赤い結晶
「ん……?朝か……」
身体に掛けていた布をどかし靴を履いてテントから出ると、日光に照らされてより輝きを帯びた巨大な結晶が出来ていた。
「良い感じだな」
最後に無駄に飛び出している部分を鎚と杭で落とし、『紅の結晶-再現品-』が完成した。
「後は修復と最大値の設定もしといて、硬化も足しとくか」
結晶内の魔法陣の設定を弄りさらに一つ追加する、そして『保護』の魔法陣を除去すると、世界に紅が広がった。
「これは、確かに凄いな……」
土も草も木も、転がっている石さえも紅く染まっていた。
「やっぱり特別だったのはこの土地だったのか」
テントなどを荷袋に回収し焚火を崩しておく。
「盗み対策と破壊対策は十分、後は何をすべきかな……」
価値の低い素材を使う事で盗もうとする人間を減らし、頑丈に作る事で誤って魔物に壊されたり食いつくされる心配は無くなった。
「森の生態が分かれば他の対策も思いつくか」
水などを補給するために村へ帰っている道中、村長を救助した際に見かけた魔物に囲まれた。
『ガウガウ!』
銃を引き抜いて弾倉を切り替え、吠える魔物の胴体を狙い発射する。
『ギャウン!』
弾丸が直撃した魔物の一匹が悲鳴を上げ、そして足の力が抜けたように倒れる、すると他の魔物は一斉に走り去ってしまった。
「野生ってのは世知辛いね」
銃をしまい倒れた魔物の近くに片膝を付くと、規則的な寝息が聞こえて来た。
「毛は色が薄くなってきてるけど地肌はまだ赤いな、魔物でもそんなに切り替わるのは早くないか」
短剣で毛を少量切り取り荷袋から取り出した金属の容器にしまい、口に触れてと開かせて中を確認する。
そして瞼に優しく開かせると、赤く染まった瞳と目が合う。
「色が違うってだけで他の地域にいる種とそんなに変わらなそうだな」
調べた事を手帳に纒め、目が乾かないように閉じさせてから、足を二本づつ掴み藪の中に移動させておく。
その後も何匹かの別種を眠らせ調べるが、どの種も色が違う以上の違いは見つける事は出来なかった。
「これ以上は専門家の領分かな、中開けて調べるのも可哀相だし」
街へ戻ると、村の人々が建物の外に出て赤くなった森を眺めていた。
「お若い人!森の色を戻してくれたのですか!」
杖をつきながらやってきたヴェンさんの表情は喜びで満ちていた。
「はい、取り敢えず色を戻すことは出来ました、後で再発防止の為に調査に行くつもりですけど」
「おお……、無関係だというのになんとお優しいお方……」
余程感激してくれたのか、目の端に涙が浮かんでいる。
「いえ、単に好奇心で動いているだけですから」
本当に感謝がされたくてやっている訳ではない、自分が出来る事だから行動を起こしただけだ。
「それで聞きたい事あるんですけど、この辺りに大型の魔物がいるような話は聞いた事ありますか?」
「大型の魔物……?いいえまったく」
「そうですか、ありがとうございます」
長くこの村に住む村長が知らないのならば少なくとも村近辺や、赤結晶の周囲には生息してはいないのだろう。
「村周辺の地図とかってあったりするんですか?」
「いいえ、元々小さな村でしたから、そう言った物はありませんね」
「そうですか……」
観光地である以上は迷わない様に地図がある物だと考えていたが、象徴的な存在が一本道で行けるのと、元々規模が小さい事もあってか用意するまでもないと考えられていたのだろう。
「ですが、騎士の方々が巡回の為にと、周辺の地図を描いていたと聞いた覚えがあります」
「本当ですか?それは今どこに」
「どこにあるかまでは分かりません、ですが、騎士の方々が使われていたあの建物にあるかもしれません」
そう言って村長が指差した方向には、屋根の上に特徴的な星型の石が設置された建物があった。
