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嫌われ義姉の幸福な誤算 〜冷酷な義弟がやたらと構って囲い込もうとしてきます〜  作者: 折若ちい


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第10話:不器用な贈りものと、過剰な包囲網

マリアンヌ叔母様が、まるで嵐のようにブラント伯爵邸にやってきて、そして去っていった翌日から。


屋敷の、特に私の周囲を流れる空気は、これまでにない奇妙な変化を見せ始めていた。


「……ねえ、マーサ。これ、本当に『厨房の裏でたまたま見つかった古い麻袋』に入っていたものなの?」


私は、温室の調剤台の上に並べられた、およそこの世のものとは思えないほど神々しい輝きを放つ薬草の山を見つめ、引きつった声を絞り出した。


それは、魔導薬学を志す者なら誰もが一生に一度は実物を拝みたいと願う、幻の霊草『極光のオーロラ・ティア』だった。


それも、葉の一枚一枚に傷ひとつなく、今さっき朝露を浴びて摘み取られたかのように瑞々しい。市場に出回れば、小さな家が一軒建つほどの高値で取引される最高級の素材だ。


「え、ええ……! そうですわお嬢様! 料理長が言うには、厨房の勝手口の脇に、まるでジャガイモの袋のように無造作に置かれていたそうで……。いやあ、うちの厨房のセキュリティはどうなっているのでしょうね! ハハ、ハハハ……」


マーサは引きつった笑みを浮かべ、必死に視線を泳がせている。


そんな見え透いた嘘があるはずがない。

こんな国宝級の霊草が、その辺の道端に落ちているわけがないのだ。


(きっと、マリアンヌ叔母様がヴィルロワ商会の流通網を使って、ルシアンの目を盗んで私に差し入れてくれたんだわ……!)


私は確信した。叔母様は、私が『王都調剤展示会』で最高の成果を出せるよう、裏から手を回してくれたに違いない。


ルシアンに知られたら、間違いなく「伯爵家の予算を無駄な古本や草に費やすな」と没収されてしまう。私は叔母様の温かい心遣いに深く感謝しながら、大切な『極光の涙』をそっと愛おしそうに撫でた。



しかし、実際には、その『極光の涙』を手に入れるために、ルシアンが直属の隠密組織を動かして、隣国の立ち入り禁止区域である未開の霊山へと深夜に突撃させ、命がけで採取させていた。


そして、フィオリーナがそれを嬉しそうに撫でる姿を、温室の影から血走ったアイスブルーの瞳で見つめながら、「ああ、姉上が僕の(ハンス名義の)贈った草に触れている……僕が直接その手に触れたい……」と、口元を押さえて今にも発狂しそうなほど悶絶していたことなど、私はこれっぽっちも知らなかったのである。


「よし……。叔母様が用意してくださったこの最高の素材で、展示会に出す『最上級の魔力回復薬』を作り上げるわ!」


私は気合を入れ直し、すり鉢とガラス瓶を手に取った。

ルシアンに教わったあの「魔力を染み込ませる」感覚を意識しながら、慎重に作業を進めていく。


その日の午後。いつもなら正確な時間に現れるルシアンが、予定の時間を一時間過ぎても姿を見せなかった。


マリアンヌ叔母様にこっぴどく叱られたから、ついに私の家庭教師をするのが嫌になってしまったのだろうか。それとも、私が展示会に出品することへの当てつけだろうか。


(……なんだか、少しだけ寂しいな)


そんな風に思ってしまう自分に驚き、私は慌てて首を振った。


彼は、公爵家の高貴な血を引く優秀な男だ。

元々のブラント伯爵家の子でありながら、何一つ取り柄のない私のことなど、目障りとしか思っていないはず。彼が来ない方が、怯えずに作業ができて都合がいいはずなのに。


そう自分に言い聞かせていた時、温室の扉が、いつになく静かに開いた。


「……遅くなりました。フィオリーナ」


現れたルシアンは、いつも着ている冷徹な印象の服ではなく、どこか柔らかい、上品な白を基調とした上着を身にまとっていた。そして何より驚いたのは、その態度だった。


いつもなら「無能な姉上」と私を見下ろすような冷たい瞳に、今はどうしようもないほどの戸惑いと、壊れやすいガラス細工を見るかのような、おどおどとした光が宿っていたのだ。


「ルシアン……? どうしたの、その格好。それに、なんだか元気がないようだけど……」


「……いいえ、何でもありません。ただ、少し……自分のこれまでの不徳を、省みていただけです」


ルシアンは私の隣の椅子に腰掛けたが、いつもより拳一つ分、不自然に距離を空けて座った。


彼はじっと私の手元の調剤瓶を見つめ、それから、消え入りそうな声で呟いた。


「……その服、よく似合っていますね」


「え? ぁ、ありがとう……?」


急に褒められた。

あの、皮肉しか言わなかったルシアンが、私の地味な作業着のようなドレスを褒めてくれたのだ。私は驚きのあまり、完全に硬直してしまった。


(どうしちゃったの……!? ルシアン、マリアンヌ叔母様に頭でも強く叩かれたのかしら……!)


