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第十九話:エンゾからの依頼

 エンゾからの依頼は至ってシンプル、かつシャル向きな内容だった。少女に依頼するべき内容では無いということを除けば。

 この街には闘技場がある。王都にほど近く、あたりを森林に囲まれ、辺境方面に出れば魔物も多いため冒険者もかなり多い。となると腕自慢が集まっているので、力比べの場として公式にギルドが運営をしている。依頼とはその闘技場で勝ってほしいという内容だった。

 冒険者や傭兵、兵士どころか腕っぷしに自信がある鍛冶師なんかも出場することがあり、出場資格自体は無制限ということなので問題は無い。

 問題があるとしたら、女性の出場者はかなり少ないということと、子供の出場はほぼ無いと言うことか。稀に騎士団入りを希望する子供が自己アピールの場として出場することもあるため、皆無というわけではない。実際に10歳程度の少女が出た事もあるらしい。

 通常の試合はその日の参加登録者だけで行われるものだが、年に4回大会があり、シャルが参加するのは大会の方だ。対戦形式はトーナメント方式で優勝者には賞金もある。試合は一週間に渡り開催され、公式の賭博もあるということだ。後半の試合程賭けも白熱するらしい。

 エンゾがなぜそんな事を依頼したかというと、その運営に関わる背景にあった。

 大会運営はギルドが主催するが、その協賛している商会にも多大な恩恵がある。賭博の胴元になる他、商会の宣伝、参加者用宿の斡旋を一手に担える。その為に協賛として参加資格が必要であり、その条件は優勝者のスポンサーとなり大会に参加させること。より強い参加者がいれば大会が盛り上がり収益が上がるという算段であった。

 次の大会は夏大会で受付はすでに開始している。大会は5日後からということだ。この大会に勝てばアルエ商会は来年の夏大会の協賛企業となれるわけだ。


『なぁ、それって一回優勝したくらいで意味があるのか?』


 たった一回程度協賛したところで収益はたかが知れているだろう。四年に一回の大会とかなら理解は出来るが…。


「エンゾさん、それって一回優勝するだけで意味があるんですか?」

「ええ、あります。ここ2年、優勝者のスポンサーは独占状態なのです。それが組合で対立している派閥のオリオール商会であり、彼らは次期会長選のライバルでもあります。最大派閥はうちなので会長はうちの派閥から選出出来る公算が高かったのですが、連続で協賛を取られ、利益を独占されるようになってからこちらの派閥の弱体化が進んでいます」

『ああ、なるほど…政治的な権力争いに影響してるのか』


 俺は話が理解できたが、シャルにはわかっていないようで真顔になっていた。


「ヤスユキ、解説してー」

『勝ったら儲かるだろ。儲かるから仲間が増える。ずっと勝ち続けているライバル商店がいて、そいつらに仲間まで奪われそうだから一回やり返してストップさせたいってことだ』

「なるほどー」


 話途中からシャルが解説を求めるようになったので、俺も話に参加する形になってしまった。エンゾさんは話難そうかつ、不気味そうに俺が居る方向へ目を泳がせているが律儀に待ってくれていた。


「オリオール商会お抱えの戦士は、騎士団のスカウトを何度も断った変わり者のソロの冒険者で、騎士団に入れば将来は騎士団長もあり得たと言われる凄腕なのです」

「現役魔法騎士団長と比べたらどうですか?」

「ヴィルジール団長ですか。戦士・魔法使いと職が違うので一概には言えませんが、将来騎士団長もあり得る、と現役騎士団長、では比べるまでも無いでしょう。」

『ま、シャルが勝てばいいって話だ』

「了解!」


 シャルの返事で、エンゾさんはやっと顔を綻ばせた。

 この話まで断られたり、機嫌を損ねたらと思うとハラハラしていたに違い無い。が、シャルはかなりやる気で受けてくれるようだし、これほど頼もしい選手は居ない。


「もし秋、冬の大会でも出ていただければもちろん助かりますが、夏の大会だけでも十分に助かります。他にも私が後援した出場者は居ますが、遠慮なく倒して頂いて結構ですので。それほどの腕利きは見つけられていませんし、本戦に出るのがやっとという所ですから」

