イルミール師匠
「ふぅん。大体わかったよ。君が操る魔力は魔力じゃない。かと言って神力とも違う。面白いね」
イルミールが目を細め意味ありげに呟くけど、私はもうその言葉の意味を咀嚼する事が出来なかった。
魔力のコントロールという名のしごきに、疲れ切っていたから。
もうあれは完全にしごきだ。
まず魔力のコントロールの訓練で腹筋をする意味がわからなかった。
上体を起こそうと、みっともなくジタバタする私の膝を押さえるイルミールの愉しそうな顔といったら……。
イルミールとお揃いのシーツみたいなローブみたいな服を出してくれたのは唯一の優しさか……。
そもそもこの体は四歳児程度の大きさなんだから、そんな筋トレについていける筈もない。
その後も酷かった。
腹筋した後に、じゃあそこから魔力を全身に流して元の場所に戻して。なんて言われても端的すぎて到底理解出来なかった。
そこってどこ?
流すって何を?
どうやって流すの?
そうやって一つ一つ質問を重ねて、漸く『腹筋した後痛くなった場所を中心に、血液の流れのように魔力を全身に流し、またその場所に魔力を運ぶ、それをひたすら繰り返す』のだという事を理解した。
と言うより、そういう風に解釈した。
じゃなきゃ最初に腹筋させた意味がない。
イルミールはあれだな。自分が何でも出来るが故に、出来ない理由が分からないタイプだ。多分。私をからかって楽しんでいるのでなければ。
それでも何とか数時間後にイルミールに及第点を貰え、今こうして仰向けになって放心状態……。
魔力を循環させるだけでこの体たらく。
そして出来るようになった事は、女体化とダダ漏れ防止……。
いや、そもそもデミさんに性別が定まったら呼べって言われてるくらいだし、なんとなく最初に男性化しただけだから、女体化したって面白くもなんともない。見た目幼児なのにはかわりないし。
ダダ漏れしなくなったのは嬉しいけど、気を抜くと漏れるらしいから慣れるまでは気を付けないと。
はぁ。この様だと憧れのファイヤーボールを使えるようになるのは、当分先になりそう。
神獣って、強い魔力持ってるんじゃなかったでしたっけ?
ああ、そういえばアナベルさんがマリウスさんに言って講師をつけさせるって言ってたな。
マリウスさんに何も言わないでここに来ちゃった。心配してるかな? マリウスさんの事だから、きっと心配してくれてる。
戻らなきゃって頭では思うけど、今は疲れて指一本だって動かしたくない。
荒い息が整ったら、今度は頭が重くなって瞼がさがってくる。
あぁ、もうダメだ。
おやすみ……な、さい…………ぐぅ
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目が覚めたのは、太陽の位置が真上にきてからだった。
聖木の葉の隙間を縫って降り注ぐ太陽の光に、シパシパと目を瞬かせる。
かふぅ、と一つ大きく欠伸をすると、四つん這いになってぐぐーっと伸びをする。
なんとなく狼型の時からの癖だけど、今の私は人化したまんまだった。
今まで寝て起きたら狼化してたけど、これがイルミールの訓練の成果なのかな?
