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サンタなんて信じない

 ───神様も、サンタクロースも、信じない。


 要するに、実際に見たもの以外は信じない。これが僕の確立してきた、イデオロギーというやつである。

 神様がもし存在したとしても、僕の人生に介入してこない限りは、存在しないも同じである。これまでの人生において、未だ神様の所業というやつを直に見たことがない。目の前で、人智を超えた業を見せびらかす神様に、未だ会ったことがないのだ。だから僕は、神様を信じていない。

 そしてサンタクロース、つまりクリスマスのヒゲ親父伝説だ。いい子にしていれば、サンタクロースという白いヒゲを蓄えた巨漢が枕元にプレゼントを置きにくる、というある種の畏怖をも抱かせるアレだ。

 言い伝えに反して、日頃の行いがどうであろうと、大抵の家庭にはプレゼントが現れる。そして何年か経つと、我が家の家計事情とプレゼントの値段との密接な関係に、もしくは枕元にプレゼントを置きに現れる見慣れた人物の姿に、気づいてしまう時が来るのだ。

 我が家は、後者のパターンで事が発覚した。実際に見てしまったことで、サンタクロースの存在を信じることができなくなったのだから、皮肉なものである。

 クリスマスという日は、歳を重ねていくと、プレゼントを貰う日ではなく、恋人同士で過ごす日に変わっていった。町を歩けば、家族連れかカップルしかこの国には存在しないのではないか、という気分にさえさせられてしまう。

 横浜にでてきてからは、より一層そう思うようになった。共にその日を過ごす決まった相手がいれば、その気分に酔いしれるのも悪くないのだが、相手がいなければ悪いことしかない。どうやら今年は、その悪いことと上手くお付き合いしていかなければならないようだった。

 もちろん自ら進んで惨めな気分を味わうつもりは毛頭なく、家から一歩も出ない籠城作戦と、あらかじめ借りておいた映画を見続け、外部の情報を遮断する作戦とを実行する予定だ。これこそ完璧なる防護布陣である。


 きたる二十四日は、存外に冷えた。寝癖だらけの頭を隠すようにしながら、厚手の毛布を全身に巻きつける。その格好のまま部屋をうごめき回るが、気味悪がる同居人もいない。起床したばかりだというのに、太陽は早くも沈みかけていた。

 新潟の生家から、通学のために越してきて二年目になる。新潟の気候に適応してきた事実があるので、寒さには強いと自負していたのだが、慣れない生活で脂肪がかなり落ちたせいか、それも単なる自信過剰という域に達してしまっていた。ここ横浜も、やはり寒い。

 越してきてからというもの、半年でまず十キロほど痩せてしまった。大学への通学路が、クセモノなのである。

 不動産屋の情報では、大学までは直線距離五百メートルなんて都合のいいことが書いてあったが、もはやこれは詐欺の領域だった。大学周辺は、道が蛇行している上に起伏が激しく、このアパートからだとたどり着くまでに、上り坂を二回、下り坂を二回歩かされる。途中階段が二箇所もあるものだから、足腰を鍛えるにはうってつけのコースだろう。

 事実、通学路を共にする同志たちは、半年後には皆そろってふくらはぎと太ももの筋肉が隆々になっていた。りんごのような体型だった僕も、例にもれずスポーツマンの足を手に入れていた。

 一度近道はないかと探してみたのだが、どこもかしこも坂道だらけで、あげく路地に迷い込んでしまったので断念した。

 自炊するようになったのも、痩せた原因の一つかもしれない。何しろ金が無い。我が家の食事はご飯と味噌汁と生野菜だけでまかなわれている。いわゆる草食系男子というやつだ。


「それは草食系男子ではなくて、ベジタリアンというやつだ」

 見る映画を決めあぐねて、ケースを並べてにらみ合いをしていたところに、よくわからないツッコミが入った。

 振り返ると、袖の無い真っ赤なワンピースを着た少女が、胸を突っ張りながら立っている。買ったばかりのテーブルの上に。それも土足で。

「君は、心の声が読めるのかッ!?」

 驚いた表情をわざとらしく浮かべてみせ、少女の脇をかかえて玄関の外に置いてから、二度と入ってこれないように扉の鍵を閉めた。

 クリスマスイブともなると、町の熱に浮かされて、人の心を読もうとする輩がいる。全てクリスマスというまわしいイベントのせいだ。害悪なのだ。

「何をする!!寒いではないか!!!」

 睨み合いの続きをしようとしたところで、また背後から少女の声が聞こえてくる。テーブルの上の彼女は、鼻声な上に涙目だった。今にも泣き出しそうな少女を目の前に、思わずたじろいでしまう。

