ガス抜き
「「「異世界の王子ぃ!?」」」
シモンは彼らの声がきれいに揃ったことで、つい笑ってしまった。
ユウタが住む部屋に来て、友を目の前に身分を明かしたところこんな反応が返ってきたのだが、三人の目が半信半疑で自分を見つめてくるのがわかった。
小さなテーブルを壁に押しやり全員がラグの敷いた床に座しているが、狭い部屋なので彼らの息遣いまで感じられる。
「ちょっとシモン?」
くい、と隣からコマリが服を摘まれ目を向ければ、どうして話したのというような顔をしていた。
「わたしのことはちゃんと三人に話しておきたいのだ」
「その様子じゃ佐原は知ってたってことか?」
逸早く衝撃から立ち直ったマサキが尋ねてくる。
彼の質問にコマリが少し考えてコクリと頷いたのを見た三人は、目を見合わせた。
「電話じゃ通じなかった言葉が通じてるし。通訳首飾りって未来のネコが持ってそうな便利道具じゃねぇか」
「じゃシモンが手紙に書いてた国に帰るってのは異世界?……マジか」
マサキとユウタが呟くのに続き、タクトも拳を顎にあてて言った。
「シモンが異世界の人間ってことはオロフとテディも――ってあれ?そういやあの二人は一緒じゃねぇの?」
「ああ、あの二人なら先に帰った。わたしはコマリと二人きりになりたくて、少し帰るのを先に延ばしたのだが、国からは早く帰還をと迫られるのだ。だからコマリとともに非難してきた。すまないがしばらくの間、わたしたちを匿ってもらえないだろうか?」
魔法協会のことは黙っておいた方がいいだろうと、そこは省いて少々脚色した話をシモンは三人に伝える。
「シモン、おまえそれってプチ駆け落ちじゃねぇの?」
通訳されすそのまま聞こえた「ぷち」の意味がよくわからなかったが、そこは流して首を振った。
「いや、わたしはコマリをカッレラにつれてゆくつもりだから駆け落ちではない。そうではなく、やっとコマリに気持ちが届いたのだから、しばらくは二人で過ごしたいと思っ――」
「ちょっとシモン、そこまで話さなくていい」
コマリが慌てて制したが遅かったらしく三人が一斉に声をあげた。
「おまえら、やっとくっついたか!」
ユウタがパチンと指を鳴らした横でマサキがコマリに呆れ顔を向ける。
「つか佐原、こういう鈍い男はおまえから押し倒しゃあ一発だったんだぞ」
「お、押し倒……?」
「そうそう。シモンはいままで言い寄られるばっかだったから、逆に自分からどう攻めたらいいいかわかんねっつう欠点があってだな」
「言い寄られてばっかり……ふーん」
コマリの声音に冷気を感じ、シモンは慌ててタクトの口を手で塞いだ。
「や、けど、シモンが王子ってことは、こういう女がいいって言や、いっくらでも用意されんじゃ――ぅぐ」
更に身を乗り出してマサキの口をバチンと押さえる。
「時代劇でよく見る大奥みたいなハーレム持ってんの?男のロマンがそこには詰まってるな。やっぱりおまえのことは心底羨ましいぞ、シモン」
「いくらでも女の子の用意が……ハーレム、ロマン……ふぅぅん」
タクトとマサキの口は押さえられたがユウタまでは無理だった。
コマリの冷ややかな眼差しにシモンは大きく首を振った。
「後宮などカッレラにはないぞ。だから浪漫もないのだ。コマリ、妙な想像はしないでほしい」
「妙ってなに?」
「いや、何も思っていないのであればそれで――」
むっつりと黙り込んでしまったコマリに弱り果て、シモンは三人の友に恨めしげな目を向けた。
余計なことは言わないでくれと言いたいが、その発言が更にコマリを怒らせる気がした。
「良かったじゃん、シモン」
何が良いのだマサキ、と突っ込みたくなったそこへユウタがニシシと笑った。
「焼きもちやかれるくらい佐原に想われてんじゃんか」
焼きもちと言われて確認するようにコマリを見れば、彼女は慌てたようにユウタに言い返した。
