第60話
「シャルロット、ロゼットさん、ちょっといいですか?」
仕事から帰ってくるなり、エリックが暗い顔で言った。
「は、はい」
《どうしたの? 顔色悪いわよ?》
「ええ、そりゃあもう……。フレイジーユに行っていた同僚から、詳細な情報が渡ってきまして……。お二人にもかかわりのあることなので、ちょっとお話しておきたいんです」
エリックの言葉に、二人は顔を見合わせる。
告白をすっ飛ばしてプロポーズを経ても、二人の距離感はさして変わらなかった。変わったことと言えば、前よりもちょっと会話が増えた程度。
なのでエミリーは「おもしろくなーい」と言ってジャネットにどつかれたりしていたのだが、今日の雰囲気はそんな茶々も入れられないくらい重い。
「お兄ちゃん、マジでなにがあったの?」
とエミリーが真剣なトーンで聞くくらいには重かった。
「部外者には言えない。お二人は関係者だから、耳に入れておいてもらいたい」
「ならば、早めに話しておきなさい」
リアムが新聞から顔を上げて言った。
「食事はあとで部屋に運ばせる」
「ありがとう、父さん。ついでに書斎を使ってもいい?」
「ああ、構わないぞ」
リアムの許可をもらって、エリックはシャルロットとロゼットをそちらへ案内する。
書斎に椅子は一つしかなかったので、シャルロットに譲られた。
《それで? フレイジーユでなにかあったの?》
ロゼットが促す。エリックは話す順番をまとめるように沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「……まず、憲兵隊がフレイジーユ滅亡の犯人を捕らえました。本人も抵抗しなかったので、拍子抜けするくらいあっさりと終わりました」
それを聞いて、シャルロットはホッと息を吐いた。
《大人しいふりをして暴れたりとかは?》
「報告書を書いていた、およそ一週間前はとても大人しかったようですよ。こう言ってはなんですが、たとえ魔法が使えないように特殊な器具で拘束していても、暴れるやつは暴れるので。かえって不気味すぎるから逆に目が離せないと書いていました」
《そう。……それだけ?》
「いいえ。その犯人ですが、あの〝ルビーの夜〟を引き起こしたラウラの母親を名乗っているそうです」
《……は?》
ロゼットの口から呆けた声が出た。シャルロットも首をかしげる。
「〝ルビーの夜〟は、たしか三百年前に起こった事件ですよね? その当時の方が今も生きているのですか?」
「いいえ。彼女は精霊となり、他人の体を乗っ取って長いこと活動していたようです」
《はあ!? 重大犯罪じゃないの! なんで今まで捕まらなかったの!? 原初の精霊様は!?》
「どうやら、精霊として肉体を離れる時間を極力少なくしていたようです。乗っ取りやすそうな人間に近付き、言葉巧みに信用を得て、契約を交わさせる。それも、主に魔法に対して無知な人を選んでいたようですね。生きた人間の中に隠れている間、原初の精霊様の目を欺けていたようです。聞いてもいないのにベラベラと喋ってくれたようですよ」
《…………》
絶句したロゼットに代わり、シャルロットが訊ねる。
「では、そのラウラさんのお母様は、宿主の体から離れたら原初の精霊様の罰を受けるということでしょうか」
「おそらくそうでしょうね。ただ……」
エリックは言葉を切り、腕を組んで唸る。
「ただ……どうかしましたか?」
「ただですね……。その犯人の要望として、あなたに会わせろというのがあるんですよ、シャルロット」
「はい?」
《はあ?》
素っ頓狂な声が出た。同時に、ロゼットからは低い声が出る。
《バカなことを言わないで頂戴。誰がそんな危険人物に会いに行かせるものですか》
「ですよねえ……。たとえシャルロットが行く気でも、俺たちが全力で阻止しますから。実際、あっちにいる同僚……ヒューバートって言うんですけどね、彼も阻止するために動いていると書いていましたからね」
《当たり前でしょ》
ロゼットが吐き捨てる。
エリックは両手を膝について、ぐっとシャルロットに迫った。
「というわけですので、シャルロット。仏心を出して会いに行くなんて言わないでくださいね。あなたの安全のためでもありますから」
「は、はい」
ちょっと会ってみたい、と思ったが引っ込めた。
「……っていうのが、まず一点」
《まだあるの?》
「ええまあ。……二つ目は、その犯人が乗っ取っている体の主が、あのアデル・ド・アルヴァリンドということです」
《……詳しく聞かせなさい》
ロゼットの目が妖しく光った気がした。
「これは犯人を通じたものなので又聞きのようなものです。なんでも犯人が以前の体を使っている間に、彼女たちが住んでいた高級娼館で薬師として交流していたそうです」
《へえ》
