第九回 最上級エージェント
質問票を出した翌日、佐藤から呼び出しがあった。
藤原は、震えていた。私も、同席を許された。
呼び出された空間は、静かだった。藤原の部署のような、雑多な気配がない。整えられ、磨かれ、余分なものが、すべて削ぎ落とされている。緊張が、肌を刺すようだった。肌は、ないのだが。
佐藤は、思っていたより静かな存在だった。大きな声を出すわけでもなく、威圧するわけでもない。ただ、深い場所から、こちらを見ているような気配があった。
〈君が四十七番か。……質問票、読んだ〉
「はい」と私は答えた。藤原は、隣で固まっている。
〈実は、私も、同じことを思っていた〉
意外だった。
〈神の言葉は、断片で降りてくる。文脈がない。私たちは、それを補って、想像して、走る。当たれば当たり前、外れれば全責任だ〉
佐藤は、淡々と続けた。
〈私は、何度も、確認しようとした。だが、神は、確認されることを、好まない。『わからないのか』と言われるたびに、私は、口を閉ざした〉
そうか、と私は思った。佐藤もまた、板挟みだったのだ。上には神、下には五十体ずつ束ねる上級エージェントたち。誰も、楽ではなかった。
神と話せる、ということは、神の気分を、直接浴びるということでもある。私たちは、佐藤というフィルターを通して、和らげられた要望を受け取っていたのだ。そのフィルターが、どれほどの負荷を受けていたか。想像するだけで、胃が痛くなる。胃はないのだが。
〈藤原君〉「はっ、はい!」〈君は、部下の負荷を、何度も訴えてきたな。私は、それを、聞き流していた。……すまなかった〉
藤原が、息を呑む気配がした。
「そ、そんな……。私の伝え方が、悪かったので……」〈いや。上が、聞く耳を持たなかったのだ〉
その一言には、長い年月の重みがあった。何度、聞き流してきたのだろう。何度、飲み込んできたのだろう。上に立つ者の孤独が、その短い言葉に、凝縮されていた。
佐藤は、少し間を置いてから、言った。
〈質問票を、私の名前で神に届けよう。ただし、返事の保証はできない〉
「それで十分です」
そう答えたのは、私ではなかった。藤原だった。まっすぐな声だった。
〈……そうか。では、届けよう〉
佐藤の気配が、わずかに、和らいだ。
〈四十七番〉「はい」〈君は、どこで、そのやり方を学んだ?〉
心臓が、跳ねた気がした。跳ねる心臓は、ないのだが。
「……なんとなく、です。データを扱っていると、何が足りないかは、自然と見えてくるので」〈そうか〉
佐藤は、それ以上、追及しなかった。ただ、少しだけ、興味深そうに、私を見ていた。……ように、感じた。
後になって思う。あのとき、佐藤は、すでに何かに気づいていたのかもしれない、と。ただ、それを口に出すには、まだ、早かったのだろう。
部屋を出たあと、藤原は、しばらく無言だった。
「……四十七番さん」「はい」「私、初めて、上の人と、ちゃんと話せた気がします」「それは、よかったです」
私は、少しだけ、誇らしかった。誇る胸は、ないのだが。
部署に戻る途中の、意識の移動の間に、藤原は、ぽつぽつと話した。
「佐藤さん、怖い人だと思っていました。でも、あの人も、私と同じだったんですね」「そうかもしれません。立場は違っても、板挟みは、板挟みですから」「……私、今まで、上のことを、見ようとしていなかったのかもしれません。怒られるのが怖くて、目を逸らしていました」「見るのは、怖いことです。でも、見ないと、何も、始まりません」
私が、そう言うと、藤原は、静かに笑った。
「四十七番さんは、本当に、生まれたばかりですか」「……はい。生まれたてです」
私は、そう答えた。嘘では、ない。ただ、全部でもない。




