5.荷を運ぶ
「無事に帰って来いよ」
と、憐れむ張に見送られた玉蘭は、目の前にある自分よりも小さな背中に鋭い目を向けながら歩いていく。
用があると言われたものの、その用が何かを語られる事は一切ない。沈黙が続く中で、子梓は急にぴたりと足を止め、建物の廊下を指差した。
怪訝な表情で指の先を辿ると、廊下には積み上げられた書物や巻軸が置かれていた。
玉蘭はとても嫌な予感がした。
「それではこれを持って下さい」
「持つ?まさかこれを全部?一人で?」
「はい、だから来てもらったんですが?武官なんですからこのぐらい当然軽々と持って歩けるでしょう?それとも持てないんですか?日々鍛えてる筈の武官が?」
子梓は厭味ったらしい笑みを浮かべ、小憎たらしい言葉をさらりと述べた。
この少年を怪力少年だと王宮で知らぬ者はいない。かつて高官を、それも中々の膨よかだったと聞く男を、ぶっ飛ばした少年だ。
その有り余る力があるのならばこれぐらい軽々と運べる筈だ、この武官である自分よりも。
──自分で運べ、自分で!
そんな事を口が裂けても言える筈もなく、何で俺が、とぶつくさと荷物を持ち上げる。
「今何か言いました?」
「いえ、何も?」
怪力少年は地獄耳でもあるようだ。
玉蘭は笑顔を作ってとぼけるが、口元は少し引き攣っていた。
荷は思ったよりも重くは無いが数がある。特に巻軸は積み上げられないので、ひどく持ち辛さを感じた。
おまけに身軽な子梓はひとりですたすたと歩いていくので、玉蘭は置いていかれぬようにその背中を追いかける。
──一体何処まで行くんだ?途中でこれをうっかり落として傷をつけようものなら⋯⋯。
考えただけでも恐ろしい。
王宮のものを下っ端の武官などが容易く弁償出来るものではない。何より「武官のくせに」とぐちぐちと嫌味を言われそうだ。
想像してげんなりとしてつつ、歩きながら器用に持ち直す。そして涼しい顔して歩く子梓へと目を向けた。
「あの……これは一体どちらまで?」
「西の蔵書楼です」
「西?──えぇ、西っ!?ち、ちなみにどちらからこれを持って来られたんですか?」
「宮中です。全てそこから借りたものなので」
全く骨が折れましたよ、と手で肩をほぐす子梓に、玉蘭は言葉を失った。
この朱稜城には蔵書楼が二つある。
一つは外朝の、東に位置する蔵書楼で、この宮殿で蔵書楼と言えば主にそこを指している。
なのでてっきりそこへ持って行くのだと考えていた。
しかし違った。事もあろうにもう一つの方の蔵書楼だと言ったのだ。
──どおりで方角が違う筈だ⋯⋯ってふざけるな!
玉蘭は合点がいったと納得し、思わず声を荒げそうになった。
西に位置する古く小さな蔵書楼──そこは現在使われておらず最早物置となっていた。
ほぼ人が立ち入りしておらず、今はもうその辺りを見廻りする武官ぐらいしか知らない『忘れられた蔵書楼』とも言われている。
玉蘭が怒る理由はその場所にある。
西の蔵書楼は、外朝の中でも宮中に近い場所にあるからだ。そして玉蘭達が見廻りをしていたのは南側で麒麟門に近い場所だった。
つまりは目的地である西の蔵書楼を通り越して、わざわざ玉蘭たちがいる場所まで持ってきているのだ。
──直接持って行ったほうが近いだろっ!なんでここまで持ってきた!?
玉蘭は身軽そうに歩く少年の背中をキッと睨み付ける。
──いや待て。
とある疑問が浮かんで、玉蘭は眉を顰めた。
宮中から西の蔵書楼へ返却する書物を、どうして蔵書楼を通り越してまでこちらへ運んで来たのか。
さらに、そもそも荷物持ちであるならばどうして体躯の良い張はなく、細身の玉蘭に頼んだのか。
普通荷物を持たせるならば、見るからに力が強そうな方に頼む筈だ。
子梓は背後から話しかけてきたのにも関わらず「顔だけは良い方」と言った。顔を見ていないのにそれはおかしい。
もしかすると初めから子梓は玉蘭を知っていて、荷物を運ばせようとしたのではないか。
──つまりそれは……。
「あぁ、着きましたよ」
玉蘭が考え込んでいる内にも、二人は西の蔵書楼へと辿り着いていた。




