6.蔵書楼
西の蔵書楼は建物が古くなっており、戸板がかなり傷んでいた。
建て付けも悪くなっているようで、子梓が強引に扉を開けようとするとガタガタと音を立てた。
──自慢の怪力で壊すんじゃないか、あれ?
怪力少年が勢いまって壊してしまいそうな空気に、玉蘭はひやひやとしながら見ていたが、しかし開くのを待っている中で何か違和感を覚えた。
「……あれ?扉には施錠されていなかったか?」
確か東の蔵書楼の扉には豪華な金錠がつけられていた。
ここはほぼ物置となっているとは言えど蔵書楼。ならば施錠されているのが当たり前だ。
──確かにここも施錠されていた筈だ。
玉蘭はいつかの見回りで、少し錆びた銅錠で施錠されているのを確認した覚えがあった。
しかし今はその銅錠がない。子梓がそれを開けた素ぶりもなかった。たとえ壊れて落ちてしまったとしても、辺りに落ちてはいない。
「開きましたよ。それを中へ」
「え、あ、はい」
考え込んでいた玉蘭は、不意に子梓から話しかけられて慌てて中へと足を踏み入れた。
蔵書楼の中へと入るのはこれが初めてだ。どんな場所なのかとほんの少し興味があった玉蘭だが、中に入りすぐに不満げに眉を寄せた。
外は空に陽が燦々と輝いているというのに、中は深い闇が広がっていて何一つ見えなった。
思い返せば、窓のない建物だった。窓がないならば陽の光は遮断されて、風通しも悪い。
しかし、使われていないにしては埃っぽさは感じなかった。
「暗いですね」
その声に子梓を見れば、何処から取り出したのやら、札のようなものを手にしていた。
それを少し上へ投げ、突如、その札に火が灯った。
火ははめらめらと燃えて、上から下へと向けてとてもゆっくりと札を燃やしていく。
勢いは強く、近くにいると火の熱を感じた。盛んに燃えている割には、熱いというよりもあたたかいが当てはまる。
蔵書楼の中は子梓を中心に明るく照らされて、何も見えなかった部屋の中が見えてきた。
床にはあちらこちらに書物の山が雑に積み上がり、書棚にはいい加減に入れられた書物が置いてある。
けれど今玉蘭の興味がいくのは蔵書楼よりも、火が灯っている札だった。自然と燃え始めたこの奇妙な光景を、玉蘭は目を丸くして見ていた。
「あぁ、これですか。これはただ辺りを照らすだけの灯火符です。周りに引火はしませんよ。それよりもそろそろそれを下ろしたらどうです?」
「えっと、何処に置けば──っ!?」
札に夢中で荷を持っている事すら忘れていた。
荷を下ろそうと辺りを見渡していると、近くで何かが動いたような気がした。
──何だ今のは、ねずみにしては大きかった。
怪しい影にそちらを睨むと、そこは灯りが照らす外側の真っ暗闇だ。
目を細め気配を探るも、微かに見えるのは、やはり床の上に雑に積み上げられた書物の山だけだ。
「その辺りの床に置いといて下さい。昔は立派な蔵書楼だったらしいですけど、今は管理する人もいない物置。適当で良いですよ」
「適当って……」
それにしても、さっきのは気のせいだったのだろうか、と疑いながらも玉蘭はしゃがみ込む。
──子梓殿は気づかなかったのか?
言われるまま適当な所に荷を置いて立ち上がった直後、ふっと辺りが暗くなった。
「全く、私だって忙しいんですから変な事に使わないで下さいよ」
はぁ、と重々しいため息が何故か遠くの方から聞こた。
おまけに聞き覚えのあるガタガタと言う音まで鳴っている。
すぐに声がした方向を見ると、子梓はもう部屋の外に出ており、あの灯火符やらは何処にやったのか、かたい扉を音を立てて揺らしていた。
──おいおい、まさかっ!
この状況はもう嫌な予感しかしなかった。
「言われた通り一刻したら開けに来ますよ」
「ま、待てっ──!」
玉蘭が駆け寄るよりも早く、戸は閉まり、光を断った蔵書楼は再び暗闇へと戻ってしまった。
そして、がちゃり、ととても嫌な音が追い討ちをかけた。
玉蘭は閉ざされた扉に拳を何度も何度も叩き付ける。古い扉は壊れてしまうかもしれないが、いっそ壊れてしまった方が助かるのだ。
「なんで閉める!?おい!!」
焦燥感に駆られる中、自分は閉じ込められたのだ、閉じ込める為にここへと連れて来られたのだ、と今になってようやく理解した。
「陸子梓!おい!陸子梓!?」
彼とは初対面だ。
これまで何か嫌な事をした覚えもなければ、された覚えもない。一体何があってこうなったか心当たりがなさ過ぎて、怒りよりも動揺が強かった。
「陸──ふっ……!?」
背後から伸びて来た何かが、玉蘭の口を塞いだ。
「──しっ、静かに。と言っても中の音は外には聞こえないけれど」
耳にくすぐったい吐息と、柔らかな感触が当たって、玉蘭はびくりと肩を震わせた。
唇に当てられた手のひらと、背中に触れるあたたかなぬくもりが伝わってくる。
声質は少し低くなっているが、懐かしい優しい声。それが頭の中に甘く響いて、カッと体が熱くなった。
どきどきと胸が高鳴って動けずにいると、戸に打ちつけていた、強く握り締めた左手に手が重なる。
大きさが同じぐらいだった手。今は少し大きくなっていた。
──陸子梓が言っていた言葉は彼に向けてだったのか。
緊張が解けた手に指が絡んで、そして覆うように、優しく握り締められてしまった。
玉蘭はゆっくりと後ろを振り返った。
光を失った闇の中の筈なのだが、玉蘭の瞳にはやけにその顔がくっきりと映っていた。
──⋯⋯あぁ、眩しい。
三年前も経っている。あどけなさは消えて、大人へと変わっていた。
けれど三年前と変わらず、眩い微笑みをかけくれている。
「久しぶりだね、玉蘭」
「……暁」
玉蘭は、もう呼ぶことはないと思っていた、かつて心を通わせた人の名を呼んだ。




