死霊士
「事情は把握した、手伝おう」
「ありがとうございます」
早速魔物の元へ案内しようとすると、後方で控えていた緑髪が亡骸の方へ走って行ってしまった。
「エメラルドンだー!」
そして唐突に叫びだす。
『エメラルドン』とはこの魔物の名前なのだろうか。
「はあ、またか……」
剣士の人は呆れたように溜め息を吐き、魔物の方へ歩いていく。
「よくある事なんですか?」
「アイツは死霊士でな、珍しい死体を見つけると毎回ああなるんだ」
「なるほど」
『死霊士』とはその名の通り死者の魂を操る者で、死体に死霊を宿すこと動かすことも出来るらしい。
そんな彼女の様子を眺めていると、不意にこちらへ振り返りキラキラとした目で駆け寄ってきた。
「ねえねえねえねえねえねえねえねえ!」
「なんですか?」
よく見れば目の下にひどい隈があるが、体調が悪いようにもみえず、寧ろ活力に溢れているように感じる。
「この死体頂戴!お礼はするから!」
「俺は構いませんけど、三人はどうですか?」
「え……、ああいんじゃね?」
「そ、そうね」
「……好きにするといい」
三人は彼女の勢いに引いているのか、微妙な表情をして遠巻きでこちらを眺めていた。
「どうぞもらってください」
「やった!ありがとね!」
個人的にも死霊士が亡骸をどう扱うのかというのも興味がある。
「ちょっと待ってくださいね」
「なに?」
エメラルドンに貼り付けていた紙を全て剥がしておく。
「なにそれ?」
「死体が腐らないように冷やしていたんですよ」
魔法陣に触れないよう気をつけながら、炎で紙を燃やしていく。
「……!気が利くー!」
死霊士が魔物に駆け|寄ると、何かしらの頭蓋骨が先に付いた杖を振るう。
「『来ませ、使役の門』」
呪文が唱えられると魔物の下に紫色の魔法陣が浮かび上がり、そしてその中に黒い円が現れた。
『フフフ……』
『クスクス……』
「なんだこの声」
男女様々な笑い声が辺りに響き始めた。
「あまり聞かない方がいいぞ、やつ曰く、死者の声らしいからな」
剣士さんが気味悪がりながら忠告してくれたので、彼女の行動にだけ集中していると。
「『理死の世へ彼器を受け入れ給え』」
魔法陣から伸びた無数の黒い腕が亡骸に絡みつき、円の中へと沈めていく。
「あれって何処に繋がってるんですか?」
「さあな、後で直接聞いてみたらいい」
「そうしてみます」
予想をするなら気温の限りなく低い世界か、時の進みが止まった世界かだ。
亡骸が完全に円の中へ収まると、死霊の声と共に円が消滅した。
「ては出発するぞ」
「おーす……」
「やっと帰れる……」
皆が歩いていくなか、何やら独り言を喋っている死霊士さんの元へ向かう。
「うんうん、これだけ綺麗な状態なら大分長持ちしそう、背中から首にかけての骨が砕けてるけど、肉には損傷も少ないし腐敗もないからな嬉しいな」
楽しそうに喋っているのを聞きながら、誰もいらないらしい『エメラルドン』の結晶を入る丁度いい大きさに砕いて回収しておく。
「ねえねえ君がエメラルドンを倒したんでしょ?どうやったの?洞窟の奥にいるし吐く炎も厄介だって言われてるのに凄いね!」
質問と称賛が同時に投げかけられた。
「倒したというかただの事故ですよ、三人が狙われていた所をたまたま落下してきた俺が直撃しただけですから」
「?」
起きたことをそのまま説明してみたが理解はしてもらえていないようだ、確かに突飛過ぎたかもしれない。
「えーとですね、まず遠くから人間大砲で空を飛んでいたんですけど、途中で魔物に襲われて落下しちゃって、そして結界を張った俺が真下にいた『エメラルドン』に直撃したって話です」
「ぷっ……、あっはっはっは!君って変なのー!」
笑われてしまったが理解はしてくれたようなので、一応の説明は果たせた。
歩き出した死霊士さんの隣に並ぶと、こちらの顔を覗き込んできた。
「ねえ、君に色んなこと聞いてみたいんだけど嫌にならない?」
「こっちからも聞いていいのなら嫌にならないです」
軽い交換条件のような事を掲示してみる、これなら彼女も気にせず聞けるだろう。
「うん、いいよ」
「じゃあ質問どうぞ」
「はーい!お名前は?」
「レイです」
「じゃあレイくんだ、歳はいくつ?」
「最近十六になりました」
「二個下だー、私の方がお姉さんだね」
雰囲気からして下か同じくらいと思っていたが、予想は外れてしまった。
「何歳から旅を始めたの?」
