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第6話:狂気のオーディションと崩壊の余韻

夏休み。大学が長期休暇に入り、麗奈も舞衣も、それぞれの重苦しい実家へと帰省していった。

だが、距離が離れたからといって、俺の調律の糸が緩むことはない。むしろ、毒親たちのいる閉塞的な環境に戻ることこそが、俺の支配を完成させるための最高のスパイスだった。

帰省中、俺は二人のスマートフォンへ、絶え間なく何気ないメッセージを送り続けた。


彼女たちが実家で親から言われた理不尽な言葉、押し付けられたルールを、俺はすべて聞き役となって回収し、言葉巧みにその傷を抉りながら、親へのヘイトを増幅させていった。

麗奈が実家の母親から「品行方正であれ」と激しく叱責された夜、俺はメッセージを送った。


『またそんな風に言われたんだね。……麗奈の良いところが、ご両親の歪んだプライドのせいで、全部押しつぶされちゃっている気がして、僕はすごく悲しいな。麗奈はもっと自由で、自分の美しさを誇っていいはずなのに』


舞衣が父親から「お前は何もできない子供だ」と過干渉された午後、俺は優しく囁いた。


『ご両親、ひどいな。その話、もし僕が直接聞いていたら、舞衣が言った通りの判断にするけどな。舞衣は誰よりも賢くて、僕の大事なパートナーなんだから、もっと自信を持っていいんだよ』


親と俺を、徹底的に比較させる。

親は抑圧し、俺は肯定する。親は支配しようとし、俺は救おうとする。

いつの間にか、彼女たちの頭の中では、実家の両親が「邪悪な看守」であり、雅人こそが「唯一の救世主」であるという絶対的な信仰が完成していた。

八月の終わり。帰省期間が明け、二人が東京へと戻ってきた。

俺はまず、麗奈に向かって、直球のナイフを投げた。


「実家、本当に大変だったね。麗奈の寂しそうな顔がずっと頭から離れなかった。……今すぐ、俺の部屋で会えないかな」


呼び出したのは、親の用意したワンルームではない。夏休みの間に手に入れた、あの大学近くの見栄えの良い新築マンションの一室だ。

メッセージを見た麗奈は、親の監視から逃れた解放感も手伝って、狂ったような速度で俺の新しいマンションへとやってきた。

オートロックを抜け、重厚なドアを開けた瞬間、俺は彼女の細い身体を強く抱きしめ、息もつかせぬほど深く、激しいキスを交わした。


「雅人……私、もうあの家には戻りたくない。あなたなしじゃ、息もできない……」


「わかっているよ、麗奈」


俺は彼女の耳たぶを噛み、ベッドへと押し倒しながら、悪魔の囁きを漏らした。


「――ちょっとだけ、ご両親を完璧に裏切っちゃおうか。僕たちの自由のために」


彼女は恍惚とした表情で、俺の身体に爪を立てた。医師の娘というプライドの籠を、自らの手でぶち壊す快楽に溺れながら。

...