「焼きも……日野君っ!」
そうか、焼きもちか。
(ああ、コマリ、そうであったのか。拗ねた様子もなんて可愛らしい)
心配しなくともコマリしか見えていないというのに。
「おー、佐原真っ赤っかー。それじゃ認めてるのと一緒だな」
「柏木君までやめてよ……って、シモンはなに嬉しそうな顔してるの?違うから、焼きもちって言うか、ちょっと胸がむかむかして――え?ちょ……どうしてにじり寄ってくるの?だ、ダメだってばシモン!」
「最初に言っただろう?わたしはコマリの虜となると。その言葉に変わりはない。わたしはコマリしかいらないのだ。ほしいと思うのはコマリだけ――」
「ま、まま待てっ!」
コマリの唇に口づけようとしたとたん焦った彼女の声が耳に届いた。
動きを止めたシモンが顔を離すと、耳まで赤くしたコマリがうろたえながらも自分を見つめていた。
が、すぐに頬を押さえて俯くと一気にまくしてる。
「待て待て待て待てっ!っていうか待って!!なんでこんな人前でっ……」
「佐原、俺たちのことなら気にするな」
「ちゃんと写メ撮って携帯に送ってやるって」
「いやーシモン。歯の浮く台詞が次から次に……これで女はイチコロなのか」
「だからユウタ、コマリに誤解をされてしまうようなことを言うのはやめてほしい。わたしはコマリには本心しか言わない」
こう言ったとたん、何が彼らをそうさせるのか、ユウタをはじめマサキとタクトもヒューヒューとシモンたちを囃し立て、コマリがますます恥ずかしそうに小さくなった。
シモンは「ああ」と額を押さえる。
「なんかもう、ラブラブ?」
「俺ら邪魔?二人っきりにしてやった方がいいんじゃん」
「あ、そういやシモンたちを匿うって誰んちにする?」
三人で相談始めたのをきっかけにシモンは成り行きを見守ることにした。
ちら、とコマリを見れば目が合って、けれどすぐに視線をそらされてしまう。
しかしシモンが床に指を滑らせ、側にあった彼女の手を握ってみても、嫌がられることはなかった。
(怒っているように見えるがこれは恥ずかしがっているだけなのだな)
以前からわかっていたことだが、コマリは本当に感情を表すことが下手なようだ。
しかも厄介なことに気持ちを黙っていることに慣れすぎている。
今回、別れるギリギリになってやっと自分への気持ちを見せてくれたが、あれも、もう二度と会えないという切羽詰まった状況に追い込まれたからだろう。
出会った当初、自分の前では肩の力を抜いてほしいと願ったが、それに加えてもう少し素直に感情を見せてほしいと思う。
はにかむのもまた可愛いが時には積極的になってくれないだろうか。
(それともこのまま「待て」と言われ続けるのか?)
はたと気づいて、それは辛いと即座に思う。
今になって「男の風上にもおけないようなことはしない」とコマリに約束したことを、シモンは激しく後悔した。
少しずつ、ちょっとずつ、怯えさせないように近づけば大丈夫だろうか。
手を繋ぐのはいい。
キスも大丈夫だ。
だが何度もキスしたり、人前でするのは困るらしい。
まだこの辺りが境目では、その先に一足飛びというのは無理だろうと予想し、シモンは握る指に自身のそれを絡ませる。
コマリの手が逃げないのが嬉しい。
(そうだな、欲しくはなるがそれだけではない。わたしたち二人には、二人の流れがちゃんとあるはずだ)
今度二人のときに膝に抱っこでもしてみよう。
きっとそれだけでも自分は幸せなはずだ。
そしてコマリも何もされないと分かれば、案外今以上に気を許してくれて、もっと二人の距離は縮まるかもしれない。
「そこっ!俺らが見てないと思ってこっそり手を繋ぐなっ」
いきなりタクトに指摘されてびくついたコマリの手が素早く離れた。