「イルミール?」
『おはよう愛し子。よく眠っていたね』
イルミールの姿が見えなくてちょっと不安になったけど、イルミールはすぐ傍に精霊の姿でちゃんといた。
緑の丸い玉。
なんでこれがあんな美丈夫になるのか……。
この世界はまだまだ分からない事が沢山ある。
「ん~。まだねたりないけどあおきしりょうに行かなくちゃ。むだんがいはくしちゃったよ」
『無断外泊ねぇ』
「マリュースさん怒ってないといいな」
『人間に気を遣うことなんてないのに』
「そういうわけにはいかないでしょ! おせわになってるのに……それにおなかしゅいちゃった」
何というか、イルミールに貰った果実だけでも充分飢えは凌げるんだけど、やっぱりちょっと物足りなく感じてしまう。
それに何より、やっぱり心配かけてると思うとソワソワと落ち着かない気分だ。
さて、どうやって帰ろうか。
歩いて帰るには距離がありすぎるし、そもそも道を覚えていない。
かといって転移するにはこれまた距離があるし、ここに来た時の頭痛と吐き気を思うと尻込みしてしまう。
……うぅん。
幸いメロペーシュはまだまだ沢山あるし、一思いに転移してしまおう。
それに今回は訓練もしたし、昨日よりはマシになってる筈。
「イルミール、いろいろありがとう。きゅうに来てごめんね」
『いつだって構わないよ』
そう言うとイルミールは人型をとる。
やっぱり綺麗。大精霊とか言われてるだけあるな。
「あ!」
何か引っかかると思ってたけど、スラッとした中性的な容姿に尖った耳。エルフだ! 映画で観たエルフの姿そのまま!
映画よりずっと綺麗だけど。
「イルミール、エルフみたい」
「は?」
この世界にはエルフはいないのかな?
「……みみとんがってるし」
「ああ、そうか。君はまだこの世界について何も知らないんだもんね。神も教えてから寄越せば良かったのに」
「?」
私がこの世界について何も知らないのは自覚してる。
講師を頼むなら、そういう事も教えてくれる人がいいな。
「我はエルフの始祖だよ」
「しそ? ごせんぞさま?」
「……かび臭い言い方しないでくれる?」
ご先祖様がかび臭い言い方かどうかは置いといて、イルミールはエルフの始祖らしい。始祖って事は……
「エルフのおとうさん?」
「……」
流し目で睨むという高度な技を披露していただきました。
う、うん。まぁそのへんはまた講師になる人に色々聞いてみましょう。
「そろそろいこうかな」
「君が人間の中で暮らすのは正直面白くないけど、神がそう望むんだから仕方ない。神獣とはそういうものだし……あまり人間に毒されないようにね。それに……」
「それに?」
「……いや、何でもない」
「あぁ、うん。イルミール、メロペーシュありがとね。またくるから」
「……そんな名前で呼ばないでくれる?」
いつになく固い表情に固い声。今までふざけてキツい物言いをしたりされたりはあったけど、こんな固い無表情は見た事ない。
「……え?」
「我の果実はそんな名前ついてない」
「メロ…?」
「君がリンゴって呼ぶのは構わないけど、人間がつけたそんな卑しい名前で呼ばないで」
「……イルミール?」
初めてイルミールから感じる不穏な空気に、トクトクと鼓動が速まる。
理由は分からないけど、私がリンゴと呼び人間たちがメロペーシュと呼んでいるこの果実に何かあるようだ。いつも穏やかなイルミールが、卑しいなどと言ってしまうくらい。
「……うん、ごめんねイルミール」
シュンと項垂れる私の頭上で、耳までヘロッと垂れる。
イルミールはバツが悪そうな顔をして溜め息をつく。剣呑な雰囲気がパッと晴れた気がした。
「……別に、君が悪いわけじゃないし。ただその名前で呼ばれたくないだけだから」
「わかった。リンゴありがとね」
「うん。足りる? もっと持って行きなよ。まだ空間に余裕はあるでしょ?」
言うが早いか、イルミールはドサッとリンゴを私の前に出して見せた。
「こ、こんなにたべきれないよ!」
「大丈夫だよ。腐らないから」
「きもちはありがたいけど……」
「なら持って行って。心配なんだ。なんだって神はこんな姿で……」
「え? かみがなに?」
「……何でもない。ほら、早く仕舞って」
「う、うん」
言いかけた事が何なのか気になるけど、珍しく心の内を零してしまったであろうイルミールの気配に、疑問を飲み込みリンゴを仕舞う作業に集中する。
必要なら言ってくれるよね?
いつだってイルミールは私に色々教えてくれる。今はその時期じゃないんだきっと。
私は狼型になると、青騎士寮に向けて転移すべく魔力を纏わせた。