そしてその数日後。俺は舞衣にも、全く同じ直球を投げた。


「会えなくて、ずっと寂しかった。……今すぐ、俺の新しい部屋に来てほしい」


舞衣は息を切らせて、同じ見栄えの良いマンションの部屋へと駆け込んできた。

玄関のドアが閉まる音と同時に、俺は彼女を背後から強く抱きしめた。


「雅人くん……! 私、私、あなたに会いたくて、お父さんたちの声がずっと頭の中でうるさくて……!」


「大丈夫だよ、舞衣。君はもう、ご両親の所有物じゃないんだ。もっと自分の気持ちを、前に出していいんだよ」


俺は彼女の涙を唇で拭い、そのまま激しく唇を重ねた。


「君の本当の気持ちを、僕に確かめさせてほしい」


俺はそう言って彼女をリビングのイタリア製ソファーへと誘い、その甘やかな身体を完全に暴いた。


「私は雅人くんのパートナー。お父さんたちの人形じゃない」という歪んだ自己有用感に満たされ、舞衣の瞳からは完全に理性の光が消え去った。

――調律は、ここに極まった。



美月という「資金源のハブ」に加え、麗奈と舞衣という「狂信的な信者」を得た俺の帝国は、いよいよその暴走を加速させていく。

だが、妹・優奈から突きつけられた「おままごと」という一言が、俺の脳の安全弁を完全に破壊していた。

夜が来るたびに彼女たちのぬくもりを感じても、彼女たちの口からほしい言葉をもらっても何も変わらない。


「おもちゃを壊しても愛してくれない」


その言葉を打ち消すために、俺は二人の少女に、かつてない過激な取引を持ちかける決断を下した。


「もう疲れたんだ。二人とも僕を愛してると言うけれど、結局は親の金を盾にして、僕を一番に選んでくれない」


俺は、あの大学近くの見栄えの良い新築マンションではなく、自分の部屋に、麗奈と舞衣の二人を同時に呼び出し、その嫉妬の狂気の中で「資金強奪オーディション」を開幕させた。

俺が彼女たちに提示したのは、ペーパーカンパニー名義で開設した、海外の法人口座を用いたFX取引だった。

法人口座の最大の強みは、個人口座とは比較にならない大容量のレバレッジ――「最大レバレッジ四百倍」という超極限の取引が可能なことだ。


「これなら、一瞬でこれまでの損失を取り戻し、ご両親から経済的に完全に独立できる。……けれど、少しの価格変動で、すべての資金が文字通り一瞬で消え去る。僕を信じるか、親の元へ戻るか。今ここで選んでほしい」


さらに俺は、あえて「近々、政府・日銀による為替介入が入る」という観測が市場で極めて濃厚に囁かれていた、ドル・円相場の最前線を選択した。

為替介入が実施されれば、相場は一瞬で数円規模で急落する。そんな狂気の暴風雨が近づいている局面で、俺は彼女たちに、介入と逆行する「ドル買い(ロング)」のポジションを全力で取らせた。

それは、為替が「わずか1円」下がっただけで、証拠金維持率がゼロになり、強制ロスカットによって全資産が即座に溶けて消える、文字通りの自殺行為だった。


「証明する。私、雅人のためなら、何だってするよ……! お父さんの病院のお金だって、全部持ってくる……!」


麗奈は、父親である医師の個人口座、病院の運営資金の隠し口座から、複数回に分けて数千万円の資金を横領し、法人口座へ注ぎ込んだ。


「私だって! お父さんたちなんかより、ずっと雅人くんを……! 会社の権利書だって、雅人くんに全部あげる……!」


舞衣は、実業家の父親の書斎から権利書を盗み出し、それを担保に調達した数千万円の資金を口座へと注ぎ込んだ。

二人の少女が狂乱し、破滅の底へと向かって泥沼の競い合いを繰り広げる。

そして俺の思惑通り、突如として政府・日銀による大規模な円買い為替介入が市場を直撃した。

ドル・円チャートは垂直落下し、一瞬にして1円を遥かに超える大暴落を記録した。

最大レバレッジ四百倍で限界まで膨らんでいた彼女たちのポジションは、システムによる強制ロスカットの警告を鳴らす暇すらなく、一瞬にして強制決済された。

数千万円、あるいは親たちの社会的地位の象徴だった資産が、一瞬にして電子の海へと溶けて消え去った。


「うそ……? 消え、た……? 全部、お父さんの、病院の、お金が……」


麗奈が、血の気の引いた顔でへたり込む。


「あ、あ、あああ……っ! どうしよう、お父さんに殺される、私、どうしたら……!」


舞衣は髪を振り乱し、狂ったように床に爪を立てて泣き叫んだ。

人生の完全な崩壊。親からの制裁、警察の捜査、世間からの追放。

地獄の淵に立たされ、過呼吸を起こしながら絶叫する二人の前に、俺は静かに膝をついた。

二人の絶望と絶叫。それを全身で浴びることで、俺は自らの歪んだ支配欲を満たし、優奈に植え付けられた恐怖を一時的にかき消そうとしていた。


だが、どれほど彼女たちを壊し、破滅させても、心の渇きは一ミリも癒えなかった。

(そうだ。壊すだけでは足りない。彼女たちにとって、僕が『唯一の神』でなければならないんだ)

