閑話集1:彼の手口
① 君の指で、未来を掴んで
「僕の名義だと、親に口座を常に監視されてるから、投資なんて夢のまた夢なんだ」
雅人はそう言って、肩を落とす「か弱い少年」を演じた。
美月は、その華奢な肩を抱きしめたくなる衝動に駆られる。この才能ある少年が、親という名の重石に押さえつけられていることが許せなかった。
「……じゃあ、私の口座を使いなさい。雅人くんの分析なら、絶対に間違いないんでしょ?」
雅人は首を横に振る。
「いや、それはできない。僕が直接操作して損をしたら、君に一生顔向けできない。……でも、もし君が僕の分析を信じて、君自身の指でボタンを押してくれるなら、それは僕たちの共同作業だ。君が主体となって、僕たちの未来の資金を生み出す。……君の手で、僕をこのカゴから連れ出してほしいんだ」
美月は震える指で、スマートフォンの購入ボタンをタップした。
画面に表示された利益の数字。それは「雅人に言われたから」ではなく「私が雅人を救うために稼いだ」という強烈な全能感に変換された。
一度その「自分の指で運命を変える」快感を知った美月は、雅人の指示なしでは空っぽの生活に耐えられなくなった。
② 僕を信じきれなかった君のせい
「……言ったはずだよ。あの局面では、迷わず損切りすべきだって」
舞衣は冷え切った部屋で、雅人の言葉に顔を覆った。
先ほどの取引で、雅人の助言をわずかに疑い、一瞬判断を遅らせた結果、彼女は親から預かっていた数百万の資産を溶かした。
「ごめん、ごめんね雅人くん! 私が馬鹿だったの。私が、あなたの言葉を信じきれなかったから……!」
雅人は冷たい瞳で彼女を見下ろし、それから溜め息をついて優しく頭を撫でた。
「責めてるわけじゃない。君を失うことが一番怖いんだ。……でも、この損失は重いね。僕を信じて、もう一度だけ資金を用意できる? 次こそは、君のその手で、すべてを取り返そう」
舞衣は泣きながら頷いた。
「なんとかする。お父さんの口座から……いや、なんでもする。だから、また私を導いて!」
失った金と、雅人の信頼。それを取り戻すという目的が、彼女の人生のすべてを塗り潰した。彼女はもう、損失を埋めるための手段としての自分にしか価値を見出せなくなっていた。
③組織の命運を預かる参謀
「役員会、大変だったね。……君の有能さを嫉妬する連中なんて、消えてしまえばいい」
冴子は雅人の胸元に顔を埋め、深く安堵の息を吐いた。
一族企業の重圧、親族からの冷たい視線。そのすべてから唯一逃れられるのが、この少年の前だけだった。
「この非公開の合併情報、雅人くんの分析だと裏目に出るの?」
雅人は複雑なグラフを彼女に見せ、囁く。
「そうさ。このまま進めば君の立場は危うい。だから、僕が指定するペーパーカンパニー経由で空売りを仕込んでおこう。会社が傾いても、君の手元には数十億が残るように守ってあげる。……君を守れるのは、この世界で僕だけだよ」
冴子は、雅人を「自分を理解し、守ってくれる唯一の存在」だと確信した。
組織の命運を預け、自らの手を汚すことで、彼女は雅人という「ゆりかご」から一生出られない檻へと自ら入っていったのである。




