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消えろと言われたので消えました  作者: 長久保いずみ


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第62話

 耳まで真っ赤にしたエリックと笑い転げるロゼットを連れ、シャルロットはお昼を軽く済ませる。満腹で苦しいと、なんとなく試験で不利だと感じたからだ。


《あー、笑った、笑った。普段の爽やかさが台無しねえ》


「からかわないでくださいよ」


 エリックが苦い顔で返す。本部へ戻る道すがら、シャルロットは彼の顔を覗き込むようにして訊ねた。


「あの、エリックさん。本当にお昼食べなくてよかったのですか?」


「食欲がなかったので。紅茶を貰えただけで十分ですよ」


「そうですか」


《試験が終わったらご馳走なんだし、いいんじゃない?》


「これで不合格だったら、ちょっと気まずいですね」


「そこはシャルロットが気にするところじゃありませんよ」


《そうそう。……あら、みんなも来たみたいね》


 ロゼットが視線を向けている方を見やれば、ぞろぞろとこちらにやってくるジャネットたちが見えた。リアムの姿が見えないのは、仕事の都合がつかなかったためだ。


「あ、シャルロット! 面談どうだった!?」


「無事に合格しました」


「「よかった~!」」


 ジャネットとエミリーが我がことのように喜ぶ。


「次の魔法試験は、あちらの空き地でよかったのよね?」


「そう。開始前にも言われると思うけど、余計な口出しはしないでくれよ」


「わかってるよ~!」


「どーだか。エミリー姉ちゃん、この間二人のいい雰囲気ぶち壊したんだろ?」


「あれは誰だって突っ込むわよ!」


《はいはい、ぐだぐだ言っていないで会場に行くわよ》


 ロゼットが手招きした。


 会場となるのは、本部の裏手にある空き地だ。本部の陰に隠れてしまいがちだが、今の時間は日差しがしっかりと降り注がれている。


「お、来たね」


 面談をした三人の魔法憲兵がすでに待っていた。


「では、一般証人の皆様もこちらへ。それからエリックとロゼットさんも」


「はい」


《行ってくるわね、シャーリー》


「はい、お母様」


 シャルロット以外の全員が本部側の端に立ち、彼女は空き地の中央に取り残される。


「試験はいたってシンプル。我々が呼んだ精霊と契約し、安全に魔法を行使すること。その間、一般証人の皆様は黙ってその行方を見守っていただきます。少しでも受験者の有利不利になる言動があれば、受験者は即時失格となります」


