マリウス・リナレス
幸せそうにお肉を頬張る神獣様の姿に、頬が緩むのが分かった。
弟のエルネストが突貫で仕立てたローブだけれど、よくお似合いになる。子犬……いや、狼型の姿のもふもふ毛皮も捨てがたいが、人型になっても本当に美しい。
神の色を持つ神獣。
高貴な存在であるにも関わらず、謙虚さを忘れない振る舞いが板についており、もどかしくもあった。もっと甘えてくれたらいいのに。
抱っこはお好きなようだ。どこか冷たくも見える子供の姿だが、少し触れ合えばとても人懐っこい一面を見せてくれる。
今もそうだ。いかつい屋台の親爺に子供らしい素直な笑顔を向けていた。ローブで隠してしまうのがもったいなく思える。
しかしーー。
街へ連れて来たのは、少し早すぎたかも知れない。
もう少し周りが落ち着いてから……せめて神殿の出方を伺い、対策を講じてからにしておくべきだった。
「リナレス、遅かったではないか」
「これはこれは、副神官長殿。こんな時分にこのような場所で、どうされましたか?」
お腹がふくれご満悦な神獣様と手を繋ぎ、青騎士寮へ向かう道中、今最も会いたくない人物に遭遇してしまった。
「ふん。わざわざ用もないのにこんな場所へ来るか」
昨日神官長と共に訪れたマルチャン副神官長その人が、不機嫌さを隠す様子もなく門の前に佇んでいた。
「はぁ。どなたかとお約束でも?」
「ああ。神獣、様はご健勝か?」
「……ええまぁ」
チラ、と神獣様と視線を交わす。真っ青に澄んだその瞳は、ローブの中で不安に揺れていた。
「寮の連中はここに神獣がいる事を知らないのか?」
「ええ。ただの子犬だと思っているのではないでしょうか」
カルロス隊長の部隊が、子犬を拾ったという話しは広まっているはずだが、その子犬が神獣様だという事は、まだ一部にしか知られていない。何せ我々も知らなかった位だ。
「ふん、どうりで。連中に聞いても要領を得ないはずだ」
「お聞きになったのですか?」
「悪いか? いずれ神獣は王を選ぶであろう」
「はぁ」
「あのみすぼらしい子犬が本当に神獣だと言うのなら、私を見て思うところがあるはずだ。そうだろう?」
この自信は一体どこからくるのか理解に苦しむ。噂通りの不遜な態度に、神獣様を軽んじる発言。顔が引き攣りそうになる。
例え神獣様に思うところがあったとしても、それは彼が思う意味とは真逆だろう。私の手を握る神獣様の小さな手が、それを物語っている。
「私にはわかりかねますが……そのような発言は慎むべきかと存じます」
自然口調がキツくなる。目の前の子供が神獣様だと知らないとは言え、あまりな言い草だった。
「リナレス、貴様この私に意見するつもりか」
「いえ、物の道理をご説明させていただいております。神獣様は神の次に尊い存在です」
「黙れ若造が! 神の次に尊いだと!? あのようなみすぼらしい子犬を神獣だと言い張るのなら、私の前に連れて来い!」
「もし神獣様がお選びになられるのなら、昨日お会いした時点で貴方は王になられていた」
「ぐっ……だからっアレが神獣だと決まったわけではないだろう!」
この後に及んでまだそんな事を言うのか。神獣様をみすぼらしい子犬扱いの上、アレ呼ばわりだ。
「お言葉ですが、かの神獣様はみすぼらしくなどありませんよ。幼いながらも神々しい、神の色を持つ存在です」
「ふん。確かに色は古文書の通りだ。だがお前も言うようにまだ幼い。しっかりした後見が必要だと思わないか?」
「はい。なので我が隊長が後見につきます。エンシーナ侯爵がね」
エンシーナ侯爵家は、我らが青騎士団、第三部隊隊長カルロス・エンシーナの実家である。カルロス隊長のご結婚を機に家督を譲られた。
本当に神獣なのか疑わしいなどと言う態度で、後見がどうのと言い出すなんて何を考えている?
まぁ大方神獣様を取り込もうなどと考えているのだろうが……。あまりに短絡的すぎやしないだろうか。
後見については、正直たった今思いついた事だが、カルロス隊長に否やはないだろう。仮にダメだったとしても、その時は私が後見人になればいい。
「そのような重大な事を神殿の許可なく進めるとは……っ!」
「神殿の許可? 何故その必要が?」
これは純粋な疑問だ。
王家ならともかく、何故神殿に許可を求める必要がある?
いや、王家だとて神獣様がする事に異を唱える事など出来はしない。それ程神獣という存在は、この国、いやこの世界にとって大きなものなのだ。
「このままではすまないぞリナレス。この事は神官長にも報告させてもらう」
「承知致しました」
心のこもらない笑顔で見送る。神官長がまさか副神官長と同じように考えるとは思わないが、こちらとしても対策を立てておいた方がいいだろう。
面倒な事にならなければいいが……。
「マリュースさん、ごめんね」
「ラルちゃん? どうして謝るの?」
「せっかくのお休みだったのに、つきあわせちゃったし……私のせいで、なんだかたいへんなことになっちゃいそうだし……」
「そんな事気にしないで下さい。それに、ラルちゃんのせいではありませんよ」
きゅっと繋いだ手に力が入る。
ああ、まだこんなにお小さい。しっかり守って差し上げなくては。




