第61話
魔法憲兵本部で議論を重ねた結果、条件付きでシャルロットと黒幕ヨハンナの面会が許可された。
「本当ですか!?」
「た・だ・し! 期日までにしっかり魔法使いとしての試験を突破する必要があります」
以前と同様、書斎を借りてエリックは言う。
《面談と、実地試験よね。ヨハンナがこちらへ来るまでの間にクリアすればいいの?》
「簡単に言えばそうです。ただし、時間がないので一発勝負となります」
「一発勝負」
言葉を繰り返すシャルロットにエリックも頷いた。
「はい。ご存知のように、ヨハンナの捕縛や護送のために多くの人手が割かれています。また、無事に逃げられたフレイジーユ在住の魔法使いたちや一部の住人が、一時的にラシガムへ避難してきますので、彼らの護衛も請け負っています。道中で用心棒を雇って、一部の憲兵が一足先に帰還する手はずも整えているようです」
《あら、じゃあ例の用心棒の方たちとも会えるかしら?》
「彼らがこの近辺にいれば、あるいは。でもだからこそ、ヨハンナの護送は最速で行われています。普段は使わない魔法での船体スピードの向上なんかもしているそうですからね」
「……そうですよね。一般の方々と犯罪者を同じ船に長期間乗せるわけにはいきません」
「話が早くて助かります。それでも護送に一ヵ月と二週間。避難者受け入れの準備を合わせれば、シャルロットの面会準備等に割ける時間は一週間ほどです」
《それはたしかにギリギリね。ということは、日程も決まっているのかしら?》
「はい。来週の朝九時から面談を行います。そこで合格したら、お昼を挟んで午後に魔法の試験を行います。精霊はこちらで呼びかけた有志の方を、一般の証人はうちの家族にお願いします」
「魔法憲兵の家族ってありなんですか?」
「なしです。ですが時間がないので、今回のみの救済措置です。ボランティアの募集から選定までしている時間が本当にないので」
《ああ……そうね。うっかり口出ししないように耐えられるか、とかね》
遠い目をしたロゼットに、エリックが苦笑交じりに頷く。
「ええ、そこは正式な試験とほぼ変わりません。こちらも身内の欲目は抜きにしてもらうよう、よく言い聞かせますので」
「はい。よろしくお願いします。ところで、面談の内容はお聞きしてもいいのでしょうか」
「そこはカンニングになるので俺の口からは言えません。ですが、今後も良き魔法使いとして生きていく気持ちがあれば、そう緊張せずともクリアできますよ」
◆ ◆ ◆
一週間が過ぎた。
魔法憲兵本部の取調室を一つ使って、シャルロットの面談は行われる。
「では、俺は外で見張りをしています。ロゼットさんもここで待っていてくれますか」
《わかったわ。シャーリー、頑張ってね》
「はい、お母様。エリックさん、行ってきます」
「ご武運を」
お守りとして、シャルロットはデートの日に交換したイヤリングをつけている。両耳にそのわずかな重さを感じながら、ドアをノックした。
「はい」
ドアの向こうから声がする。
「失礼します」
そう言ってドアを開けた。
室内は面談用に少しだけ変えられていた。普段の取り調べで使う小さな事務机は隅に置かれ、代わりに長机が二つ、奥に置かれている。そこに筆記具を置いてこちらを見つめるのは三人の魔法憲兵。年配の男性、中年の男性、そして妙齢の女性だった。
彼らと向かい合うように、椅子が一脚だけぽつんと置かれている。
そこに座らず、横に立ってシャルロットは礼をした。
「本日は、よろしくお願いいたします」
「うん、よろしく。ではかけたまえ」
「はい」
シャルロットが座ると、早速質問が飛んできた。
「名前をフルネームで」
「シャルロット・ド・アルヴァリンドと申します」
「出身は?」
「フレイジーユ王国です」
「両親の名前は」
「父をウォーゲン、母をロゼットと言います」
「魔法使いだったのはどちらかな?」
「母です」
「魔法の教育を受けたことは?」
「ほとんどありません。精霊を見る訓練は、ラシガムへの護送中に始めました」
「では、それ以前に魔法を使用したことは?」
「あります。ほぼ毎日」
「なぜ?」
「心の安寧を守るためです」
「安寧……」
そこで質問が止まった。矢継ぎ早の質問から解放されて、シャルロットは静かに息を吐き出す。
