第十八話:アルエ商会との決着
「商会主のエンゾと申します。ようこそいらっしゃいました、シャルロットさん」
アルエ商会の主人はそう言ってシャルにソファーを勧めた。
てっきりアルエさんだと思っていたがそうでは無いらしい。今はどうでも良いことだが。
「どうやら、うちのシモーヌがご迷惑をかけたようで…何があったのでしょうか?」
いたって普通にクレームに対応しよう、という様子を見せるが、エンゾの表情も顔色も決して優れては居ない。敵対してはいけない存在と、真っ向から向き合えばそうなるのは当然だろう。
対するシャルは別に憮然とするでもなく静かに頷くと、笑顔になった。いつものにっこり笑顔だが、もういっその事にっこり作り笑顔と呼び方を変えても良いかもしれない。
「それよりも、まずお土産を持ってきたんです。どうぞ」
そう言って、シャルは収納魔法からコップをひとつ取り出した。
コップ自体はシャルの私物だが、中身は今日の午前に手に入れたものである。つまりあの時の2杯目だ。ほのかに漂った果実の香りに、エンゾは中身を察したらしく動揺が表情に現れる。
「こ、これはこれは…」
「どうぞ、飲んでくださいな。アルエ商会ご自慢のジュースなんですって? シモーヌさんが出してくれたものですから、きっと美味しいと思います」
えげつないほどに強烈な初手である…。
「す、すいませんが今は喉が渇いていませんので…」
なぜここにこれがある、とか…どこから出したとか、聞きたい気持ちを押し殺し、なんとかしてジュースを回避するエンゾの顔はみるみるうちに蒼白になっていた。開始数十秒程だが、既にシャルのペースになっているのは明白だ。
「そうですか。それでは、お話に入りましょう。シモーヌさんについてのクレームと、フランツさん達についてのクレーム。どちらからにしますか?」
ガタンッ
シャルの言葉を聞いた途端、エンゾは立ち上がった。
膝にぶつかったテーブルが大きな音をたてる。
「ふ、フランツというのは誰でしょうか…」
「ご存知ありません? アルエ商会で王都から荷物を運んでいる従業員ですよ。昨日の夜遅くに、真っ暗な中馬車を走らせてこの部屋に来たじゃないですか。覚えてませんか? 金貨も渡しましたよね」
「な、なぜそれを…」
「その後、シモーヌさんを呼んで話をしましたよね? そう言えば薬入りの手土産、貰いそこねちゃいました。宿ではシモーヌさんと話も出来なかったので…」
エンゾの顔色は蒼白を通り越して黒ずんですら見える。
それでも震える声を絞り出すようにしてエンゾは言った。
「し、シモーヌは今生きて…」
どうやら、話もセずに攻撃したと思われているらしい。
ただスルーしてきただけなのだが。
「私が最後に見たのは、私が泊まっていた宿の部屋に向かうシモーヌさんの後ろ姿でしたので…それ以降、仲間に殺されたり、自殺でもしていなければ生きているのでは?」
「そ、そうですか…」
どういう状況でそうなったかは理解できないが、入れ違いでシモーヌと遭遇せずここまで来たという事は理解したらしい。少し安堵の表情を見せたが、すぐに顔色が白く戻る。
「つまり、シャルロットさんは誰からもフランツの話など聞いていない、と」
「いえ、聞きました。私の仲間から」
「仲間…」
呟いたエンゾの視線が、宙を泳いだ。
俺を探しているのは明白だが、俺は姿を表してやる方法など知らない。シャルのような存在に見てもらえる以外には認識してもらうことからして困難だ。
「私は昨日の夜にここであった話も知っているって事です」
「なるほど…昨夜に友好的な手以外を出した時点で私は詰んでいたということですか…」
流石商会主までなった男だ、決して察しは悪く無かったようだ。少し顔色に出過ぎではあるが。ひとつため息を付いて、エンゾは蚊の鳴くような声で言った。
「それで、どうします? 神に手を出しておいて、命乞いは無駄でしょう」
「とりあえず、これでこちらの事はある程度理解してもらえたということで、商談に入りましょうか」
いつものニッコリ笑顔が鳴りを潜め、珍しく真面目な顔になったシャル。
対して商会主は今から死地に向かう覚悟を決めたような顔をしていたのに、目を白黒させた。
「商談ですか?」
「ええ、私にお金を払って何かさせるつもりだったんですよね? 実は、私お金に困っているんです。お仕事をさせて貰えるなら助かります」
「え、ええええええ…」
エンゾは天を仰ぎ、手で顔を覆った。若干泣いているようである。
「つまり、バカ正直に仕事を持ちかけていれば…」
「さっきから、私はバカ正直にお話しているでしょう? 真正面から来てもらえたら意地悪が減っていましたね。フランツさん達の意趣返しくらいで済みました」
「意地悪…はは…」
そのままの姿でエンゾは軽く笑うと、顔を拭い立ち上がった。
デスクまで行き、脇に会った鞄から布袋を持って戻ってくる。
「これは今までの非礼の詫びです。金貨200枚近く入っています。これで尚、仕事が必要だとお思いであれば…商談をさせて頂きたい。無理にとは言いません」
それは完全な白旗であった。シャルに対して警戒を解き、全力の協力体制を敷くという事と同義だろう。
「え、良いんですかこんなに沢山」
「命が無くなっても不思議じゃないような事をしでかしたのですから、私の命の値段として考えたら安すぎるくらいでしょう。この商会を売り払えば金貨数万枚は軽く行きますから」
数万枚…1万枚で1億円と考えたなら、最低でもそのくらいの価値はあるということだ。それがあれば一生行きていけたのに…と思わなくもないが、その為に沢山の従業員が露頭に迷い、街の経済が混乱することを考えれば決して利口な手では無い。
たった200枚で手打ちか、と思わなくもないが、シャルはそこそこ満足したようで笑顔を見せた。
「犯罪にならない範囲で、私の納得できる仕事であれば、お手伝いは出来ますよ」
「ええ、それはもちろん…貴方の経歴や名声に傷が付くような真似はしませんよ」
「あ、あと…私、まだ13歳なんで、ギルドカードが必要になる仕事であれば、見習い扱いか、他の人に代表として受けてもらわないといけません」
責任を負って仕事を受けるとしたら16歳から。それまでは見習いか責任を持たない下っ端で。ギルドカード…つまり受注資格はありません、というシャルの言葉に、エンゾは再び目を白黒させた。
「では、あなたは何の為にこの街へ?」
「世界最強の魔法使いが、本当に私か確かめるために旅をしています」
冒険者でも行商人でも無い者が旅をする、というのは非常に珍しい。それ以外はどこかに定着して仕事を持つからだ。浮浪者であったとしても、危険を犯して街を出るくらいなら奴隷として身売りした方が安全で生活は保証される。シャルのような小さい娘が1人で旅など普通はあり得ない事だった。仮に望んでも周囲の人間が止めるからだ。シャルが力と時間を持て余し、地元ではシャルを押し込めておける器が無かった。ただそれだけの事である。
「世界最強…ですか。そこまで仰るなら、ヴィルジール団長を倒したというのは実話なのでしょうね」
「ええ、もちろん。ここまで噂が広がっているんですね」
「情報は商人の宝ですから。そうですね、それであれば丁度良い仕事があります。成功報酬は金貨100枚。非合法ではありませんが、社会の裏に関わる仕事でもあるので判断はおまかせしますが…」
「詳しく教えて下さい」
そうして、やっと前向きで本格的な話し合いが始まったのだった。