「うわ、キッツ……」


「エミリー、本当にお口閉じていなさい」


「うん」


 ジャネットの忠告を受けて、エミリーが両手で口を塞いだ。


 年配の魔法憲兵がシャルロットに呼びかける。


「シャルロットさん、準備はいいですか?」


「はい。いつでもお願いします」


「では、開始します。……お願いします!」


 魔法憲兵が上空に向かって呼びかける。


 ひゅう、と風が吹いたかと思うと、上から四つの影がシャルロットを取り囲むように降りてきた。


《やあ、初めまして! 僕と契約してくれるのは君かい?》


《一緒に遊びましょう?》


《俺と契約しようよ! 素敵な旅に連れて行ってあげられるぜ?》


《初めまして。あなたのお名前を伺っても?》


 口々に語りかける精霊たちを前に、シャルロットは目を白黒させる。


「お、お待ちください!」


 だが、すぐに両手を突き出して精霊たちの言葉を止めた。


「まず、呼びかけに応えて下さりありがとうございます。私と臨時契約を結んでいただけるということですね?」


《その通り!》


《はやく名前を教えて?》


「その前に、皆様が使える魔法をお教えいただけますか? なにぶん、魔法を使うのは久しぶりなのです。どのようなものかわかっていれば、心の準備ができます」


 ここで反応が分かれた。


《ああ、そういうこと。僕は浮遊が使えるよ。雲のようにふわふわとね》


《え……っとねえ~……。ひ、光かなぁ~?》


《俺はねえ、契約してからのお楽しみ! そっちの方がワクワクするだろ?》


《私は水が使えますよ。ここは日当たりも良いですし、試しに虹を出してみませんか?》


 素直に答える者、明らかに動揺する者、はぐらかす者、提案する者。バラバラの反応にシャルロットは頷く。


「そうですか」


《ねえねえ、はやく契約しようよ~。あ、先に名乗った方がいい? 僕は――》


「いいえ、結構です。この場にいる方とは、契約しません」


「「《《えっ?》》」」


 精霊と人間、両方から声が上がった。声を上げたらしいエミリーとオスカーが慌てて口を塞ぐ。だが憲兵たちがなにも言わないから、セーフのようだ。


《ちょっ、ちょっと待ってくれ! 俺たちは君と契約がしたくてここに来たんだ》


「存じております」


《せめて理由を聞かせてちょうだい? 気分がすぐれないの?》


「いいえ。どんな方と契約して魔法を行使できるか、楽しみにしていたくらいに良好です」


《ならどうして……》


「皆様が嘘つきだからです」


《《《《……え?》》》》


 精霊たちが固まった。


「人は嘘をつく時、わかりやすい人から無意識で注意しなければならないレベルまで一定の動作をします。しどろもどろになる方や、大げさな身振り手振りをする方はとてもわかりやすいですね」


《うっ》


 光が使えると言った一人が手で胸を抑える。はぐらかした一人は明後日の方向を向いて口笛を吹いた。


「それから、目が泳ぐ方。平静を装っていますが、内心は焦っております」


《まあ……そんなにわかりやすかったかしら》


 水が使えると言った一人が自分の頬を両手で押さえた。


「それから、最初からぐいぐい来ていたあなた」


 シャルロットが最後の一人と向き合った。


「こちらとの話し合いを放棄しているかのように見えました。言葉をまくしたてて相手に考える隙を与えず、思い通りに動かそうとしているようです」


《そ、そんなことないよ! 疑うなんてひどいなあ。第一、僕らはそこの魔法憲兵さんたちに呼ばれて、ここに集まったんだ! 君を騙す理由がある?》


 それに対しては、他の三人もうんうんと頷いた。


「そこは私も疑いました。契約をさせない試験なんてありえません。……ですが、この試験の条件は『安全に魔法を行使する』こと。魔法の悪用を禁じるなら、悪意を見分けられなければ話になりません」


