第7話:秘密の城の家政婦
優奈の言葉が、俺の肉体をじわじわと蝕む毒のように作用していた。 「おもちゃを壊しても愛してくれない」 脳髄を痺れさせるような全能感のすぐ隣には、いつでもあの薄暗い実家の子供部屋に連れ戻されるのではないかという、暗い底なしの恐怖が口を開けて待っている。
俺には、絶対に揺るがない防壁――何者も侵入を許さない「秘密の安全基地」が必要だった。 そのためには、麗奈や舞衣のように派手に狂い、壊れていく劇薬ではなく、ただ影のように俺を支え、すべてを委ねる忠実な『手足』が必要だった。
白羽の矢を立てたのは、同じ大学の地味で目立たない女子大生、実音だった。
ボサボサの黒髪を低い位置で一つに結び、いつもアースカラーのくすんだパーカーを着ている彼女は、自己肯定感が完全に底をついていた。 自分には何の価値もない。誰からも必要とされていない――。 俺の観察力は、彼女のそんな「死に体の精神」を瞬時に見抜いた。
俺は彼女の前でだけ、いつもの完璧なキラキラとした王子様の笑顔を封印した。 代わりに使ったのは、「擦り減り、傷ついた孤独な天才」のペルソナだ。
ある雨の日の夕方。 誰もいない大学の裏口で、俺はひどく肩を震わせ、今にも倒れそうな様子で実音の前に現れた。
「……あ、実音さん。ごめん、ちょっと目眩がして……」
「えっ、大、大丈夫!? 雅人くん……!」
実音が慌てて俺の細い身体を支える。俺はわざと彼女の首筋に顔を埋めるように、重く寄りかかった。
「毎日、周りの期待に応えるために、完璧な僕を演じるのに疲れちゃったんだ。みんな、僕から何かを奪おうとするばかりで……。でも、実音さんの前だと、なぜか不思議と、呼吸が楽になるんだ……」
「雅人くん……私、私でいいの……?」
「お願い、実音さん。今夜だけでいいから……僕を君の温もりで包んでくれないか?」
自分には価値がないと信じ込んでいた実音にとって、大学中の憧れの的である俺が、自分だけに弱さを見せ、救いを求めてきたという事実、脳を焼き切るほどの強烈な快感(自己有用感)だったに違いない。 彼女は頬を真っ赤に染め、震える手で俺を抱きしめた。
その日から、親と整えた「真面目で安全なあのワンルーム」は、実音の献身によって完璧に維持される『秘密の城』となった。
実音は毎日部屋を掃除し、俺のために料理を作り、洗濯物を畳んだ。俺が他の女性と会っていることも薄々気づいていたはずだが、俺がその都度ささやく「ビジネス(FX)のための付き合いだよ。僕の本当に帰る場所は、実音さん、君の隣だけだ」という嘘の言葉を、狂信的に信じ込んだ。
さらに俺は、彼女を「共犯者」へと格上げした。
「実音さん。僕が親に提出しなきゃいけない完璧な生活報告メール、代わりに書いておいてくれない? 君の方が、僕のことをよく分かってくれているから」
「うん! 私、雅人くんのためなら喜んで!」
実音は、俺の親を騙すためのメールを代筆し、俺のペーパーカンパニーの書類整理や税金対策の作業を無償で、楽しそうにこなした。 彼女は「自分は他の安い女たちとは違う、彼の悪事を裏で支える本命のパートナーなんだ」という、一番深い『共犯者の沼』へと静かに沈んでいった。
俺は彼女の献身を吸い上げながら、親からタスクを押し付けられていた過去の関係を完全に逆転させている快感に浸っていた。 「相手が自ら進んで、喜びを感じながら奴隷のように尽くす」 この完璧な城がある限り、俺の王国は安泰のはずだった。