「現在は使われていませんが、元々は騎士の方々が駐在されていた場所ですので」
「なるほど、行ってみます」
屋根を目印に建物の正門へと向かうと、やはりと言うべきか分厚い鎖と錠で閉め切られていた。
「……魔導具じゃないんだ、これなら簡単に壊せるけど良いのかな、まあいいか」
囲うように建てられた塀の上には金属の棘が並べられており、簡単には登れない様にされている。
「赤の森が無くなったからって見捨てたとか……、そこまで薄情じゃないよな」
柄だけの魔道具を取り出し起動し、表れた青白い炎の刃で錠の細い部分にゆっくりと触れ焼き切る。
地面に落ちた錠と鎖を横にどけ、正門の片方を開き敷地の中へ入る。
「雑草が凄いな……」
雑草を乗り越えて建物の入り口の鍵穴に炎の刃を刺込んで溶かし切る。
「お邪魔します」
現在誰も居ない建物ではあるのだが一応の挨拶をしておき、扉を両開きにして外の空気を呼び込み、首飾りを二つ服の内側から取り出す。
「数年分の埃が凄いな、流石に」
首飾りを二つ起動すると、丸く透明な石が付いた方が光を放ち中を照らし、羽根を元とした金具が付いた首飾りが全身に薄い風の膜を作り出し埃を遠ざける。
近くの部屋から順番に物色してから、窓を開けて風の通り道を作っては次の部屋へ向かう。
「重い家具だけ残して撤退したって感じかな、……お?」
木箱の幾つかが置かれたままの部屋を発見した。
どれも釘で蓋が固定されているが、それ以外の施しは特にされてはいないようだ。
先端の薄くした金属の杭を蓋の隙間に差し込み、持ち手に体重をかける事で簡単に外すことが出来た。
蓋をどかした中には何かの報告書と、巡回路図と書かれた地図が入っていた。
「結構広範囲だし詳細に書かれてるな……、他のも大体一緒か」
ここに残されているのは処分すらも不要だと判断されたのか、単に忘れられてしまったのか、なんにせよ助けにはなりそうだ。
地図を一枚だけ取り出して懐にしまい蓋を上に戻しておく。
「あれ」
目標も達成し部屋を出ようとした所で、隅の方にナイフが落ちているのを見つけた。
「落とし物かな」
拾い上げて埃を掃ってやると、鞘に『ウェンズリー』という名が焼き印されている事が分かった。
鞘からゆっくりと引き抜いてみると、薄い青色をした金属の剣身が表れた。
「『青鋼』だ、やっぱり綺麗だな」
『青鋼』はある地域でだけ産出される金属を用いて作られた合金で、剣に加工をする際には表面が銀色に染まっているのだが、刃を研いでやるほどに青みが増していく不思議な素材だ。
「色合いからしてそれなりに使い込んでそうだけど、忘れても取りに来ないんだな」
このナイフはまだ青と銀が混ざり合ったような質感をしているが、使い込んでいくうちに海のような青になるそうだ。
持ち主に出会ったら渡そうと考え、荷袋の中へ入れておく。
「裏にも建物はあったけど、森を見てからでいいか」
水筒の中身を補充してから、村に残っていた元雇い主の行商人から幾つかの食材を購入する。
「ただ見たいが為に来たかと思ったら、まさか森を直しちまうとはな」
「まあなりゆきで、そういえばここに居た騎士はどこから派遣されてたか知ってます?」
「騎士?悪いがそこまでは知らねえな」
「そうですか、ありがとうございます」
赤く染まった森の中へもう一度入り、地図を頼りに道だった茂みを突き進んでいく。
「看板はあれか」
蔦の絡まった看板には三方向の矢印と、それぞれの行き先の名前が書かれている。
「このまま真っすぐ行くと川があって、左は洞窟か」
川と洞窟、危険な魔物が潜んでいる可能性で言えば洞窟の方が高いが、川の源流に行けば大型の魔物が生息している事は多い。
一先ずは洞窟に向かう事に決めて、地図に従いながら茂みを短剣で刈りつつ時々素材を採取しながら進んで行く。