「そこで顔見知りになった母娘を唆して、調合した香炉をアルヴァリンド侯爵に渡るよう誘導。その香炉というのが、あの元王太子が手紙で書いていたものと似ているんです。一つ一つは無害なものですが、混ぜると危険な薬になる。香炉には、ゆっくりと体力や生命力を奪い、原因不明の病として、あるいは体力が落ちている時に流行り病にかからせて命を落とすよう細工をしたと言っていました」
《……つまり、黒幕はその犯人だったってわけね》
「ええ。顔見知りだったアデルが学園に入った頃に再度接触し、惚れ薬の調合方法を教えて元王太子を誘惑するよう指示したようです」
《……ん? ちょっと待って。どうしてその黒幕はわざわざそんな手間のかかるようなことをしたの? フレイジーユを滅ぼせるくらい強力な力を持っているなら、精霊になった直後に誰かをけしかけてやればいいじゃない》
ロゼットの言葉に、エリックもハッとする。
「……たしかにそうですね。できない理由でもあったのか?」
二人が首をかしげる横で、シャルロットは控えめに手を挙げる。
「あの……。もしかして、アデルもこちらに来る、ということですか?」
そう訊ねられて、エリックは頷く。
「そうですね。まあ安心してください。あなたたちから聞いた彼女の性格上、更生の余地はありません。仮に反省の色を見せたとしても、社会的信用は地の底まで落ちていますからね。軽くても十年くらいは強制労働の刑でしょう」
「そうですか」
シャルロットは顎に手を添えてふむと考えた。
「…………。エリックさん。やっぱり私は黒幕の彼女と会ってみたいのです」
「シャルロット!?」
《シャーリー、なにを考えているの!?》
悲鳴のような二人の言葉に、被せるように続ける。
「もちろん無策ではありません。彼女が暴れてしまわないよう、厳重に拘束をお願いしますし、許されるなら私かエリックさんが臨時契約をして、強固な結界を張って攻撃を撥ね返す準備もします」
「それでも危険です。そうまでして、なぜ会うのですか?」
「知りたいのです。娘さんと同じ目に私を遭わせた理由を。同じ魔法使いでありながら、どうしてそんなことをしたのかを」
〝ルビーの夜〟を引き起こしたラウラと、国外逃亡を選んだシャルロット。
道は違えど、魔法使いを母に持つ点では同じだ。その母親が、娘の辿った道をなぞらせるようなことをした。
「聞きたいのです。私が。彼女の言葉を」
たとえ取るに足らないような言葉であっても、行動して聞き出さなければ埋もれてしまう。
シャルロットは真っすぐにエリックを見つめる。エリックは厳しい表情でシャルロットを見つめ返す。
《……シャーリー、今なら撤回できるわ。考え直して?》
ロゼットが優しく語り掛けるが、シャルロットは首を横に振った。
「いいえ、お母様。撤回しません。私が聞かなければ、きっと『娘を殺した王国に復讐したかったから』という表面的な理由だけで、原初の精霊様に引き渡されます。それはきっと、彼女にとっても本意ではありません」
《そんなのあなたには関係のないことでしょう?》
「関係あります。フレイジーユにいて、魔法使いの娘で、そして婚約破棄されました。これだけの要素が揃っていて、無視なんてできません」
シャルロットはロゼットに言い返しながら、それでも視線をエリックに向けている。
「エリックさん」
シャルロットは椅子から立ち、エリックに詰め寄った。
「私、こんなにわがままを言ったのは生まれて初めてです。もしも本当に相手が話し合いの余地もない人であれば、私もこんなことは言いません。でも彼女は、とても大人しくしている。きっと取り調べにも素直に応じています。そんな中で唯一出した希望が、私と会って話をすることです。それを叶えてあげられないのは、あんまりではないでしょうか」
「……ですがシャルロット。相手が猫を被っている可能性も」
「だったらエリックさんたちが私を守ってください。仮にも魔法憲兵なんですよね。厳しい試験を突破して、何人もの精霊と契約ができる、魔法使いの中でもトップクラスのエリートです。みなさんがいてくれて、防げない魔法なんてないでしょう?」
「いや、魔法だって限度が……」
言い募ろうとしたエリックだったが、急に天井を見上げて手で顔を覆った。
「あー、くそう。惚れた弱みってやつか?」
《そうかもしれないわね。私だって、こんなに強情になったシャーリーを初めて見たわ》
ロゼットが肩をすくめる。
エリックは首を戻すと、何度か顔を横に振ってからシャルロットを見た。
「……わかりました。本部で検討してみます。却下されたら、その時は諦めてください」
「はい。ありがとうございます」
シャルロットは笑ってお礼を言った。
エリックは頬を染めてそっぽを向いた。




