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9.君を探して

 宙に浮いた赤橙の炎がゆらゆらと燃えている。

 先程の炎よりも勢いが強いのは術者の違いなのか。その灯はそっと寄り添うようなあたたかさを感じて、ずっと見つめていると何だかうとうととしてきた。


 ──懐かしい夢を見たような気がする。白昼夢か?


 夢の内容は思い出せない。

 ただ嬉しくて、悲しくて、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、今もまだ胸が落ち着かなかった。


「玉蘭がこんなに近くにいるとは、ね」


 急に話しかけられた玉蘭はハッとした。

 肩にかけた淡黄の羽織りの衿元を引き寄せ、左を向く。その動きはとてもぎこちない。

 直ぐそばで、自分と同じく壁に体を預けて座る瓈暁の姿があった。

 微かに気怠げな彼は、衣の首元が緩んでおり、すっと伸びた首筋から鎖骨の辺りまでが見えて、甘く芳している。

 見ていると胸の鼓動が速くなり、変な緊張感に包まれた。


 ──なんだかこの状況はまるであれだな。まるで⋯⋯これも全て暁が変な事をしだすからだ!


 先ほど玉蘭は瓈暁に少しばかり体を探られた。

 突然容赦なく衣を剥がされ、肌を触れられて。恥ずかしさと擽ったさで抵抗をしたが、それでも意地として退かない瓈暁に負けて、結局は隅々と調べられてしまった。

 瓈暁の衣が乱ているのも、微かに疲労の色が見えるのも、攻防によるものだった。


 ──全く、俺が他の奴に気を許すなんてある訳があるか。


 ぎくしゃくとする玉蘭の頬は薄っすらと赤らんでいる。灯火符の灯はそんな玉蘭の様子を容赦無く照らしていた。

 

「私がこちらに来てからは慌ただしい日々が続いて、あっという間に月日が流れていた。けれど一昨年の、あれは夏の終わり頃か、義塾を訪ねた」


 そして、と瓈暁は急に言葉を止めた。

 どうしたと顔を窺えば、こちらを見つめる目があった。美しい切れ長の目は玉蘭だけを映している。だがその中に悲しみの色が混ざっているように見えた。

 黙っていた瓈暁がふっと小さく笑う。


「そこに君はいなかったら行方を探していた。まさか武官になっていたなんて盲点だったよ」


 ──あの後会いに来てくれていたのか⋯⋯それに探してくれていたなんて。


 玉蘭は驚いていた。

 けれど信じられなくて疑いの目を瓈暁へと向ける。


「お前が去った後俺も義塾を出た……お前を探しに。お前も俺を探してくれていたのか?」


 玉蘭の問いに瓈暁は「あぁ」と小さく頷いた。

 胸の奥から溢れ出たもので口元が緩んでいく。

 あんなにも置いていかれた悲しみに胸を痛めたというのに、それすら忘れてしまう程に、瓈暁の言葉が嬉しくてたまらなかった。

 

「私は朝廷側からすれば王の隠し子だ。真実は少し違うけれど、しかしそんな事情だから、王の元へ行くのならば全てを口外無用だと言われた。だから玉蘭に言えなかった。君の元から去った事を、私はずっと会って謝りたかった」

「暁……」

「だけど、私は父に一度会ってみたかったんだ。仙である母は、どうして禁忌を破り、人である男を好きになったのか、ずっと気になっていた。だからあの時は父に会うことだけしか頭になかった。今思うと、ちょっと出掛けてくるとぐらい言って行けば良かったかもしれない……何も告げず、すまなかった」


 そう言って瓈暁は頭を下げた。

 玉蘭は何も知らずに悲しみに暮れていた事を悔いた。頭を下げて欲しかった訳ではなかった。謝ってもらうつもりなんてさらさらなかった。

 玉蘭は慌てて首を横に振る。


「ずっと会いたかったんだろう?なら会えて良かったな」


 そう笑いながらも、嘘をついた。


 ──本当は事情があると言うのならばそれを話してくれれば良かったのに。


 ──一緒に連れて行って欲しかった。


 ──会えて良かったなんて、綺麗事だ。


 心の中はそんな醜さでいっぱいだ。

 玉蘭はこんな真っ黒な胸の内を瓈暁には知られなくはなかった。彼の笑顔を見れなくなるのが嫌だった。

 彼の、あの早暁の陽の、目が眩んで焦がすような眩しい笑顔が好きだった。

 そんな思いを知らない瓈暁は苦い笑みを浮かべ、ありがとう、と言った。


「しかし、お互いにお互いを探していたなんてな」


 玉蘭はもやもやとした心を消し去ろうと、平静を装って話を変える。


「あぁ、だから麒麟門で君を見つけた時はとても驚いたよ」

「……あんなに離れてたのに分かったのか?」

「分かるよ、玉蘭が何処にいても」


 またそんな事を、とぶつぶつと呟きながらも表情は緩んでしまう。

 瓈暁は「あぁそれと」と何かを思い出したように言った。


「君は酒に気を付けた方が良い」


 にこりと笑みを浮かべて言われ、玉蘭は言葉を失った。


 ──あの高級宿はやっぱりお前だったのか!


 王子という地位がある瓈暁ならば高級宿に泊まれるのも納得だが、それはつまりあの醜態も見られてしまったという事だ。


 ──あんな間抜けな姿を見られていたなんて!


 顔を真っ青にさせた玉蘭は何処かに穴があるなら入りたい気持ちでいっぱいだった。


「君が同僚と飲みに行ったと知って行ってみると、道端で眠りにつこうとしているから慌てて宿に連れて行ったよ。ただ佳人を無理矢理酔わせて連れ込んでいるように思われたようで、ふふっ、宿の店主から怪しい目で見られてしまった」


 その時の事を思い出しているようで、くすくすと笑っている。

 

 ──もしかして店主に金を掴ませたのは、怪しい人がいると通報されない為だったのか?


 なんだかそんな意味もある気がしてきた。


「玉蘭は酒癖があまり良くないのかい?」

「いいや、いつもは平気なんだが、その日は飲んでいた酒が悪かった…………その、世話をかけて悪かったな」

「世話をかけられてたとは思っていないさ。だが酔った君はあまりにも煽情的なものだから、周りの男たちは皆厭らしい目で見ていた。いつ獣たちが牙を剥かないかとひやひやしたよ」

「なっ、そんな事ある筈無いだろう!」 


 玉蘭は納得がいかなかった。

 自分よりも今の彼の姿の方こそ、他の者には見せたくない程の、香気を漂わせている。

 今だってやけに色っぽくて、これでは厭らしい目の恰好の的だ。

 なので『どっちがだ』と強く言い返したかった。

 けれど瓈暁は「君は自分が分かってないようだ」と小さく笑った。

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