「君の経歴は知っている」
おもむろに、魔法憲兵の一人が言った。
「だが、もっと早いタイミングでこちらに亡命することはできただろう? なぜしなかったのだね?」
その目に意地悪そうな感情はない。いたって真剣だ。
「……否定はしません」
だから、シャルロットも真剣に返した。
「少し期待していたのです。家の者たちがどれほど私を嫌おうとも、私を好いてくれる人はいると。その期待や希望を手放せなかったために、ここまで遅くなってしまいました」
「……後悔しているかね?」
「いいえ。希望を捨てるのに必要な時間でした。だから私は、誰にも期待しませんでした。自分一人の力で生きて行こうと。……厳密には、未契約でも守ってくださった母や、他の精霊の方々に支えられながら、ですが」
「その気持ちに、今も変わりはないかね?」
「いいえ」
シャルロットはきっぱりと答えた。魔法憲兵たちの目が鋭くなる。
彼らがなにかを言う前に、シャルロットは続けた。
「手を差し伸べてくれた人がいました。私をちゃんと見てくれる人に出会いました。知らなかったことをたくさん教えてくれた人たちがいます。応援してくれる人も……っ」
不意に涙がこみ上げてきた。慌てて天井を睨んで、目の奥に引っ込ませる。
――そうだ。自分をきちんと見てくれた人は、こんなにたくさんいるじゃないか。
「どうしました?」
「……いえ、失礼しました」
涙をぜんぶ飲みこんで、シャルロットは魔法憲兵たちを見た。
息を整える。
「王都を出て、私は初めて他人を知りました。悪意以外のものを知りました。それを教えてくれた人たちに恥じる自分にはなりたくありません」
「……ふむ。具体的には?」
「魔法使いの娘として生まれたからには、良き魔法使いとして、何者にも恥じない生き方を目指します」
「隠蔽魔法は今後、使うかね?」
「身の危険を感じたのならば。しかし、傷ついたからと言って安易に使うつもりはもうありません」
「…………」
三人の魔法憲兵が、互いの顔を見て頷き合った。
「ありがとう。面談はこれにて終了だ」
「ありがとうございました」
椅子から立ち上がって礼をするシャルロットに、年配の魔法憲兵が近付く。
「君の心意気、たしかに確認させてもらった。午後の試験も励むように」
「はい。……え?」
驚いて顔を上げたシャルロットに、魔法憲兵はにこりと笑った。
「合格だよ。外の彼にもはやく報告してあげなさい」
「は、はいっ。ありがとうございます」
大きく頭を下げて、シャルロットはわたわたしながら部屋を出た。
「え、エリックさん」
「シャルロット、挨拶!」
「えっ、あっ、し、失礼しました!」
小声でエリックに言われ、慌ててもう一度礼をしてからドアを閉める。
「それで、どうしました?」
「ご、合格だと」
「えっ、マジで?」
「はいっ」
「すごいじゃないですか!」
《やったわね、シャーリー!》
「はい!」
ハイタッチした勢いで二人は手を握り合う。
「はやくエリックさんにも報告してあげてと、お年を召した憲兵さんに言われました」
「へえ……え?」
エリックが石像のように固まり、続いてぎこちなくドアの方を見る。
彼がおもむろにドアを開けると、にこにこにやにやした表情で魔法憲兵たちが立っていた。
「……長官。どういう意味ですか?」
「いや、鎌をかけたつもりだったが、お嬢さんには通じていなかったようだな。で、その反応から見るに、どうやら当たりかな?」
「先に言っておきますけど、公私はちゃんと分けていましたからね!?」
「それ自分で墓穴掘ったって自覚ある?」
中年の魔法憲兵に突っ込まれ、エリックがうずくまる。
「あとねー、嬉しいのはわかるけど、そのイヤーカフに触ってにこにこしていたら誰だってわかるわよ。この子に会ってすぐに気付くくらいには」
女性の魔法憲兵が自分の耳を触ってアピールした。さらに年配の魔法憲兵がとどめを刺す。
「ちなみに、同僚の中じゃすでにお相手のことも気付いている奴が多いからな」
「追い打ちかけないでくださいよー……」
か細い声でエリックが鳴く。シャルロットがおろおろしている横で、三人はにこやかに笑う。
ロゼットは空中を転がりながらサイレントで笑っていた。




