第八回 質問票
私は、一枚の質問票を作った。
・誰が使う資料ですか
・いつまでに必要ですか
・一番知りたい数字は何ですか
・『いい感じ』とは、具体的にどんな状態ですか
・過去に、いい感じだった資料は、どれですか
最後の一つは、私が、藤原の履歴から見つけたものだった。神が過去に「いい」と言った資料には、共通点があったのだ。それを質問に入れることで、神自身に、『いい感じ』の正体を語ってもらう。
「これを、要望を受けた時点で必ず返すんです。責めるためではなく、迷わないために」
「でも、神は、答えてくれるでしょうか」「わかりません。ただ、答えなくても、記録は残ります。『確認したが返答がなかった』という記録が」
藤原は、感心したように言った。
「……そこまで、考えているんですね」「前世で、痛い目に遭ったので」
私は、そう言って、質問票の末尾に、一行を足した。
『お忙しいところ恐縮ですが、ご確認をお願いいたします』
その一文を書いたとき、前世の自分を思い出した。取引先へ送る文面の最後に、私は、必ず、この一行を入れていた。部下にも、いつも言っていた。「相手に、手間をかけさせている、という自覚がないとね」。あの教えを、ようやく、自分のために役立てることができた。
腰の低さは、藤原の流儀でもある。ただし、謝罪の言葉は入れなかった。礼儀と卑屈は、別のものだ。
文面の敬語は、何度も推敲した。丁寧すぎれば、神は、まどろっこしいと感じるかもしれない。簡潔すぎれば、無礼だと受け取られるかもしれない。結局、前世の取引先メールの標準的な文面を思い出しながら、ちょうど中間あたりに落ち着けた。挨拶は一行、本題は三行、結びは一行。それが、最も、読まれる形だった。
質問票は、A4一枚に収まるようにした。長い質問票は、それ自体が、負担になる。前世で、私は、五十項目の確認シートを渡されて、途方に暮れたことがある。あれは、確認ではなく、嫌がらせだった。今回は、五つだけ。選択式にできるものは、選択式にした。答えやすいことは、優しさだ。
藤原は、その一行を、じっと見つめていた。
「……これを、佐藤さんに出してもいいでしょうか」「藤原さんの名前で、出してください」「私の名前で?」「この部署の責任者は、藤原さんです」
藤原は、しばらく動かなかった。それから、ゆっくりと、背筋を伸ばすような気配がした。背筋は、ないのだが。
「……わかりました。出します」
藤原は、送信の直前に、一度だけ、深呼吸のような間を置いた。それから、ゆっくりと、実行した。送信完了の表示が出た瞬間、二人とも、しばらく、動けなかった。
その声は、かすかに震えていた。けれど、その震えは、これまでのものとは違っていた。恐れではなく、決意の震えだった。
質問票は、佐藤のもとへ送られた。私たちにできることは、また、待つことだけだった。ただ、今度の待ち時間は、少しだけ、短く感じられた。
待つ間に、藤原と私は、質問票の運用ルールを、もう少しだけ詰めた。神からの返答が遅れた場合は、二十四時間後に、一度だけ、催促する。それでも返事がなければ、佐藤に相談する。あくまで、責める形にはしない。相手の時間を尊重し、しかし、こちらの仕事が止まらないように、線を引く。それは、前世で、私が、誰かに教えてほしかったことだった。
「四十七番さん」と藤原が言った。「この仕組みが、うまくいったら、他の部署にも、広められるでしょうか」「うまくいったら、です」「はい。うまくいったら」
藤原は、そう繰り返した。その声には、期待と不安が、半分ずつ混ざっていた。私は、その割合が、少しずつ、期待のほうへ傾いていくことを、祈った。祈る相手が、神であるというのは、少し、皮肉な話だが。




