閑話集2:妹は兄の罠を鮮やかにすり抜ける
④ 「重たいプライド」の代償
「優奈、これ。今季の新作だ。君の服には少し地味かもしれないけど、これを持つだけで印象がガラッと変わる。……お兄ちゃんからのプレゼントだよ」
雅人は、優奈の机に最高級ブランドの紙袋を置いた。優奈は目を丸くするどころか、中身を確認し、すぐに興味を失ったかのように袋を閉じた。
「……雅人お兄ちゃん、これ、いくらするの?」
「値段なんて気にするな。君が持てば、その価値以上の輝きを放つ」
「私には重すぎるよ。ねえ、これ売ったら何人分のご飯になると思う?」
翌日、雅人はフリマアプリで売却された自分のプレゼントを目にする。雅人は怒りを押し殺し、優奈を問い詰めた。
「どういうつもりだ。僕の厚意を、あんなゴミ同然に換金して……」
「ゴミじゃないよ。児童養護施設の子たちの、数ヶ月分の食費になったんだから」
優奈は澄んだ瞳で微笑む。「お兄ちゃんの『重たいプライド』より、誰かのお腹を満たすパンの方が、私にはずっと価値があるの」
⑤ 人間関係の破壊工作を「慈悲」で無効化
「優奈、聞いたよ。サークルの皆、君のこと、かなり危険視してるみたいだね。あんな裏切り者たちと関わるのはやめた方がいい」
雅人は親友を使い、優奈を孤立させようとしていた。しかし、事態は雅人の想定を超えて動く。優奈は一人で待機していたその親友を呼び止めた。
「雅人お兄ちゃんから、何て言われたの? 仲の良い私を裏切れば、就活の口利きをしてあげる、とか?」
親友は顔を青ざめさせ、震えた。優奈は彼女の手をそっと握る。
「大丈夫だよ。……無理して合わせなくていいんだよ。お兄ちゃんが言った通りに動かなくても、私はあなたのことを責めないから。もう、お兄ちゃんの言うことに従わなくていいよ。もう苦しまなくていいんだから」
「……優奈、どうして、そんなに優しく……」
「だって、雅人お兄ちゃんに利用されるのって、すごく疲れるでしょう? 私、先に抜けるから。あとは自由にしていいよ」
雅人は遠くからその光景を見ていた。自分の仕組んだはずの「破壊」が、優奈の「許し」という力で、雅人本人を孤立させる結果として返ってきたのだ。
⑥ 敗北の看病
投資の失敗が重なり、雅人は過呼吸で床に倒れ伏していた。予備の鍵で入ってきた優奈は、暴れる雅人の髪を静かにかき上げ、背中をさすり始める。
「……帰れ、優奈。誰に頼んで入ってきた!」
「誰も頼んでないよ。ただ、お兄ちゃんが壊れそうだったから。……まだ、100点取らなきゃって思ってるの?」
「黙れ……! 僕の計算は間違っていない。市場が狂ってるだけだ。君みたいな子供に、何がわかる!」
雅人の叫びは震えていた。優奈は涙を浮かべながらも、どこか冷めた声で告げる。
「お兄ちゃん、お父さんとお母さんはもういないよ。いつまで、いない人に褒められようとしてるの? 誰も怒ってないよ。誰も、お兄ちゃんに完璧なんて求めてない」
雅人の支配欲という鎧が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
「……僕を、惨めだと言いたいのか」
「違うよ。ただ、そろそろ『お兄ちゃん』という役を降ろして、人間として休んでほしいだけ」
雅人は鏡のような瞳で彼女を見つめた。支配しようとしていたはずの妹に、自分の内側の空洞をすべて見透かされている。雅人は絶望的な敗北感と共に、喉の奥で嗚咽を漏らした。