《そ、それは……》


「私は、すぐに他人を信じられません。嘘をついてまで契約を迫ろうとするあなた方にはなおさらです。……ああ、そうか」


 ふと、シャルロットは忙しなく辺りを見回し始めた。あっちへこっちへきょろきょろと歩いていく。


「シャルロットちゃん、どうしたんだろう?」


「さあ……」


 ジャネットがフローラと小声で囁き合う。


《お嬢ちゃん、どうしたんだい?》


 うろうろしだしたシャルロットへ、精霊たちはおろおろしながらも声をかける。


「いえ……魔法憲兵が正確な人数をおっしゃっていなかったので、もしかしたら五人目がいるのかもと思いまして」


《えっ、なんでわかっ……!》


《バカ!》


 口を滑らせた精霊の口を、別の精霊が塞ぐ。それを誤魔化すように他の二人がわざとらしい咳払いを何度もした。


《あー、ゴホンッ、ゴホンッ》


《エホンッ、エホンッ。……ケホッ》


 無理して喉が詰まった精霊を気にして、シャルロットは顔を上げる。


「だ、大丈夫ですか?」


《お気遣いなく》


 手の平を見せて礼を言った精霊から視線を逸らして、


「……?」


 慌てて視線を戻した。


 正確には、彼女たちの向こう側。


 そこには魔法憲兵たちが立っている。今の時間、ちょうどそこは日陰になっていた。


 真剣にこちらを見つめる彼らの隙間から、一つの影が覗く。


 親の影に隠れるように、魔法憲兵の後ろから顔を出したり引っ込めたりしている。年若い……それこそシャルロットと数歳しか違わない女性のように見えた。


「いた」


《あ、お嬢ちゃん!?》


 シャルロットはまっすぐ歩きだした。精霊たちの声も届かない。


 ずんずん距離を詰めるシャルロットに驚いて、その影はぴゃっと引っ込む。


「どうしました、シャルロットさん?」


「すみません。後ろにいる方と話をさせてください」


 そう言って、シャルロットはその場に膝をついた。


「初めまして。驚かせてごめんなさい。さっきからこちらを見ていたので、気になって声をかけました」


 シャルロットがそう言うと、魔法憲兵の後ろから少女がそっと顔を出す。


「精霊の方でお間違いないですか?」


《…………》


 こくん、と頷く。


「私、実はすでに守護精霊と契約しているのですが、他の精霊と臨時契約を結びたいと思っているのです。あなたがどんな魔法を使えるか、教えてもらってもいいですか?」


《……か、風》


「風?」


《風が、吹くだけ……。旗を、揺らすくらいの……》


 小さな声で少女の精霊は言った。


「素敵です」


 シャルロットが応える。驚いたように少女が顔を上げた。


《え?》


「旗が揺れるのも、花や枝葉が揺れるのも、私は好きです。風に乗っていろいろな匂いを嗅ぐのが好きです」


《に、匂い……運べるかな……?》


「練習をすれば、きっと。私は、あなたが運んでくれる風を見てみたいです。契約していただけますか?」


《…………》


 精霊の少女はなにか言おうと口を開きかけたり、何度も地面とシャルロットを交互に見つめる。シャルロットはそれを辛抱強く待った。


 やがて、魔法憲兵たちの体をすり抜け、おずおずと手が伸ばされる。


《わ、私で、よければ》


「最初の契約を選べるのであれば、あなたがいいです」


 シャルロットはその手を両手で包むようにした。


「改めて、私はシャルロットと申します。臨時契約を結ばせてください」


《私はリリアンです。よろしくお願いします》


 二人の間に羊皮紙が浮かび上がり、それぞれの名前が署名される。羊皮紙が消えると、シャルロットは足元の雑草を適当に引っこ抜いて言った。


「では、リリアンさん。この草を上に飛ばしてみてください」


《はい!》


 シャルロットが放り投げた草が、下から巻き上げられて上空を舞う。


 風は城壁まで届かず、力尽きた草がはらはらと落ちた。


「そこまで」


 今まで黙っていた年配の魔法憲兵が言った。


「お見事です、シャルロットさん。よくぞ五人目の存在に気付きましたね」


「ありがとうございます。それで、結果はいかがでしょうか」


「合格です。よく頑張りました」


 その一言に、シャルロットはホッと息を吐いた。


「ありがとうございます」


「精霊の皆様も、ご協力ありがとうございました」


《いやいや。お嬢さんの観察力には恐れ入ったよ》


《ちなみに、私たち四人のうち誰かと契約したら、不合格になっていたわよ》


《魔法もわざと暴走気味に出してくれってお願いされてたからよ。ちょっとヒヤヒヤしてたんだわ》


《無事に試験をクリアできてよかったわね》


「お世話になりました」


 シャルロットが頭を下げると、四人の精霊たちはどこかへと飛び去った。


《で、では、私との臨時契約も解除しましょうか?》


「それなのですが……」


 シャルロットは、今にも飛び掛かりたくてうずうずしているエミリーや、彼女を抑えているエリックたちを見た。


「もし私が合格したら、家でお祝いのパーティーを開くと言っていたのです。よかったら、ご一緒しませんか?」


《私、精霊だからなにも食べられませんよ?》


「知っています。でも、あなたのおかげで合格できました。彼らの身内の精霊や、私の母も一緒です。どうか一緒に参加してくれませんか?」


 そう問いかければ、リリアンは嬉しそうに顔をほころばせた。


《嬉しいです。ぜひよろしくお願いします》


「シャルロットー!」


「わっ!?」


 ついにエリックたちを突破したエミリーがタックル同然に抱き着いてくる。


「おめでとう! やったね!」


「あ、ありがとうございます」


 倒れ込んだシャルロットの視界には、目いっぱいの青空が広がっていた。

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