「お、おう…悪かった。上着貸してやるから、おウチに帰りなさい」

 冬だというのに、ノースリーブの服を着ている時点で、僕の変人センサーはけたたましい警告音を発している。早くお帰りいただければ、それに越したことはなかった。

「今日というこの日に、帰るウチなどないのだ!」

 先ほどとは打って変わって自信満々な様子で威張ってみせる。金色の髪がさわさわと揺れた。

 きっと同情を買う作戦だろう。騙されるものか、と思った。子供の嘘はいつも突拍子がない。これから見る映画を決めないとならないのに、子守など引き受けている余裕はない。

「ホームレス系女子かぁ。警察に連絡だな」

 それかポジティブな迷子か、どちらかだと察しをつけた。

「ワシはサンタだ。本名をサン・ニコラ百二十四世という」

「…」

 少し意表を突かれたので、咄嗟とっさに言葉が出てこない。

「えらく代替わりしたもんだなぁ」

 しまった、と思った。子供のつく嘘に、やけに現実味があったもので、つい感心をしてしまったのである。おおよそ十六世紀もの間に、百余人の善意が懇々こんこんと繰り広げられていたのかと。何でもないような事柄に、歴史を見てしまうのが僕の悪い癖だ。

「HOHOHO」

「急に外国人になった!?」

「欧米向けの笑い方がつい出てしもうた…。まぁワシらは不死じゃから、交代する必要もないんじゃが、どうも飽きっぽいやからが多くてのう…」

「飽きたから交代したのかよ!?そいつら今何してんだよ!」

「地獄でSMごっこをしているとは聞いたことがある」

「ごっこなんだよな!?それ、ごっこなんだよな!?」

「何にせよワシは神じゃ。敬え」

「脈絡ねぇな、おい」

 これには参ってしまった。何しろ、これまで信じていなかったものが、二つも重なった形で目の前にいるというのだ。しかも歴史に思いを馳せていた自分が、恥ずかしく思えてしまう挿話が耳に入ってしまったのだ。どうあっても、こいつの言葉が嘘であることを、証明しなくてはならない。

「証明をする必要はなかろうて。おぬしがぐに信じられぬのも無理はない。神を見たことがないのじゃろう。神の世界も人材不足で、いちいちおぬしら一人一人に構っている暇など無くなっておるからのう。」

「…現実的だぁ」

「おぬしらも、その体を構成する、おおよそ五十から八十兆個あるとされる細胞の一つ一つに、構ってなどおられぬだろう。それと同じじゃ」

「…説得力があるような、ないような」

 自然な流れで話を続けていたが、一度ならず二度も心の中を読まれてしまっていた。偶然という言葉だけでは、よもや片付けられまい。それに、鍵をかけたはずの部屋に、物音立てずに侵入するその神出鬼没さは、語り継がれてきた神様のもつ力そのものではないか。この少女は、信じたくはないが、本当のことを言っているのではないか、と思い始めるようになった。

「やっと理解してきたようじゃの…こんな格好までしてやったのに、ワシの言葉に耳も貸さないとは」

「子供がいきなりそんなことをいったところで、どうにも胡散うさん臭すぎますし」

「世間は美少女を溺愛し、敬愛し、崇拝し、讃美すると聞いたのだがの」

「そこまでするのは、一部の人間だけでは…」

「それにワシらの情報では、おぬしはロリコンとなっておるが」

「違うわ!!」

「ふむ。手違いであったか…それでは元の姿に戻るとしよう」

 目に前にいた少女が、そのまま成長したかのような麗しい女性へと早変わりした。サイズの小さくなった服から、抑えきれなくなった体がこぼれだしていく。

 電流の走るような音と共に、洋服であったそれは、赤い布切れと化して床に張り付いた。張り出た胸も、はっきりとしたくびれも、そしてその下も、全てがあらわになった自称サンタが、僕の目の前に立ちふさがった。

 そして、僕の顔面左部を握りこぶしで殴った。

「ふ、服が破れるのは想定外じゃった…。俗世の着物はこれだから…」

 新しいワンピースを慌てて着ながら、自称サンタが言う。そちらのミスで僕が殴られるのも、れっきとした想定外なのだが。強い刺激のせいで、さっきの映像が脳裏に焼き付いて離れない。神様の裸は、人間である僕にとって、刺激の強すぎる代物だった。

