「あぁ、ごめん。スリッパ履いたまんまだった」

「えぇぇ!!汚さないように、逆立ちで歩いてね♪」

「無理だろ!」

「むぅぅ。私も部屋着のままだから、ちょっと寒いかも…」

 最初の移動で、外に出る格好をきちんと準備してきた僕に対し鈴は、見るからに寒そうな格好をしていた。そしてニコラもだ。

 歯を鳴らしながら、小刻みに体を震わせている神様の姿は、サンタというよりは貧乏神に近い。体表の露出が五割を超えているのだから、当たり前といえば当たり前である。先ほどから垣間見えている計画性のなさは、神様として諸行に障害となるのではないかと、人心ながらに気をもんでしまう。

 ニコラは僕に一瞥いちべつをくれ、要らぬ世話だと言わんばかりに、人目につかない路地へと移動すると、人差し指を順々に振っては、三人の着衣を様変わりさせた。

 僕と鈴は、なぜかサンタの衣装を身にまとっていた。男物は下に履いているのがズボンで、女物はスカートだったが、白いファーで縁取りされているところや、大きめのボタンがあしらわれているところなど、デザインは統一されたものだった。そして、なぜかスリッパの代わりに、茶色い革靴のような見た目の靴を履かされていた。足に触れる感覚が、革靴のように硬くはなく、まさに運動靴のそれなのだ。

 ニコラはというと、クマともタヌキともとれる、珍妙な怪獣の着ぐるみに身を包まれていた。洋服についてのセンスを疑いたくなる。とりあえず言えることは、いちいち反応していてはキリがないということだった。

「さて、そろそろ最初の幸福者ターゲットが現れる頃合いじゃの」

「ターゲット?あぁ、さっき言ってた、幸せにする人ってやつですか」

「うむ」

「この服、暖かいね~♪」

「じゃろう?サンタ庁の特注なのじゃ。ワシのは冷え性対策バッチリのコスチュームでの。ほれ、『にくきゅう』もついておる!」

「可~愛い~!!」

「可愛い…のか!?」

「おぬしは、わかっとらんのう」

「相馬くんは、わかってないんだよ~」

「そ、そうですね…。すみませんでした」

 一人おいてかれそうになり、寂しい気持ちを味わうやり取りの間に、僕らは歩道橋の下へとたどり着いた。ここは自転車も通行できるよう、幅を広めに設計されている。大通り自体、車の通行も多ければ、人の通行も多いからだ。

 僕ら三人は、こと視線を集めることに関して、一流の判を受けるに値する集団だった。とにかく目立つのである。幸福者ターゲットが現れるまで一分とかからなかったが、その間に歩道を通りかかる数十人と視線を合わせる羽目になった。

 幸福者ターゲットというのは、お年を召した女性だった。やや前傾姿勢で、明らかにキャパシティを超えた買い物袋や紙袋やらを、両手に抱えている。彼女は歩道橋を前にすると、段差の先を仰ぎ見て、深い溜息をついた。自分のやるべきことも理解できたので、ベタだなぁと呟きつつも自然と体が動いた。

「お手伝いしますよ」

 老婦に声をかけると、後方で二人の声がした。

「おぬしの足は、そのために鍛えてきたのだからな。しかし、言う前に動くとは感心じゃの」

「頑張れ~、相馬くん~♪」

 勝手なことを言っているが、この足は通学のために鍛えた、というより身についたものだ。そう思いながら老婦の顔を見ると、目尻のしわを深めて険しい表情をしていた。

「年寄り扱いをするな!」

 予想外の答えが返ってきた。ふざけた格好をしていたから、からかわれたとでも思ったのだろうか。しかしここで退くわけにはいかないと、半ば意地になっている自分がいた。

「これは、僕のためでもあるんです。どうか助けると思って、僕の手を借りてはいただけませんか」

 考えてもいない口上が、すらすらと口を割って出てきた。自分でも、おかしなことを言っているのはわかっていた。きょとんとした顔の老婦が目に映る。

 どうにか目の前の仕事を完遂したい、という意思が働いたのかもしれない。歯の隙間に何か挟まってでもいるような、妙な感覚を覚えた。

「…それなら、あんたに任せてみようかね」

 老婦は渋々といった感じで、両手の荷物を寄越してくる。してやったぞと、ある種の達成感を僕は感じていた。無意識のうちに、顔がほころんでしまっている自分に気づいた。

 荷物は、想像していたほどの重さではなかったが、軽いといえるほどでもなかった。連れ立って段差を上っていくうちに、ふと気になることがあったので、世間話がてら尋ねてみることにした。

「それにしても、沢山買いましたね。いつもこんなに買うんですか?」

「今日は、息子夫婦が孫を連れてくるんだよ。それで料理の材料やら『ぷれぜんと』やらを買い込んでたら、調子に乗りすぎたようね」

 目を細めながら語る老婆は、この上なく嬉しそうだった。僕は、歩道橋を渡り終えて老婦がもういいと言うまで、息子や孫の話を延々と聞かされた。会った事もない人物の話ではあったが、老婦の柔らかい表情を見ていると、不思議に楽しいものだった。

 鈴は鈴で、僕が荷物持ちをやらされている間に、迷子の親探しをさせられていたようだった。その後も、肉体的な仕事は僕が、それ以外の仕事は鈴が、というように分担がなされ、幸福者ターゲットとの接触を行い続けた。

 隣人をよそおって、越してきた男性の荷入れを手伝うのが一番の重労働だった。格好から怪しまれた上に、一人暮らしにも関わらず、家電がいちいち大きいのだ。男性の友人も手伝いにきてはいたが、終わった頃には三人揃って疲労困憊ひろうこんぱいの四字を顔に浮かべていた。今度からは業者にお願いするようにすると、男性もこぼしていた。

 肝心の神様であるニコラはというと、姿は見えなかったが、状況が思わしくなくなる度に、脳に直接言葉を刻むように、テレパシーを使って適切な指示を送ってきた。一度、鈴に出すはずの指示がこちらに来て、思わず直立不動してしまったこともあったが、同時進行で二人の動向を見守るだけの手際は、さすがと感心してしまうほどのものだった。

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