「家を出たのは十一歳ですね、一人旅を始めたのは十四歳からでしたけど」
「そんなに早いんだ!レイくん偉いねー」
頭を撫でられてしまった、随分と距離感の近い人らしい。
「偉いんですかね?両親は怒ってましたけど」
祖父が残した手紙を活用して半ば無理矢理に家を飛び出した形だ、褒められるような事では無いと思えるが。
「さあ?でも若者には旅をさせよって言葉もあるし大丈夫だよ」
冒険者タリウスの言葉だったか、実家にいた時に読んだ本で見た覚えがある。
「まあ、気にしていてもしょうがないですよね」
「そうそう、その身体は死ぬまでは君の物なんだから自由に生きなきゃ!」
最初の印象は幼く活発といった感じだったが、割と達観した人なのかもしれない。
「レイくんってなんでそんなに首飾りをジャラジャラさせてるの?おしゃれ?」
「これは耐久力の実験中なんです、ぱっと見は派手ですけどね」
「あれ?」
死霊士さんは俺の右手を取って眺めてから、左手にも触れて眺め始める。
「全部の指に指輪付けてるの?手を繋いだ時に痛くて逃げられちゃうよ?」
その視点は初めてだ、だとしたらもっと細めの物を作った方が良いだろうか。
「なるほど、参考になります」
今の指輪の実験が終わったら、さらに小型化出来ないか頑張ってみよう。
「こっちからも質問して良いですか?」
「いいよ!お姉さんが何でも教えてあげる!」
実に頼もしい言葉だ。
「まずは名前を教えて欲しいです」
「そういえば名乗って無かったっけ?私の名前はニオ、職業は連盟員で死霊士だよ」
「じゃあニオさんですね」
「ニオちゃん」
「ニオちゃんの死霊士って普段はどんな依頼を受けるものなんですか?」
馬車などを持っている商人なら荷物の移送、俺みたいな魔導技師なら魔導具の作成や修理、冒険者なら魔物の討伐と言った感じだが。
「基本的には討伐と死体の回収かなー、特に大討伐が増える時期は忙しいんだよねー」
大討伐は大型の魔物や、大規模な群れが発生した際に連盟から出される依頼だ。
つまりはその際に発生する亡骸を処分する必要がある、魔物の素材は活用される事が多いため体積は減るのだが、それでも多く残ってしまう事がある。
その時に先程の大穴があれば死体を手早く片付ける事が出来るという訳か。
「つまりは連盟に欠かせない存在なんですねニオちゃんは」
「……!でしょでしょでしょ!それなのに皆は私のこと気味が悪いって言うんだよ?ひどくない!」
ニオは頬を膨らませ、分かりやすく怒っているという表情を見せる。
今話している限りでは気味が悪いという印象は抱けないが、話していると何かがあるのだろうか。
「寧ろ素直な所が話しやすくて気持ち良いぐらいですけどね」
「……ほんとに?」
「ほんとです」
「もうレイくん分かってる〜!じゃあもう私達友達だね!」
二アは嬉しそう満面の笑みを見せる。
「そうですね」
怒ったり笑ったりと、表情が変わる様子は非常に面白い。
「もっと砕けた話し方で良いんだよレイくん、友達なんだから」
ニアが肩の触れ合う程の距離に歩みを寄せてくる。
友達となると普通はこれくらいの近さになるんだろうか。
「分かった、これからよろしく」
「うん!」
年の近い知り合いや仕事仲間はいるが、友達自体は初めてかもしれない。
せめて一緒にいる間は仲良くさせてもらおう。
「質問に戻らせてもらうけど、『エメラルドン』が入った穴って何処に繋がってるんだ?」
「あれはねー、ゼロの世界に繋がってるだって」
「ゼロの世界?」
初めて聞く単語だ、異世界の一種なんだろうか。
「気温も時間も何もかもが不変なままの世界なんだって、だから死体が腐ることも無いんだ」
「へー、面白そうだし行ってみたいな」
「うん、そのうち連れていってあげるね……」
「楽しみだ」
全てがゼロのままな世界を、どうすれば一にする事は出来るのかを試してみたい。
「そういえば死霊士の人って幽霊と話せたり触れ合えたりするもんなの?」
「皆出来ないと思うよ、単に魔術で操ってるだけだから」
「そっかー」
でも魔術で操れるのならば、魔導具でどうにか触れるようになるかもしれない。
「……触ってみたいの?」
「とても、生きてる人とどう違うのかとか、やっぱり冷たいのかとか気にならない?」
「うーん、別にかな」
別にか、彼女にとっては身近なものであるが故に興味が沸かないのかもしれない。
もうすぐ森を抜けそうだ、街に着いたら宿と素材屋を探さなければ。