「わかりました。他の季節までここには居ないと思うけど、夏の大会は任せて下さい」

「そうですか…それでしたら、すぐに登録いたしましょう。対価は、前払いで金貨30枚、1勝毎に金貨10枚、優勝したら100枚、でいかがでしょう。通常であれば予選含めて6回から7回試合することになりますので、金貨200枚程度、それに大会からの賞金が同じ金額が出ますので前払い分を除いて170枚。合わせて350枚程度稼げる計算になります」


 一気にこれだけの稼ぎがあるとは、なかなか良い仕事を紹介してくれたものだ。一年ちょっとくらいなら、贅沢しなければ生きていける金額になる。

 聞けば他の参加者はこの半額くらいでスポンサーと契約しているらしく、支援も兼ねているということもわかった。


「では、それでお願いします」

「わかりました。申し込み書類はすぐに用意しますから、少し待っててください」


 エンゾはそう言ってデスクのベルを鳴らした。

 すぐに入ってきたのはシモーヌだった。シャルを宿で見つけられず、街中を走り回って戻ってきた所でシャルが事務所に居ることを知ったのだろう。かなり不機嫌そうな目で、かつ大量に汗をかいていた。大会の申し込み書類を用意するよう告げられ、少々悪意の籠った目をシャルに向ける。


「出し抜かれ、生意気な小娘と思ったのですが、金をちらつかせたらエンゾ様の言いなりですか…」

「シモーヌ! 言葉を慎め!」


 残念ながら、静止の声はかなり遅かった。

 まぁ、シモーヌがそう言いたくなるのも理解は出来る。

 シモーヌは自分に振られた仕事を何一つうまくこなせず、最後には直接主の手を煩わせてしまった。それが主の手駒となり軍門に下ったとなると、主にやり込められたと思っても仕方がないだろう。


「シャルロットさん、申し訳ありません、シモーヌは何も状況を理解していないのです…」

「いえ、いいんですよ」


 シャルはニッコリ笑顔で答えると、そっと魔力をシモーヌの足元に伸ばしていく。停滞させた魔力を操作して伸ばした糸のようなものだ。


「そのあたりの説明は後で結構ですから、まず書類を持ってきてもらえます?」

「え、ええ。シモーヌ、口を開かず、すぐに用意を」


 その状況で多少は理解できたのだろう。シモーヌは青くなって最敬礼をすると退室しようと振り返った。

 その瞬間、シモーヌの足元の魔力から空気が噴出して右足を横滑りさせる。

 振り向くのに合わせたためだろう。シモーヌは錐揉み回転するように地面に叩きつけられる。


「し、シモーヌ!」

「あら、大丈夫ですか?」

「し、失礼いたしました」


 肩を強打したのだろう。顔をしかめながらシモーヌは立ち上がったが、一歩踏み出した時には同じ風が足元を掬った。今度は両足を同時に。両足が横滑りしたとなると、当然のように取り残された上半身はそのまま下に落ちるしか無い。顔面から倒れる…ところをなんとか両手で守った。が、膝をしこたま打ち付けたのだろう。シモーヌは次はなかなか立ち上がれなかった。その様子を見て、エンゾはシャルに向かって頭を下げる。


「シャルロットさん、私の命を見逃してもらったばかりか、この商会の危機まで救ってくださるという寛大過ぎる処置を頂いたにも関わらず、部下の教育が行き届いていないばかりに不快な思いをさせたこと、心よりお詫び申し上げます」

「ああ、別に良いんですよ。怒ってはいません。ただ、私が少々イタズラ好きってだけですから」

「い、イタズラですか…」

「意地悪とも言いますけど。シモーヌさん、大丈夫ですか? あら、凄い汗…」


 そう言うとシャルは収納魔法を発動させた。取り出すのは当然コップである。


「これでも飲んで、一息付いて下さいな」


 脂汗を流しながら床を見つめていた鼻先に、コップが差し出される。

 シモーヌはそのコップを受け取りはしたのだが、本気の涙を流しながらシャルに謝罪をしたのだった。

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