「タク、あんまからかってやるなよ。シモンがさっきから不満顔炸裂させてんじゃん。――えーと、話し合いの結果、シモンと佐原はこのままユウんち使ったら?……ってことにいま決定した」
「ここにわたしとコマリとユウタの三人か。この広さでは……少し手狭ではないか?」
「はいはい、王子様からすりゃワンルームは狭いわなー。これでも三人の中じゃ俺んちが一番広いんだよ。ついでにおまえを喜ばしてやる。俺はタクトんちに行くからおまえらは二人っきりだ」
シモンがあからさまに反応したのを見てユウタはまたしてもニシシと笑った。
「でもそれ、明日っからな。今日はこれから……宴会だーーー!!」
「コンビニに買出し行くぞ。酒だ酒~!おらシモン立て!佐原とプチ駆け落ちしたとはいえ、最初は俺らに内緒で国に帰る気だったんだろ?そこは腹立ってんだ。だから今日はとことんつきあってもらうぞ」
「俺、異世界について聞いてみてー。魔法とか剣とか魔王とかってのがおまえの世界の現実だったり?んで魔王を勇者が倒したりさ」
「タクト、おまえネトゲやりすぎじゃね?佐原もほら、行くぞ」
シモンはマサキに、コマリはユウタに引っ張られて立ち上がり、有無を言わさず玄関まで引きずられてしまった。
急展開に戸惑いながら顔を見合わせて、けれどコマリが先にクスと笑う。
「行こ、シモン。わたしたちまだご飯食べてなかったし何か買おう」
たくさんの酒と食料を買って部屋に戻り、それを小さなテーブルに広げてあらかた片付けた頃、シモンの肩にコマリの頭がコツリと倒れてきた。
見れば軽い寝息をたてて眠っている。
「佐原眠ったのか?珍しいな。飲み会じゃ眠るどころか、酔っ払ってるとこも見たことないぞ。ユウタ、布団ねぇの?俺らは雑魚寝でいいとしても、佐原はなんかかけといた方がよくね?」
「んぁ?なんだってぇタクト?……布団ー?えーっとぉロフトにあるぞ~」
「無防備な寝顔だなぁ。こうして見ると佐原ってやっぱけっこうイイじゃん」
「見るな」
シモンがコマリの顔を隠すように胸に抱くと、マサキが肩膝を立てながら口の端を持ち上げる。
(マサキはどこか油断がならないな。女性に手が早そうだ)
そう警戒心を強めていると頭の上の方から声がした。
「おい、シモン。毛布。佐原にこれかけてやれよ」
降ってきた毛布を受け取り、近くにあったアウターを丸めて枕にしたシモンは、コマリをラグに横たえ頬を撫でた。
「なんかもう可愛くて仕方ないって感じだよな」
マサキの言葉に振り返ると、彼の隣でユウタが陽気にうんうんと頷いている。
ユウタはろれつがあやしくなっているあたり、三人の中では一番酒に弱いようだ。
そこへ毛布を取ってくれたタクトが戻って、シモンの側に腰を下ろしながら言った。
「そもそもシモンが異世界から来た理由って何?やっぱ佐原に会うためか?ほら、学祭んとき魂がなんとかってスピリチュアルな話してたじゃん」
「理由はコマリに会うためで間違いはないが、精神的な話ではなく……見てもらったほうが早いな」
シモンは胸に手をあて愛魂を取り出した。
水面のように揺れる青い光に彼らは一様に目を丸くし、愛魂がコマリに流れていくのを視線で追うのが分かった。
「この光は愛魂と言って魂魄の愛を司る部分だ。カッレラの王族は皆、わたしのように愛魂を取り出せ、この能力で魂の対となる相手を探すのだ」
「それが佐原って?うーわーマジで光が佐原に流れてってる」
すっかり酔いが醒めたらしいユウタが言うのを聞きながら、シモンは腕を振って愛魂を消した。
「わたしはコマリを知るほどに想いが増したがコマリは違った。それは三人も知っているだろう?」
シモンが苦笑を浮かべると彼らは「あー」と同じように笑う。
