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第10話:笑顔の王と、消えない飢え

「大学の卒業と、有名企業の役員就任、おめでとう、雅人! さすが我が家の長男だ!」


都内最高峰の超高層ホテルの最上階。 夜景が一望できる、会員制高級レストランのスイートルーム。 円卓の席で、両親は満面の笑みを浮かべ、俺をこれ以上ない言葉で称賛していた。


「あんな伝統ある一族企業の経営陣に加わるなんて、お父様もお母様も、鼻が高いよ。私たちの教育は間違っていなかったんだね」


「ありがとう、お父さん、お母さん。すべては、僕を長男として厳しく育ててくれたおかげだよ」


俺は色白で鼻筋の通った完璧な顔に、かつて実家で見せていた「100点満点の、貼り付けた笑顔」を浮かべ、ワイングラスを傾けた。

俺の隣には、完璧に手なずけられた冴子が、まるで従順な秘書のようにかしこまって付き従っている。 親のエゴを、俺は笑顔で肯定し続ける。 親は、目の前の贅沢な料理と、息子が手に入れた「目に見える完璧な成功ステータス」に完全に目を眩まされ、盲目的な陶酔の中にいた。


(滑稽だな、お前たち)

ワイングラスの揺れる赤い液体越しに、熱狂する親の顔を見つめる。 俺の心の奥底では、黒い、ドロドロとした愉悦が渦巻いていた。

(お前たちが今、拝んでいるのは、お前たちの歪んだ教育の成果なんかじゃない。お前たちへの深い憎悪と復讐心から生まれた、最悪の『化け物』だ。一生、俺が作った偽物の箱庭の中で、俺を最高の息子だと崇拝しながら、俺の掌の上で褒めたたえ続けろ)


物理的に殺す必要などない。 「完璧な息子」を演じ続けながら、一生、自分の手のひらの上で騙し、躍らせ、飼い殺す。 これこそが、俺の脳が弾き出した、最も冷酷で芸術的な復讐ざまぁの完成だった。

しかし――。 その陶酔に酔いしれる俺の視線の先に、優奈がいた。


両親がワインを飲み、息子の成功に狂喜乱舞している中、優奈だけは一切の料理に手をつけず、ただ静かにグラスの水を凝視していた。 著しく成長していく兄の悪の帝国に、優奈はただ静かに佇む。 そして、ふっと顔を上げ、俺と目が合う。

優奈の澄んだ瞳は、やはり1ミリも騙されていなかった。 『お兄ちゃん、良かったね。お父さんとお母さんを、完璧なおもちゃにできて』 言葉にせずとも伝わってくる、哀れみと、すべてを理解した冷たい諦めの視線。


「くっ……」 俺の、グラスを持つ右手が、ほんの一瞬だけ、微かに震えた。 世界を、親を、企業を支配した笑顔の王は、この妹という「バグ」だけは、一生支配できないのだという事実を、突きつけられていた。

ディナーが終わり、ホテルのロータリー。 俺は両親を丁寧に見送り、満面の笑みでタクシーのドアを閉めた。 「最高の息子だ!」と手を振る親を見送った後、俺は隣にいる冴子に、冷徹なビジネスの顔に戻って告げた。


「冴子さん、明日は大学時代の部屋の解約立会いがあるんだ。一人でケジメをつけたいから、あなたは先に戻っていて」


「ええ……わかったわ、雅人」 冴子は従順に頷き、お抱えの運転手の車に乗って去っていった。

すべてを送り出し、静寂が訪れた夜のロータリー。 街灯のオレンジ色の光が、アスファルトを冷たく照らしている。 俺はゆっくりと肩の力を抜き、あの美しく冷酷な「貼り付けた笑顔」を消し去った。

振り返ると、そこにはリュックを背負ったままの優奈が、ぽつんと佇んでいた。 2人の視線が、静かに交錯する。


「お兄ちゃん」 優奈の声は、これまでで一番小さく、かすかに震えていた。 「これで満足した……?」

怒りも、軽蔑もない。ただ、どうしていいか分からないといった、哀切に満ちた問いかけ。


「お父さんもお母さんも、お兄ちゃんが作った嘘の箱庭の中で、一生お兄ちゃんを崇拝し続ける。お兄ちゃんはすべてを支配して、勝った。……でも、本当にこれで良かったの?」


いつもなら、鼻で笑って論破していただろう。 だが、すべての復讐を成し遂げ、明日、あの「親の呪縛の残る部屋」を引き払うという人生の境界線にいる俺は、あまりの虚無感に、仮面を貼り直すのを忘れてしまっていた。

色白で鼻筋の通った顔が、街灯の下で、かつて暗い子供部屋で我慢を強いられていた「あの頃の怯える男の子」の表情に戻る。


「……満足なんか、するわけないだろ」


ぽつりと、俺は生まれて初めて、本音を漏らした。 視線は、両親が去っていった暗い夜の闇の向こうを見つめたまま。


「あいつらがいくら俺を褒めちぎっても、あいつらが崇拝してるのは『俺の作り出した偽物の操り人形』だ。俺が本当に欲しかったものは……あいつらの手からは、何ひとつ与えられなかった。そして、もう二度と手に入らない」


俺が本当に欲しかったもの。 それは、優奈が生まれながらに持っていた、「長男だから」という条件なしの、ただ一人の子供としての「無条件の愛」だった。

どれだけ大金を稼ごうが、どれだけ女性を、企業を支配しようが、過去は変えられない。親の歪んだ脳を本物に変えることもできない。 すべてを支配した王は、自分が「永遠に満たされない呪い」にかかっていることを、一番認めたくない妹の前でだけ、吐き出してしまった。

優奈は何も言わなかった。 ただ、そんな俺を静かに見つめ返していた。 慰めることも、抱きしめることも、彼女はしない。それが俺を一番傷つけると、彼女は知っているから。


俺は自嘲気味にフッと笑うと、ポケットからスマートフォンを取り出し、画面をタップした。 液晶の光が、俺の死んだ瞳を照らす。画面には、明日から始まる「次の支配」のための、冷徹な市場分析のデータが映し出されていた。

俺は、一瞬にして、最高に美しく、冷徹な「貼り付けた笑顔」を完璧に作り直した。


「帰ろう、お前も。……明日は、あの目障りな部屋を、すべて消し去る日だから」


俺は優奈に背を向け、一人で夜の街へと歩き出す。

一生騙され続ける両親と、俺を崇拝する奴隷たちを従え、俺はこれからも、絶対的な支配者として君臨し続ける。 自分の心の奥底にある、消えない飢餓感を、笑顔の仮面で隠したまま―


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


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また次の物語でお会いできることを楽しみにしています。本当にありがとうございました!

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