7.昔との違い
「あ、あの、殿下、近い、です」
──なんて心臓に悪いんだ。
体が触れ合うのはあまりにも久々で、頰は赤く染まり、胸がひどく高鳴って、玉蘭は眩暈がしそうだった。
「殿下なんて、随分と他人行儀だね?それになんだかしおらしくなった」
瓈暁は握り締めた手を離す事はなく、柳眉を寄せ不満を溢した。
──そんなの当たり前だ。お前は王子なんだから。
玉蘭は決してしおらしい性格に変わった訳ではない。ただ瓈暁は王子なのだ。それが今の二人の間に身分という分厚い壁となって、近づく事が許されなくなった。
『遠くで見てる分には良いけれど、関わってはいけない』
武官になる前に、ある男にこう言われた。
その言葉は、ずっと玉蘭の頭の中で重く響いて、時折痛みすら覚えた。
この痛みはまるで警告のように思え、今まさに警鐘がけたたましく鳴り響いていた。
「……瓈暁殿下に、失礼なことは出来ません」
「へぇ……」
面白くないな、と瓈暁が玉蘭の腰に腕をまわし、逃げる事を阻んだ。
そして首筋に顔を埋められるのと同時に、ちくりと甘い痛みを感じて玉蘭は体を強張らせる。
──⋯⋯昔はこんな感じだったか?少なくともこんな大胆な行動をする奴ではなかった筈だ。
三年と、二人が離れていた月日は長い。
後を追って武官になったと言えど、遠くから見ているだけで、彼の変化に気づく事は出来なかった。
しかし今知った。出会った頃はやや玉蘭の方が背丈が高かったが、今は瓈暁の方が背が高い、と。
腰に回されている腕もしっかりとしていて、一見線が細く見えるけれど、衣の下は案外筋肉が付いているのかもしれない。
──そう言えば、握り締められた手の感触も違っていた。
あの頃との違いを、ひとつ、ひとつと、実感するごとに胸が疼く。体が熱くなって緊張していると、瓈暁は玉蘭の左手をそっと上げ、唇に吸い寄せた。
包帯の上からだが、柔らかな感触が伝った気がして、あっ、と小さく声をこぼれていた。
──やはりあの時、あの一等宿へ運んでくれたのは瓈暁だったのか!
目を大きくさせて、薄く形の良い唇を見つめていると、やがてゆっくりと離れてしまう。
ねぇ、と心地の良い声が耳に響いた。
「さっきみたいに名前を呼んで、玉蘭」
囁かれた声は、どこか悲しげで、苦しげで。そんな想いをさせる為に宮殿へ来たのではなかった。
だから玉蘭は悩んだ末、怯えながら口を開いた。
「……暁」
「うん、やっと呼んでくれた」
嬉しそうな声が聞こえてきて、分かってもらえたのだとホッと胸を撫で下ろした。
彼が喜ぶと、不思議とこちらまで嬉しくなってくる。昔からそうだった。
「あぁ、そうだ」
「え?」
瓈暁が何かを思い出したように声を上げる。
何かと振り返ろうとして、ごとり、と何かが落ちる音が聞こえた。ゆっくりと下を見ると腰帯が解かれており、腰に佩ていた剣が床に落ちていた。
落ちた衝撃で剣首から繋がる赤紐に付いた、小さな黒い珠にヒビが入ってしまった。
先程まで真っ赤だった玉蘭の顔は、今度は真っ青をなっていた。
「なんて事を……」
「軍の白花が手折られていないか、確認したくてね」
「軍の白花?」
玉蘭は聞き覚えのない言葉に顔を見上げると、柔らかな何かが唇に触れていた。
ぱちぱちと瞬いて、口づけをされされたのだと理解すると再び顔が赤く染まる。
「ふふ、安心してくれて良い。ただ少し調べるだけ、だから」
瓈暁の浮かべる微笑みは、どこか怪しさがある。
──安心出来るか!
そう叫ぼうとした唇は再び塞がれていた。
今度は軽く触れるだけではなく、唇を啄んで玉蘭を翻弄させるものだった。
玉蘭は息もできなくて、縋るように瓈暁の首元へと手を回した。
──そういえば、頭痛がしない⋯⋯。
朦朧とする意識の中でそんな事を思いながらも、三年ぶりの口付けに喜びを噛み締めていた。