ルシアンの脳内は、今、叔母マリアンヌに言われた「あんたのせいでフィオリーナは悲しそうな顔をしてる」という言葉で、完全にキャパシティを超えていた。


(僕は……フィオリーナを喜ばせたくて、傷つけたくなくて、必死に冷酷な弟を演じていたのに。それがすべて裏目に出て、彼女に『乗っ取られた家で、義弟に憎まれている』と怯えさせていただなんて……! 僕はなんて愚かなんだ。もしこれでフィオリーナに本気で嫌われ、ブラント伯爵家から永遠に逃げ出されてしまったら、僕は本当に正気でいられなくなる……!)


ルシアンは、隣に座るフィオリーナの、ふんわりとした甘い体温を感じながら、必死に自分のドス黒い執着心を抑え込もうとしていた。


本当なら、今すぐにでもその椅子ごともっと近づいて、彼女の華奢な体を腕の中に閉じ込め、「どこへも行かないでください」「僕を嫌わないで」と泣きつきたい。


けれど、これ以上彼女を怖がらせてはならないと、超人的な理性で自分を律し、結果として「やけに大人しくて距離を置く、謎の美少年」へと変貌してしまっていた。


「……調剤の続きをしましょう。フィオリーナ、その『極光の涙』の繊維は非常にデリケートです。僕の魔力で、素材の周囲の空間を一時的に安定させますから、貴方は安心して、自分の魔力を編み込んでいってください」


「え、ええ。お願いするわ」


ルシアンがそっと手をかざすと、温室の空気が、澄み切った冬の朝のようにピシッと引き締まった。

彼の放つ公爵家由来の強大無比な魔力が、私の拙い調剤を完璧にサポートするための「見えない守護の結界」へと姿を変える。


これほど贅沢な環境はない。


私はルシアンの、不器用ながらもどこか必死なサポートに身を委ね、一滴の妥協もない、究極の魔力回復薬を完成させていった。


数日後。ついに『王都調剤展示会』の当日がやってきた。


王都の中心部にある、ヴィルロワ商会が所有する巨大な特設ホールは、大陸中から集まった調剤師や商人、そして珍しい薬を求める貴族たちで、熱気にあふれかえっていた。


「緊張することはないわ、フィオリーナ。貴方の作った薬は、私が保証する最高の逸品よ」


華やかなドレス姿のマリアンヌ叔母様が、私の肩を優しく叩いて微笑んでくれた。


ブラント伯爵家の名を出さず、一人の市井の調剤師として出品した私のブースには、ルシアンのサポートのおかげで完成した、あの『極光の涙』を使った琥珀色の回復薬が美しく並べられている。


「はい、叔母様! 私、頑張ります!」


私は自立への第一歩を踏み出せた喜びで、胸を躍らせていた。


しかし、そんな私の視界に入らないホールの至る所では、すでに一般客を巻き込まないタイプの前代未聞の「厳戒態勢」が敷かれていた。


「おい、あそこのブースの亜麻色の髪の令嬢……めちゃくちゃ美人だな。ちょっと声をかけて――」


「待て、やめろ! 死にたいのか!」


通りすがりの若い商人の男が、フィオリーナのブースに近づこうとした瞬間。


周囲に「一般の買い物客」としてカモフラージュしていた、目つきの鋭すぎる屈強な男たち二十名(ルシアンが裏で雇った最高峰の暗殺者と近衛騎士)が、一斉にその男を無言の眼力で威嚇した。


男はそれだけで蛇に睨まれた蛙のように硬直し、ガタガタと震えながら逃げ出していく。


そして、ホールの二階、一般人は立ち入り禁止の貴賓席の影から。


漆黒の高級な外套を身にまとったルシアンが、オペラグラスを両手で握りしめ、レンズが割れんばかりの勢いでフィオリーナの姿を凝視していた。


「……ハンス。今、姉上に不躾な視線を向けたあの男の顔を覚えたか。展示会が終わった後、裏路地で丁重に『ご挨拶』をしておけ。姉上の聖なる姿を、あのような不浄な目の男に見せるなど万死に値する」


「ルシアン様……マリアンヌ様から、買い占めと営業妨害は厳禁と釘を刺されているはずですが……」


背後に控えるハンスが、完全に死んだ魚のような目で、自分の胃の辺りを押さえながら進言する。


「妨害などしていません。僕はただ、外の世界の悪い狐どもから、純粋無垢な姉上を『守っている』だけです。……ああ、それにしても、今日の姉上のドレス姿は一段と愛らしいな。あのブースにいる全員の記憶を消去して、姉上ごと今すぐ屋敷の地下室へ連れ帰りたい……。くっ、理性が、理性が溶けそうだ……!」


ルシアンは、展示会の会場で他の男たちにフィオリーナの美しさと才能が見つかっていく恐怖と嫉妬、そして彼女が自分の教えによって輝いているという歪んだ悦楽の狭間で、激しくのたうち回っていた。


私が「自立への第一歩」だと思って意気揚々と立っているその舞台が、実はルシアンの手によって、一歩でも外へ踏み出せば周囲の人間が物理的に消滅する、世にも恐ろしい「ヤンデレ超厳戒警備包囲網」の真ん中であったことなど、私はこれっぽっちも気づいていなかったのである。

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