「というかサンタさん、パンツくらい履いてはぐふぉかぬぽぅ!!」

 また殴られた。今度は腹部への衝撃がきた。拳の感覚が、肋骨の下あたりにはっきりと残った。

 もう余計なことを口に出さないことに決めた。

「ニコラと呼べ。サンタでは可愛らしさが足りない」

 痛みがようやっと引いてきた頃合いに、自称サンタが呟いた。可愛らしさなんてものを意識するような性格だったのかと、ツッコミを入れようとしたが、すんでのところで思い留まった。すると、せっかく痛みの引いてきた腹部に、また鈍い衝撃がくる。どうやら、心を読まれたようだ。最近のサンタは猟奇的である。

 ともあれ、目の前で変身するなんて荒業あらわざを見せられては、ニコラの言うことに否定の余地がなかった。しかし、相手はあのサンタなのだ。今日という日に現れたのだから、きっと何かしら喜ばしいものを運んできてくれているに違いない。

 淡い期待をいだきながら目線をニコラにうつすと、膝をつきながら映画のケースを物色しているところだった。文字通り大人の体になったニコラの艶かしい体が、赤い布の隙間から突き出ていて、思わず凝視してしまう。腰のあたりからは妖しい色香が漂い、こちらに背中を向けながらも、挑発されているような印象を受けてしまう。

「ぬうううううううううううう」不意にニコラが怒ったように大きな声をあげたので、はっと我に返る。「恋愛モノはないのか!!」

 よりにもよって、その選択は間違いだと言わざるをえない。ひとりで恋愛モノの映画を見るということは、つまり、町へと足を運んでカップルの大群と遭遇することに等しいからである。

 これは経験談なのだが、見終わったあとの喪失感は、筆舌に尽くしがたい。

「クリスマスにそんなものを見たら、せっかくのクリスマスが台無しです」

 矛盾だらけのツッコミを堂々と入れてみせた。とても、清々しい気分だった。

「寂しいやつじゃな」

「…」

「寂しいやつじゃな…」

「二回も言う必要がどこにある!!」

 相も変わらず、どこか侮蔑ぶべつを含めた視線を送り続けるニコラ。

「大体、サンタが仕事もしないで何映画見ようとしてんですか!!プレゼントは…プレゼントはどうした!!」

「おぉ、そうじゃったそうじゃった。その話なんじゃがな…」

 それなのだ。なぜニコラがここにいるのかという疑問を解決するために、避けては通れない関門が、それなのだ。

「クリスマス庁では、数十年ほど前から、プレゼントは各家庭にある程度任せても良いと結論が出ているのじゃ。特にこの国は、モノに恵まれておるからの。配るべきプレゼントは、別の者が配ることになっておる」

「えっ。じゃあ何しに来たんですか」

「モノを贈る代わりに、ワシらは幸せをあげることにしたのじゃ。ワシも今年は横浜支部長に任命されたのでな、ノルマを果たさねばならん」

「ノルマって…事務的ですねぇ。…よっ、部長!」

「その呼び方はやめい!可愛らしさが足りん!!」

「…で、僕を幸せにしてくれるんですよね?」

「あぁ、おぬしには…」どこから取り出したのかわからない、ふかふかな角のついたカチューシャを頭につけられる。「とりあえず、ワシを助けるトナカイになってもらう」

「えぇと、トナカイって、あのちっこくて、青い鼻してて、シルクハットかぶってる奴ですよね」

「何の話じゃ」

「えっ。ということは、僕には幸せをもらう権利がないんですか?」

「権利はあるが、それをおぬしにやる義務がない」

「さっきノルマあるって言ったじゃないですかァ!!部長!!」

「その呼び方はやめろと言ったじゃろう!!」僕の切なる願いも無視して、ニコラが言う。「大体予想はできていると思うが、おぬしにはソリを引いてもらう」

「人力の必要があるんですか…?」

「その後にも色々してもらうつもりじゃ、安心せい」

「安心できるか!」どこかの宣伝で流れていた曲に、自身の心境を乗せる。「帰りたい…帰りたい…あったかい我が家が待っている…」

「おぬしの家はここじゃ」腕を組みながら、勿体つけるようにニコラが続けた。「案ずるな。相応の褒美は用意しておる」

「お金ですか」

「いいや、違う。もっといいものじゃ」

「その言葉に、嘘偽りはないですね?」

「神に誓おう」

「あんたが神だろ」

「あぁ、そうとも」

 これ以上は有無を言わさぬ雰囲気だったので、ひとまずはニコラの言葉に従った。記憶が確かなら、ソリとやらを引かされるとのことだったが、部屋を出てまず連れて行かれたのは、部屋だった。扉の外側と内側とを、行ったりきたりしたわけではない。確かに玄関の戸を開けて外に出たはずだったのだが、視界が歪んだと思ったら、見慣れない部屋の玄関に立っていたのだ。

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