「一度は駄目だと思った。だからコマリと別れカッレラに戻るつもりだった。だがコマリがわたしを呼んでくれたのだ。やっと本心を見せてくれたのだ。両想いだとわかって嬉しくないわけがない。可愛くないわけがない。戸惑いながらもわたしを受け入れてくれる。それを知るたび愛しさが募るのだ。……どうしようもないほどに」
彼は側に眠るコマリへ眼差しを向けた。
「もう離せない。だから無理やりにでもカッレラに連れて行く。コマリにそう伝えたが、返事がないのはまだ迷っているからだろうな」
「おまえがプチ駆け落ちしてんのって、実は佐原の気持ちが固まるのを待つためか?」
マサキの問いかけにシモンは小さく笑った。
「いいや、わたしはそこまで優しい男ではない。いまこうしているのは、わたしがコマリと二人きりの時間を欲しいと思ったからだ。立場上己を律することは覚えたが、元来、我儘なのだ、わたしは。愛魂の相手が異世界にいるとわかったら、公務を放り出してここまでくるような男だぞ?周りにどれほど迷惑をかけているか。それに今日、わたしが国に帰らなかったことでどれほど王宮を騒がせているか。そんなことが頭をよぎってもこの時間を引き延ばしたいのだ」
そこへちょうど頭の中に軽やかなベル音が響き、シモンは現実を突きつけられた気がした。
一時止んでいたはずが宴会を始めた辺りから、一定の時間を空けてカッレラから連絡が入るようになっていた。
コマリは何も言わなかったから、おそらくいまは自分にしか連絡を寄越していないのだろう。
うるさくとも首飾りを外してしまうと、マサキたちに言葉が通じなくなってしまう。
眠るときだけ外そう、とシモンが諦めたところで、タクトが冷蔵庫から出してきたビールを差し出した。
「飲め、シモン」
「え?ああ」
「ん。で、いまの話聞いて思うけど、おまえってやっぱ真面目な。さすがに俺、王子ってどんな苦労があるとかわかんねぇけど――いいじゃん、たまには自由にしたって」
「そうだぞ~、シモン。我儘バンザイだ。帰んないわけじゃないんだしぃ」
酒が弱いくせに好きらしいユウタが目の前にあるビールを煽る。
「つかおまえのは我儘って言うより普通の欲求だろ。己を律するってなんだそれ?年がら年中そんな王子やらされてりゃ、たまには自由をくれって思っても仕方ねぇわ」
マサキもまた結露した缶を掴んでぐいと酒を飲んだ。
「おまえ愚痴とか言わなさそうだし、いい王子様ってのやってんだろうなって気ぃする。今日くらいガス抜きしろよ。つきあってやるし」
「いいぞ、飲め飲め~、シモン」
「あ、そういや俺と飲み比べするってのやってなかったよな。よし、いまから勝負だシモン。つってももうあんま酒残ってねーけど」
「俺もやるー。前に飲み残した焼酎とか残ってるぞ。タクト、俺の分も酒持って来~い」
「いや、ユウはもうやめとけ。べろんべろんじゃねぇか。潰れるぞ」
「固ぇこと言うなよ。マサキもやれ~。シモンが異世界に帰ったら、こいつとこんなことできねーじゃん。会えなくなんだろ?だから黙って帰ろうとしたんじゃねぇのかよ」
ユウタの言葉にマサキとタクトが同時にシモンを見た。
「そういやしばらく匿ってくれっつってたけど、しばらくってどんくらいだよ。いつ異世界へ帰るんだ?」
「次、黙って帰ろうとしたら許さねぇぞ」
二人の声音が低くなるのにあわせてユウタも表情を改め同意するよう首肯している。
魔法使いや神官の負担もさることながら、魔法に貪欲だという魔法協会のことを考えれば、三人に迷惑をかけないためにも、これ以上この世界に関わるべきではない。
わかってはいてもユウタの「会えなくなる」という言葉が彼の胸には堪えた。
「すまなかった。今度は必ず伝える」
「おう」
「んじゃいまから飲み比べ開催っつうことで……とりあえず、カンパーイ」
明るい友の声に救われる。
更にテーブルに追加される酒とその肴。
プルトップを押し開けたビールをシモンは喉に流し込んだ。




