32話 メニフェス
(儂さえもキスはまだなのに、イマリのプルプル唇を奪おうとするなぞこの不届き者め!!)
肩の上でセクトがピョンピョンと怒りあらわに飛び跳ねているが、トカゲの姿ではメニフェスに言葉が通じる筈も無く
「思わぬ妨害で気が逸れた」
軽く溜息を吐きメニフェスはセクトを手で鷲掴みし、ヒョイと後ろに放り投げてからメニフェスは私を再び見た。
地面にドサッと落ちた音とグエッとカエルが鳴く様な声が聞こえたが気にしないでおこう。
「まぁ、良かろう。お前にちょうど会いたいと思っていたんだ。……その前にどうしてずぶ濡れになっているんだ?」
「えっ、えーと……不注意で濡れました。アハハッ」
”貴方と同じ国出身の女官に水をかけられました。”
っと、あまりにも馬鹿馬鹿しい出来事だったので告げ口する気はなかったので目線を泳がせ笑ってごまかした。
メニフェスもそんな私の態度にフッと笑みを見せ
「割とそそっかしいんだな。……そのままでは風邪をひくだろう」
首に巻いていた深緑色のストール?みたいな物を外し私の頭にバサリとかけ
「これで拭け」
「……ありがとう」
ぶっきらぼうな態度だったけど、素直に私はお礼を言った。
貸してくれた布は肌触りも良くとても柔らかい。
何となくだが、高級な物じゃないの?と疑問に感じていたらメニフェスが突如、思い出したかの様に口を開いた。
「前にお前の名前を聞く約束をしていたな?名は何という?」
布で顔を拭いながら、初めて会った時にそんな事言ってたなぁと思い出した私は
「私の名前は伊万里です。周りの人達はイマリと呼んでいるので、それで呼んでくれたらいいですよ?」
「イマリ……不思議な響きを持つ名だな」
メニフェスの言葉にぎくりとした。
長い事、異世界に行ききしエストルダ帝国の皆に普通に『イマリ』と名前を呼ばれていたので、自分の名前の特異性などすっかり忘れていたのだ。
確か、他の国の人達にも『華嫁』が異世界人と知っているらしいので名前で気付かれないよね?と緊張の面持ちでメニフェスを見ると
「名前が分かった所で、イマリ、お前に頼みがあるんだ」
「頼み?」
さほど名前に関して深追いされる事なく話題が変わりホッとしたけどメニフェスの言葉に首を傾げた。
「実は妹は帝国に来てからずっとふさぎ込んでいて、お前の事を話したら興味を持って友達になりたいと言っているのだが、会ってくれないか?」
「私に?」
「ダメか?俺が見る限り妹とイマリは同じ年頃に思える。同年代だから話が合うかもしれないし、イマリに会えば妹が少しは元気になってくれれば兄として嬉しいのだが……」
懇願する様に目線を向けてくるメニフェスに私は悩んだ。
うっかり知り会ってしまっているが、メニフェスはドールア国の人で、その国の人達に『華嫁』とばれない様、私は侍女に変装?している身なのだ。
しかし、私は迷いながらも
「いいですよ」
そう、答えてしまった。
―――妹さんの事をかなり心配しているメニフェスの表情を見たら断る事なんて出来ないじゃない……。
私は自分の姿と重ねていた。
義理の兄達は自分の事を可愛がり心配をしてくれる。
それが血の繋がった実の兄妹なら尚更だ。
――――――アラン兄様は……
ふと、一番上の義兄の苦しそうな表情がよぎったがすぐにかき消した。
今はふさぎ込んでいると言うメニフェスの妹の事が重要だ。
メニフェスは返答に安堵した表情を見せ
「良かった。早速だが妹に会って欲しい」
「えっ?今は無理ですよ!仕事中なのに」
手をつかまれ連れて行こうとするメニフェスに私は慌てた。
確かに会うと言ったが自分の都合を考えてほしい。
それにメニフェスが布を貸してくれたとはいえ、服がまだ濡れている状態なので早く着替えたい。
「何時ならいいのだ?」
「夕方には仕事が終わるのでその後だったら……」
今日は珍しく夕方に予定が無かったので私はすんなり答えた。
ちなみに普段は両親や義兄達の相手をしている事が多い。
「では、終わった頃を見計らって迎えに行こう。……そうだな、待ち合わせはここで良かろう?それとここに来る時に白いトカゲも連れて来てもらいたい。…………妹は無類の爬虫類好きだ」
最後の台詞は溜息をもらしながら呟き諦めに近い雰囲気を醸し出したメニフェスに少し変わった妹さんなのかな?と内心思いながら口には出さなかった。
それにしても、女性で爬虫類好きなんだ、珍しい。
セクトならノシつけてでも差し上げるけどね……何て事を思いながら数分前のセクトの言葉を思いだし顔が熱くなるのが分かった。
さっきセクトはキスがどうのこうのって言ってなかったけ?
ちらりとメニフェスを見ればいきなり顔を赤くした私に不思議そうに見て
「どうした?顔が赤くなっているが熱でも出てきたのか?」
手が伸び私の頬を触ろうとするメニフェスに一歩下がり
「だっ、大丈夫です!!! 夕方またここに来るので私はこの辺で!!」
年齢=彼氏いない歴の私はキャパシティを超えてしまったので、平静に入られる筈も無くその場から慌てて私は離れた。
*
いきなり顔を赤らめ自分から逃げる様に駈け出した伊万里にメニフェスは笑いがこみ上げていた。
伊万里の視線が自分の唇を見ている事に気付いていたからだ。
多分、会った瞬間キスをしようとした事を思い出したのだろう。
明らかに男性に慣れている雰囲気は無く初心なんだろう……。
彼女の悲しそうな表情を目にした途端、慰めたい衝動が沸き起こり行動してしまっていた。
……トカゲに邪魔されたが。
まだ会って数回なのに不思議と引きつられる伊万里にメニフェスは自嘲気味に笑った。
『華嫁』は竜を従えるだけでなく人を魅了する力をもっているのかと?
今はアッシュブラウンの髪に琥珀色の瞳と魔法を使って姿を変えているかは分からないが、本来の伊万里の姿は黒髪黒目だ。
そう、黒髪黒目の華嫁 そこが重要なのだ。
その為には伊万里には妹と仲良くなってもらわないといけない。
「アカギいたのか?」
いつの間にか背後に立っていた真紅の髪の男性に声をかけた。
20代半ばの青年の姿をしているが、ドールア国の赤竜だ。
「……主よ。『華嫁』に対しその感情は危険だ」
淡々と話すアカギにメニフェスは自分の守護竜には全て筒抜けだなと改めて感じた。
言われるまでもなく、自分が一番理解をしている。
アカギに釘をさされなくてもドールア国の王としての立場は重々に分かっている。
「……大丈夫だ」
そう伝える声はいつもと違い覇気がなかった。
そんなメニフェスの姿にアカギは静かに見つめていた。
***
(ぐぬぬっ、イマリなら許されるが野郎の癖に儂を投げるとは言語道断!次に会った時は覚えておれ!!)
地面の上でジタバタしながら復讐を誓うセクトの姿があった。