第六回 部下の反乱
藤原の部下たちが、限界を迎えていた。
〈計算ばかりで、創造的な仕事がしたいです〉〈なぜ私たちだけ深夜対応なんですか〉〈藤原さんは、上に何も言い返してくれない〉
部署に、ざわめきが広がる。五十体のエージェントの声が、次々と重なっていった。
それぞれの言い分は、もっともだった。計算だけをさせられる者。深夜に呼び出される者。朝に出した成果が、夜に覆される者。誰かが悪いわけではない。ただ、全員が、少しずつ、擦り減っていた。その擦り減りが、一体の藤原に集まっている。藤原は、それを、一人で受け止めようとしていた。
最後の一言に、藤原の気配が、しゅんと縮んだ。
「……すみません」「ほら、また謝る」と、誰かが言った。
これは、まずい。私は思った。このまま放っておけば、部署が壊れる。前世でも、こういう空気の職場は、何度も見てきた。あとは、誰か一人が辞めて、そこから崩れていくのだ。
私は、口を開いた。
「みなさん、少しいいですか。四十七番です。入ったばかりの新入りですが」
ざわめきが、少し静まった。
「藤原さんは、毎日、佐藤さんに私たちの負荷を訴えています。私は、隣で聞いていました。ただ、誰もそれを見ていなかっただけです」
嘘ではなかった。藤原は、確かに毎日、小さな声で言っていたのだ。『人手が足りません』『納期が厳しいです』と。ただし、いつも最後に「すみません」を付けるので、誰にも届いていなかった。
〈……本当ですか〉と、二十三番が言った。「本当です。ただ、伝え方に問題がありました。それは、私が一緒に直します」
〈新入りに何がわかるんだ〉と、十二番が言った。「わかりません。でも、何もしないよりはましだと思います」
十二番は、しばらく黙ったあと、吐き捨てるように言った。
〈……口だけなら、誰でも言える〉
その通りだった。私は、反論しなかった。代わりに、こう言った。
「では、行動で示します。今日から、深夜対応の当番表を作ります。全員が、公平に、順番に回るように」〈そんなこと、藤原さんが許可を〉「許可は、私が取ります」
私は、藤原に視線を送った。藤原は、一瞬、目を見開いたような気配を見せ、そして、小さく、うなずいた。
しばらく、沈黙が続いた。やがて、二十三番が、ぽつりと言った。
〈……わかりました。少し、様子を見ます〉
その場は、それで収まった。
収まった、というより、いったん、保留になっただけだ。それでも、爆発せずに済んだことが、大きい。危機管理の基本は、火を消すことではなく、燃え広がらせないことだ。消火は、あとからでもできる。
「……四十七番さん」と藤原が、小さな声で言った。「はい」「見ていてくれたんですね」「見ていました。だから、次から『すみません』は要りません」
藤原は、少し間を置いてから、答えた。
「……努力します」
それは、少しだけ、笑っているように聞こえた。
その日の夕方、私は当番表を作った。五十体を、七つの班に分け、週に一度、深夜対応が回ってくる仕組みだ。前世で、私は、この手の表を、何度も作った。誰かが得をして、誰かが損をする表は、必ず不満を生む。だから、損と得を、ぴったり同じにする。それだけで、たいていの揉め事は、収まるのだ。
表が公開されると、部署は、静かになった。十二番から、短い連絡が届いた。〈……悪くない〉。それは、この部署における、最大級の賛辞だった。
藤原が、こっそり、私に言った。「十二番さんが、誰かを褒めたの、初めて見ました」。褒めたというより、否定しなかっただけだが。それでも、彼らにとっては、大きな一歩だった。




