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稜戦姫の恋  作者: 三茶 久
最終章
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エピローグ

 空はどこまでも白かった。


 降り始めた粉雪に紛れるようにして進軍してくる者たちが、はるか眼下に霞んで見えた。

 時は乱世。誰もがそう言う。かつて繁栄した礼王朝(れいおうちょう)はもう朽ち果て、蝋燭の炎が消えてしまいそうなほどに弱々しい。

 皇帝は権力を失い、暗愚な臣下達が権力と富の奪い合いを繰り返し、国をまるでそれぞれの所有物のように扱う。民は疲弊し、朝廷に対する不満はふくらみ続けている。そして、その結果がこれだ。


 昭国に続いて、稜国の独立。そして――、



 ――難民の、北上が、止まらない。


 季節は巡って、再び、冬。稜国の大地は凍土と化す。外の者が来たとて、易々と生きていけるような土地ではない。であるにも関わらず、慌ててこちらに移動してくるには何か理由があってしかるべきだ。

 もちろん、今、稜花の眼下を移動してくる彼らがどういう集団なのか、稜花は知っている。



稟姫(りんき)は一体どのような方かしらね――」


 稜花達が見下ろす崖下。細く伸びた逃亡集団。

 その集団のどのあたりに彼女がいるのかはわからない。かつての稜明が所属していた礼王朝の公主稟姫。齢はまだ十ほどの少女の身を逃がさなければいけない理由とは何だろうか。


 そして、その後を追うようにして、別の軍が迫っていることも崖の上からはよく見えた。集団の最後尾がとらえられようとしている。逃げる者たちが慌てふためき、前を行く集団が足を速めた。




「稜花、どうするつもりだ?」


 隣に立つ、鈍色の鎧を纏った男が声をかけてくる。相変わらず落ちついた声色だが、かつてのように、稜花の後ろに控えるような雰囲気はもうない。

 肩を並べ、その隣を自らの足で歩いてくれる彼は、稜花に対して遠慮がない。


「このまま争いの種を引き入れるのか?」

「んー、そうねえ。……礼王朝は、もう、駄目でしょう? 各地が瓦解して、国家が乱立するのもまもなくね」

「杜も離叛したばかりだしな」

「ほんとに。元婚約者なら、ちゃんと責任とりなさいよって思うのにね!」


 かつて稟姫は杜領を率いる紫夏のもとへと嫁ぐ予定だった。しかし朝廷を牛耳ってそのまま礼王朝を呑み込もうとしていたかつての男は、路線を変更せざるを得なくなっていたらしい。

 以前ほど朝廷での発言権を持たなくなった彼は、元々自領で溜め込んだ財をもとに、あっさりと独立してしまった。



 大陸の北部はようやく落ちついてきたというのに、今度は南方が騒がしい。

 でも、と稜花は思う。時代はまだまだ動くだろう。杜が離叛し、国家の分裂は益々加速するはず。


 だが稜花とて、この戦乱に、ただただ呑み込まれるつもりはない。己の剣には、この地に住む民の安寧がかかっている。稜国西南部を任された身として、彼の国からの侵入を見逃して良い筈はない。

 稟姫の目的を知らなければいけないし、彼女を追って侵入してくる軍は、追い払わなければ。



「稟姫の身柄を確保するわ。彼の国で何が起こっているのか、先ずは聞き出さないと」

「……露払いが必要だな」


 異論はない、と、楊炎も大きく頷く。轡を並べた稜花の肩に手を伸ばし、僅かに抱き寄せる。


「俺に任せろ。稜花は、無理をするな」

「ふふ、誰に向かって言ってるの?」

「これくらい言っておかないと、すぐに飛び出すだろう」


 ふっと頬を緩めて、彼は稜花から離れた。手綱を握り直し、崖下を鋭く見据える。




 まだ、少し、早い。

 追っ手の中央より少し前あたりが崖下に差し掛かる時を待つ。

 ばくばくと、はやる心臓を押さえた。逃げる集団がついに掴まり、追っ手の攻撃を受けているようだった。

 しかし、まだ出てはいけない。少しでも速く、皆逃げてと、心の中で叫ぶ。

 目の前で犠牲が増えていくのは、もどかしい。しかし、情で飛び出してしまったらもっと犠牲が増えてしまう事だってわかっていた。



「大丈夫だ」


 じっと崖下の様子を見守っていると、楊炎が、ぽんと、稜花の肩を叩いた。

 自分がいる、と言葉を足されて、稜花も僅かに頬が緩む。

 うん、と楊炎に向かって大きく頷いて、稜花は皆の方を振り返った。



「みんな、良いわね。ここを一気に駆け下りて、横から敵軍を殴ってやりましょう! 勇気がないとは言わないわよね?」


 にい、と稜花は笑った。

 はらはらと、雪が舞い落ちる。地面にはまだ積もらぬ、この一瞬。技術的には、不可能ではない僅かな間。

 この悪天候の中、敵もまさか、稜花達が崖上から攻めてくるとは思っていないだろう。



「無許可で稜国に進軍など、させない」


 隣に並ぶ、楊炎が頷く。

 さあ、そろそろ覚悟を決めなければ、と、稜花も自分の心に呼びかけた。


 ――私は稜国の戦姫。


 前を向き、敵を見据える。


 ――この国を戦渦から、護ってみせる!



「行くわ!」


 叫ぶとともに、稜花は手綱を引いた。

 白の空に、青銀色の髪が靡く。艶やかなその煌めき。戦場を駆ける華奢な女。

 もはやその名を知らぬ者はない、稜国の戦姫。



 稜戦姫、と、誰かが言った。

 にい、と余裕の笑みさえ浮かべ、一気に崖を駆け下りる。



「稜国が戦姫、李稜花が参った! 覚悟なさい!」


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

完結記念の後日談を一話外伝ページに上げております。


今後も粛々と執筆を続けて参りますので、どこかでまた、巡り会えましたらうれしいです。

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