俺は、すっと表情から「貼り付けた笑顔」を消した。代わりに、この世の誰よりも優しく、慈愛に満ちた表情を浮かべて、床に崩れ落ちた麗奈と舞衣の肩に、そっと手を置いた。


「――ごめんね。二人の『本気の覚悟』が、どうしても知りたかったんだ」


「え……?」


麗奈が、涙と鼻水で汚れた顔をゆっくりと持ち上げる。舞衣も、狂乱した瞳を泳がせながら俺を見つめた。

俺はスマートフォンの画面を操作し、彼女たちの前に差し出した。

そこに表示されていたのは、彼女たちが注ぎ込んだ法人口座とは別の、同じペーパーカンパニー傘下に俺が内密に作らせていた『もう一つの口座』の画面だった。


「実はね、二人が注ぎ込んでくれた金額の半分と、僕のなけなしの手金を使って、裏で全く逆のポジション――円買い(ショート)を全力で建てていたんだ」


画面に表示された、凄まじい額の利益プラス

ドル・円の一円以上の大急落によって、超ハイレバレッジをかけた俺の裏口座には、彼女たちが失った金額を完全に補填し、お釣りが来るほどの巨額の利益が転がり込んでいた。


「大丈夫だよ、二人とも。僕がこのお金を使って、麗奈のお父さんの病院口座にも、舞衣のお父さんの会社にも、何事もなかったように金を戻しておく。警察が動くことも、二人が犯罪者として追われることも、絶対にさせない」


「あ、雅人……くん……?」


舞衣が、信じられないものを見るように俺を見つめる。


「でもね、僕は、すごく不安だったんだ」


俺は二人の首筋を愛おしそうに撫で、耳元で熱く、どこか切なげな声を響かせた。


「二人が、飾られた僕じゃなくて、こんな歪んで泥だらけの、ありのままの僕を受け入れてくれるのか……。怖くて、試すようなことをしてしまった。本当にごめんね。でも、これで分かったよ。二人は、すべてを捨ててまで僕を愛してくれた」


俺は麗奈の涙を親指で拭い、舞衣の震える唇に軽く口づけを落とした。


「これからは、二人の親のお金じゃない。僕が新しく作った、この『秘密の口座』に眠る自由なお金で、僕たちだけで生きていこう。……もう、誰も僕たちをカゴに閉じ込めることはできないよ。信じてくれるよね?」


「うん……っ! 信じる、信じる、雅人……! あなたが私の神様よ……!」


麗奈は、絶望のどん底から一瞬で天国へと引っ張り上げられたあまりの衝撃カタルシスに、狂ったように俺の膝にしがみつき、ボロボロと大粒の涙をこぼした。


「雅人くん、雅人くん……! ごめんなさい、疑ったりして……! 私は雅人くんのお人形になる、雅人くんがいないと生きていけない……っ!」


舞衣もまた、全身の力を抜いて俺の胸へと倒れ込み、激しく嗚咽した。

失ったはずの人生を救ってくれた「絶対的な救世主マッチポンプ」。

絶望と救済の極限の往復運動によって、彼女たちの脆弱な精神の壁は完全に粉砕された。

麗奈も舞衣も、もはや自立した人間としての思考能力を失い、俺の一挙一動に、呼吸の一拍にまで魂を従属させる、完全な狂信者(奴隷)へと生まれ変わった。

脳が痺れるほどの、圧倒的な支配。

しかし――。

ガチャリ、とリビングのドアが開いた。

施錠していたはずのドア。だが、そこには鍵を持っているはずのない優奈が、やはりあの飾り気のない姿で立っていた。

優奈は、俺の足元で這いつくばって涙を流す麗奈と舞衣を一瞥し、何の感情も交えない、凪いだ瞳を俺に向けた。


「お兄ちゃん、おもちゃを壊して、そのあとで優しく直してあげても――お父事とお母さんは、お兄ちゃんを愛してくれないよ」


俺の呼吸が、完全に止まった。

脳の最も奥深く、一番見られたくない汚泥を、彼女はやはり、あまりにも簡単につまみ上げて見せたのだ。


「帰ってくれ……優奈。僕の世界から、出ていけ……!」


俺は声を震わせ、仮面が剥がれかけるのを必死で押さえながら叫んだ。

優奈は哀れむような、しかしすべてを理解した冷たい視線を残し、静かに部屋を出て行った。

大学内では、麗奈と舞衣の突然の変貌と、俺を「美しい悪魔(沼)」と恐れ、同時に狂信的に憧れる噂が、不穏に広がり始めていた。


お読みいただき、本当にありがとうございました!


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