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娘の人生を奪ったと思っていた

夜の公園。


ベンチに、小柄な老婆が座っていた。


膝の上で手を重ねている。


少し透けている以外は、どこにでもいる老人に見えた。


制服の男は自販機で缶コーヒーを買う。


落ちる音が夜に響く。


プルタブを開け、一口飲む。


「ここ、よく来るな」


老婆は少し笑った。


「行く場所がないのよ」


制服の男は隣には座らない。


少し離れた場所で缶を傾ける。


「何で残ってる」


老婆は少しだけ黙った。


それから言った。


「娘に迷惑をかけたから」


風が吹く。


公園の木が揺れる。


「寝たきりになる前から言ってたの」


老婆は遠くを見る。


「もし私が動けなくなったら、死なせてちょうだいって」


「……」


「迷惑をかけたくなかったのよ」


制服の男は何も言わない。


老婆は続ける。


「でもね」


少し笑う。


「八年も生きちゃった」


その笑顔は、どこか寂しかった。


「最後は意識もなくなって」


「話もできなくなって」


「娘の顔も見られなくなって」


手を見る。


「何も返せなかった」


沈黙。


夜の風だけが通り過ぎる。


「ずっと思ってたの」


老婆は小さく言う。


「やっぱり、あのとき死なせてもらえばよかったって」


制服の男は缶コーヒーを見た。


それから言う。


「あんたが死んだとき」


老婆の肩が少し動く。


「娘、泣いてたぞ」


沈黙。


「……え」


「病院で」


制服の男は続ける。


「ずっと泣いてた」


老婆は何も言わない。


風が止む。


公園が静かになる。


「寝たきりだったのに」


老婆が呟く。


「八年も迷惑かけたのに」


「だろうな」


「じゃあ何で……」


制服の男は肩をすくめた。


「知らねぇよ」


老婆は思わず笑った。


少しだけ。


「でも」


制服の男は続ける。


「悲しいって言ってた」


老婆の目が揺れる。


「やっぱり母親だからって」


声が出ない。


唇だけが震える。


「いなくなったら嫌だって」


老婆は下を向いた。


膝の上に涙が落ちる。


「……そう」


小さな声。


「そうだったの」


長い沈黙。


やがて老婆は空を見る。


「私ね」


声が少しだけ明るかった。


「迷惑しかかけてないと思ってた」


制服の男は何も言わない。


「娘の人生を奪ったと思ってた」


夜風が吹く。


老婆の輪郭が少しずつ薄くなる。


「でも」


微笑む。


「母親では、いられたのね」


制服の男は空になった缶を握る。


「たぶんな」


老婆は笑った。


今度は、本当に穏やかだった。


「ありがとう」


輪郭が夜に溶けていく。


「安心したわ」


声だけが残る。


やがて、それも消えた。


制服の男は空き缶をゴミ箱へ放る。


カラン、と音が鳴る。


誰もいなくなったベンチを見る。


「迷惑だからって、いなくなって欲しい訳じゃないだろ」


夜の公園は静かだった。

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